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Vol.160 節電は強制か自主的努力か?医療に置き換えて考える「最適な判断」の難しさ

医療ガバナンス学会 (2011年5月7日 06:00)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

2011年5月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

3月の計画停電実施の際には、さいたま赤十字病院(埼玉県さいたま市)で、停電のため交通事故の救急患者に対応できない事態が生じました。医療においては 電力がストップすると、それが直接命に関わるケースも考えられます。それだけに、私はこの夏の計画停電が回避されることを切に祈っています。

4月10日に東京都知事選挙で4選を果たした石原慎太郎知事は、会見で「パチンコやる人は我慢しなさい、自動販売機なんかなくたって生きていける」と節電対策の持論を展開しました。

一方、蓮舫節電啓発担当大臣は「経済活動に影響が出るものを権力で要請する」ことに疑問を呈しました。石原都知事とは対照的に、各企業が自主的な節電努力で対処すべきだ、とする立場です。

石原都知事と蓮舫大臣のどちらの主張が正しいのでしょうか。
医療に置き換えて考えてみましょう。実は医療においても似たような対立の構造が起こり得るのです。

●防衛医療には「正の方向」と「負の方向」がある

医療には「防衛医療」という概念があります。医師が、医療過誤(医療ミス)による損害賠償責任や刑事責任を追求される危険性を減らすために、追加の検査 や治療や診療を命じたり、あるいは高リスク患者や治療を忌避することを指します。石原都知事も蓮舫大臣も電力不足を解決しようとする目標は同じですが、そ の方策は真っ向から異なります。防衛医療の概念に当てはめると、石原都知事は「正の方向」の防衛医療の方策、蓮舫大臣は「負の方向」の防衛医療の方策に重 なって見えるのです。

石原都知事の主張するように、強制的にパチンコと自動販売機の使用を制限する政令を実施すれば、確かに電力不足を乗り切ることはできるでしょう。これは 医療においては、不測の事態を避けるために、追加の(そして、やや過剰な)検査や治療を行うことを強いる「正の方向」の防衛医療寄りの対策です。

一方、蓮舫大臣が言うように、権力での要請を行わず、自主的な節電努力で対処する方式だと、すべての業界が輪番休業などを行うことで経済的影響を少なからず受けることになります。しかし、考え方によっては、特定業界からの反発を招くリスクの少ない政策です。

これは、医療においては、リスクのある患者や治療を避ける「負の方向」の防衛医療寄りの対策と言えるでしょう。
私は両者の対策のどちらが良いと決めつけるつもりはありません。どちらにも一長一短があるからです。

●最適な対策は日々刻々と変わる

ここで次に注目してほしいのは、 「最適な節電対策は状況により刻々と変化していく」という現実です。3月25日時点で、東京電力は、夏の最大電力需要5500万kWに対して供給量は 4650万kWしかなく、15%程度の電力が不足すると発表していました。石原都知事の大胆な発言は、そうした深刻な電力不足を前提としたものでした。こ の時点では、あらゆる企業が、節電対策をより強化しなければならないと覚悟していました。

しかし、4月15日になると東京電力は、揚水発電などの活用で最大電力供給量5200万kWまで供給できる見通しと発表しました。揚水発電をフル稼働す れば、さらに490万kWの上乗せが可能だという説もあります(4月30日号「週刊ダイヤモンド」の記事より)。これが事実とするならば、節電する理由が なくなってしまいます。このように電力の供給量の見通しは刻々と変化しているのです。

実際には、石原都知事の主張通りにパチンコが禁止されたり、自動販売機が撤去されることはありませんでした。でも、もしもその主張が即座に実行されてい たらどうなっていたのでしょうか?パチンコ業界や飲料水メーカーから裁判を起こされて、「パチンコと自動販売機の消費電力を正しく算出せずに制限を加えた ことにより、多大な人たちの生活基盤を破壊した過失がある」と認定されてしまうこともあり得たでしょう。

では、蓮舫大臣の主張の方が正しかったのでしょうか?必ずしもそうとは言いきれません。火力発電所の復旧が遅れ、既存の発電所も老朽化で十分に稼働しな いという不測の事態が続けて起こり、各企業の自主的な努力だけでは計画停電が不可避な状況に陥っていた場合も十分に想定できました。その場合には、「政府 が節電の政令を迅速に出さなかったために大規模停電が発生した。停電が引き起こした様々な事故は政府のせいだ」と糾弾されていたことでしょう。

●後からあら探しをすることは容易だが・・・

結果が出てしまってから、過去の手続きの不手際を責めて断罪することは容易です。しかし、以上でお分かりのように、状況が刻々と変わる中で「最適な対策」が何かを判断するのは極めて難しいのです。
医療裁判においては、リスクを伴う手術や検査を行なって合併症を起こした場合はもちろんのこと、不測の事態が続けて起こり、不幸な転機をたどった場合 に、「30分、帝王切開のタイミングが遅かったから」「1時間心筋梗塞に対するカテーテル治療が遅れたから」などという事由で敗訴した事例が存在します。

後戻りできない現場での決断を、後からあら探しをして非難することは容易です。しかし、繰り返しになりますが、どんな解決策にも良い面と悪い面があるのです。
医師は、何事にも立ち向かう(または適切な代替案を示す)姿勢がなければ、患者からの信頼を得られません。一方、患者の側は、医師を信頼して治療を任せ ることで初めて適切な治療を受けられます。治療は、医師と患者の信頼関係の上に成り立つものです。医師変わりゆく状況の中で示す「解決策」は信頼の産物で あるべきだということです。私は節電対策を巡る様々な報道を見ながら、そのことを改めて強く感じたのでした。

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