医療ガバナンス学会 (2011年6月8日 06:00)
谷口プロジェクト事務局
谷本哲也
http://www.savefukushima50.org/
2011年6月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
【谷口プロジェクトに対する意見公募】
なお、谷口プロジェクトに対し、意見論文投稿(日本語の場合4000字以内を目安、他言語も可、MRICもしくは谷口プロジェクトのHP上で掲載、投稿者 名は実名で公開とさせて頂きます)及び公開討論会開催に向け登壇者を公募させて頂きます(締め切り:2011年6月30日、連絡 先:savefukushima50@gmail.com)。
【政界の動き】
さて、谷口プロジェクトについては、国内外で賛否両論あり、2ヶ月が経過した今も国内のコンセンサスは得られていない。原子力安全委員会は谷口プロジェク トの提案直後から、「(1)作業員にさらなる精神的、身体的負担をかける、(2)国際機関での合意がない、(3)十分な国民の理解が得られていない」との 理由(21)で反対を続けている。4月25日に舛添要一議員が菅直人首相に代表質問した際にも、原子力安全委員会の見解を根拠に必要ないとの判断が示され た(22,23)。他にも、石橋みちひろ議員(24)、柿沢未途議員(25)、福田衣里子議員(26)、森ゆうこ議員(27)らが質問を行っているが、い ずれも政府からは否定的な見解が出されている。
【国内外の専門家からの反論】
チェルノブイリ等でも診療にあたったロバート・ゲイル博士は、3月の来日当初は谷口プロジェクトに賛意を示していたものの、その後何らかの理由により反対 に転じ(28)、5月30日時点で筆者が面会し直接尋ねた際も依然として反対しているとの意見を頂いた。公開討論を申し込んだところゲイル博士から直接の 了承が得られたが、直前になり時間がないとの理由で何故か突然キャンセルとなった。ただし、ゲイル博士の弁によれば、谷口プロジェクトに対する博士の見解が、近日医学専門誌ランセットに発表されるとのことであり、我々もその後の福島原発の最新状況を踏まえた追加論文を準備している。国内の専門家とし ては、東札幌病院副院長の平山泰生先生から、コスト面から考えても日本学術会議の見解(不要かつ不適切)が支持される旨の提言が公表されている(29)。 コストに関しては、末梢血幹細胞採取を通常診療で行うと1件当たり40-50万円程度となり、仮に1000人採取した場合、その実費は単純計算で5億円程 度となる(谷口プロジェクトでは製薬会社等からの寄付により、虎の門病院で採取した場合の費用負担を1件当たり10万円程度としている)。原発処理にかか る途方もない費用を考えると、採取費用負担も重大な問題の一つだが、東京電力の2009年度の広告費が250億円と報道されていることも鑑みる必要がある だろう(30)。なお、2009年から10年に新型として世界中で流行したインフルエンザA09年型のワクチンでは、国内4社から購入された約3100万 人分の国産ワクチン約149億円分が有効期限切れで廃棄、海外メーカー2社に対しては9900万人分の輸入契約で支払額は違約金も含め853億円、その輸 入ワクチンのほとんどが廃棄されたとの報道がある事実も記憶に新しい。また、厚労省関係では医系技官の寺谷俊康氏が、「良かれと思っても、思いつきだけで 医療行為をすることは現代においては人体実験や呪術的行為にすぎません。これまでの医学の歴史をみれば悲惨な事件が起きてきました。」との見解を、2名の 東電社員が250 mSvの上限を超える被曝をしたことが報道された直後の6月3日にtwitter上で示している(31)。
【日本学術会議等との公開討論会に向けて】
「わが国の科学者の代表機関」と位置付けられる日本学術会議は、「原子炉事故緊急対応作業員の自家造血幹細胞事前採取に関する見解」として、「不要かつ不 適切」との声明文を、菅首相に対する舛添議員の代表質問と同日の4月25日に発表した(32)。我々は、4月28日に日本学術会議の金澤一郎会長に、意見 書と公開討論会開催の申し込みを直接手渡し(33)、開催を検討する旨の返答を頂戴した。しかし、その直後、5月2日になって、「1.議論を行った委員会 の名称が間違っていたので、「放射線の健康への影響と防護分科会」を「基礎医学委員会・総合工学委員会合同放射線・放射能の利用に伴う課題検討分科会」に 修正、2.一部、引用文献が不適切だったため、当該論文を引用した文章を削除、3.「高度に専門的な知見を含む課題であるので、日本血液学会内で、倫理的 な側面を含めて十分議論され、できれば統一的見解を示されることを期待する。」ことを追記」(34)との修正が発表された(17)。なお、削除された文献 は前編で紹介したデューク大学のライマン教授のものだが(12)、健常人における白血病発症リスクについては一言も触れられていない。谷口プロジェクトに 関わる科学的な議論については、愛媛大学大学院の谷川武教授が招集役となり、日本学術会議等の専門家を含めた公開討論会の開催準備が進められている (13)。
【国内の他団体からの意見】
一方、造血幹細胞採取に関しては最も専門性を有する日本造血細胞移植学会から3月29日付で「福島原子力発電所事故の作業者に対し、今後の長期化する作業 に対応し念のために自己造血幹細胞保存が望ましいとされた場合、学会はその医学的、社会的妥当性を検討した上協力します。」(35)、国立がん研究セン ターからは「被ばく線量が 250 ミリシーベルト以下での職場環境が保たれない場合は、 自己の末梢血幹細胞を保存しておくことを提案する。」(36)との声明が出されている。日本造血細胞移植学会は、5月23日にも追加声明を出し(37)、 「原子力発電所事故の修復作業が長期化し、且つ本学会が要望した作業者の放射線被曝に関わる詳細な情報開示が遅滞している現状において、今後作業者等が高 い放射線被曝をする可能性を完全に否定することは出来ないと判断します。従ってそのような事態が想定される事例を対象とした自己造血幹細胞採取・保存を可 能とする体制を維持します。」とした上で、日本学術会議の見解に対する反論を公表した。日本学術会議から指名された日本血液学会からは、現在のところ見解 が公表されていない。なお、テロリズム対策の一つとして海外からの関心も高く、ヨーロッパの専門学会等で谷口プロジェクトが議題の一つとして大きく取り上 げられていることも申し添えておく。
【初めて自己末梢血幹細胞採取を行った原発作業員:鈴木智彦氏】
このような混沌とした状況の中、週刊ポスト誌6月10日号で、「僕は原発作業員「精子を取りに行かなくちゃ」衝撃の潜入ルポ」(38)、週間文春誌6月9 日号で「最大のタブーに切り込んだ!原発作業員とヤクザ フクシマ50に暴力団員がいた」(39)という記事が発表された。これらの原発ルポは、本当の現 場を知る者にしか書き得ない迫力に満ちている。記事を執筆した鈴木智彦氏は、暴力団取材に精通し、「潜入ルポ ヤクザの修羅場」(文春新書)や「ヤクザ 1000人に会いました!」(宝島社)等の著者で知られるライターでもある。鈴木氏は虎の門病院に入院し、G-CSFによる自己末梢血幹細胞採取を無事終 了し6月6日退院した。鈴木氏のような人物が谷口プロジェクトの採取第一号となり、人類史上初めて自己末梢血幹細胞の事前採取・保存後に原発事故作業へ向 かう人間となったのは象徴的な出来事である。
【終わりに】
今回の活動を通じ、日本では公開で議論して方針決定する土壌が不十分であるという事実を我々は痛感した。谷口プロジェクトに対する批判があることは、非公 開の会議や匿名のインターネットメディアなどでは多少見聞きするが、固有名詞が公開されているものは前述のごく一部の有識者に限られている。また、政府答 弁などでも反対とする根拠が不明確であり、反対する真の理由が明示されておらず、議論が尽くされていないと感じる。日本では公開の場で徹底的に議論すると いう習慣が少なく、科学的議論が必要とされる場合であっても、物事は場の空気で決められることが多い。個人が決定の主体になることを回避するという文化 は、日本の長い歴史の中で育まれた智恵でもあり、一概に否定する必要はないだろう。平時であればその方がよい場合もある。しかし、日本の行く末を左右する この非常事態においては、公開の場での議論を十分に行い、歴史史料として残す必要があると考える。特に反対意見を持つ皆様からは是非とも実名かつ公開での 議論にご参加頂き、あらゆる立場からの意見を踏まえた上で、日本の将来にとって最善の意志決定がなされることを我々は望んでいる。
小説家の村上春樹氏は、エルサレム賞・受賞のあいさつ「壁と卵」で、多くの反対意見を押してイスラエル訪問を敢行した理由についてこう語っている。
「なぜなら小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。」
谷口プロジェクトには残念ながら小説家はいないのだが、我々も同じ種族に属するようだ。
引用URL
(14) http://www.savefukushima50.org/?p=750〈=ja
(15) http://www.savefukushima50.org/?page_id=787〈=ja
(16) http://www.savefukushima50.org/?p=858〈=ja
(17) http://www.savefukushima50.org/?p=1121〈=ja
(18) http://www.savefukushima50.org/?p=795〈=ja
(19) http://www.savefukushima50.org/?p=856〈=ja
(20) http://www.savefukushima50.org/?p=994〈=ja
(21) http://www.savefukushima50.org/?p=558〈=ja
(22) http://www.savefukushima50.org/?p=608〈=ja
(23) http://www.savefukushima50.org/?p=637〈=ja
(24) http://www.savefukushima50.org/?p=1116〈=ja
(25) http://www.savefukushima50.org/?p=1118〈=ja
(26) http://www.savefukushima50.org/?p=365〈=ja
(27) http://www.savefukushima50.org/?p=1223〈=ja
(28) http://www.savefukushima50.org/?p=542〈=ja
(29) http://www.savefukushima50.org/?p=1160〈=ja
(30) http://www.savefukushima50.org/?p=967〈=ja
(31) http://www.savefukushima50.org/?p=1220〈=ja
(32) http://www.savefukushima50.org/?p=640〈=ja
(33) http://www.savefukushima50.org/?p=742〈=ja
(34) http://www.savefukushima50.org/?p=797〈=ja
(35) http://www.savefukushima50.org/?p=436〈=ja
(36) http://www.savefukushima50.org/?p=1158〈=ja
(37) http://www.savefukushima50.org/?p=1014〈=ja
(38) http://www.savefukushima50.org/?p=1131〈=ja
(39) http://www.savefukushima50.org/?p=1187〈=ja
筆者プロフィール
平成9年九州大学医学部卒
独立行政法人医薬品医療機器総合機構生物系審査第一部
公益財団法人がん研究会がん研究所嘱託研究員
日本内科学会認定総合内科専門医
日本血液学会認定血液専門医
注:本稿は筆者個人の文責によるものであり、所属団体を代表するものではない。
連絡先:savefukushima50@gmail.com