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Vol.186 国の危機管理と医師

医療ガバナンス学会 (2011年6月9日 06:00)


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坂根Mクリニック 坂根 みち子
2011年6月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


国の危機管理は医師の救急患者への対応と似ている。規模が違うだけである。
危機に際して、あらゆることを想定し、瞬時に判断し、指示を出さなくてはいけない。
対応を誤ると人が死ぬ。

例を挙げる
胸が痛いと言って救急搬送された56歳の患者さんがいた。
私たち医師は、患者の訴える症状から鑑別診断をしていく。
年齢や生活習慣、環境によって、かかりやすい病気も違ってくる。
かかりやすい病気を頻度順に並べて、上位のものが鑑別できれば終わりではない。
どんなに可能性が低くても、見逃してはいけない疾患がある。
診察、胸のレントゲン、心電図に異常がない。
ここで、何ともないですよ、と言って帰してしまってはいけない。
胸痛を訴える疾患の中で、見逃してはいけないもの、つまり狭心症、心筋梗塞、解離性大動脈瘤の可能性がないのか、いつも念

頭に置いておく必要がある。もちろん胸痛を訴えるすべての人に、レントゲン、心電図、採血検査、心エコー検査、造影CTまで出来るのであれば、鑑別はでき る。それなら極端な言い方をすれば医者は要らない。パスを作って、それに載せればおよそ診断はつく。ただし、事務的な検査では治療開始の時期を遅らせてし まうこともある。場合によっては検査中に急変もありうる。また人によっては無用な被曝をすることになる。更に付け加えるならば、胸痛を訴える人に可能な監 査をすべてしたら保険診療は破綻してしまう。

医師の仕事はまず瞬時に判断を下して指示を出すことである。
結果が思わしくなくて、裁判になることがある。
医師の仕事に結果責任が問われ得るのは、先進国では日本だけではないかと思われるが、そこでも一番問題なのは、医師があらゆるケースを念頭に置いて診療に あたっていたかということだろう。心筋梗塞と狭心症だけ念頭に置いて診断治療にあたるのと、解離性大動脈瘤まで念頭に置いておくのでは治療方針も全く違っ てくるのである。
どこまで検査するのか、どこまでIC(患者への説明)に時間をかけるのか、すべて完璧にできる時間もお金もない。小さな目で見れば、検査すればするほどそ の医療機関の収入にはなる。ただし、勤務医の場合医師の収入が増えるわけではないし、全体で見れば日本の医療費総額は決まっているようなものなので、一部 の人が多額の医療費を使えば他には回らなくなる。また、働き盛りの人に対する治療と、寝たきりの方の治療方針も実は違ってくる。
worstを考え、betterな選択をするとでも言ったらいいのだろうか。
絶妙なバランス感覚が必要になる。
私たちは絶えずこのような環境で医療をしてきたのである。

さて、日本のリーダーである。
原発について、安全基準に「長期電源を消失することは有り得ず、想定する必要がない」とされていたらしい。その一言で代々のリーダー達は思考停止に陥っていた。専門家の目から見た判断を放置してきた。不作為ということでは、政治家も官僚も東電も同罪である。

漏れ伝えられる原発の職場環境の悪さを、国民は真剣に心配している。
自分たちが多少の我慢をしても何とかしたい、彼らに国の未来がかかっているのである。だが国の動きは遅い。東電の責任が大きいからという懲罰的な意味合いでもあるのかと勘繰りたくなるほどである。放射線被ばくの管理さえきちんとされていない。

それなのに、いざというときに備えて原発作業員の骨髄をとっておこうという谷口プロジェクトは、必要ないと否定する。
またもや最悪を想定するという基本が守られていない。学会も含めて、なぜこれを必要ないと言い切れるのか全く理解できない。

3.11の震災から、政府は何度も、原発は大丈夫です、と言い続けた。その間他国は、最悪を想定し、日本からの避難勧告を出した。当たり前の行動である。 本当に問題なければ戻ればいいだけのことである。実際には関東一円に放射能はばらまかれた。飛散の予想データもあったのに公開されなかった。ヨードが数日 で半減するなら、せめて、数日なるべく自宅から出ないようにと勧告して欲しかった。セシウムの半減期は30年、子供たちはこの環境で生きていくしかない、 せめて、最初の数日のリスクだけでも減らしたかった。子を持つ親なら、震災から数日、子供はどこでどのように過ごしたか思い起こし、後悔の念に駆られてい る。大騒ぎをして避難していく外国人を見て大げさな、と思っていた私たちがまちがいだった。未だに政府から正式な発表もない。今日においても大本営発表が あるとは思わなかったと言ったら甘いだろうか。ただし、どうも大本営発表と違うのは、政府も本当のことを知らなかったらしいということである。

想定外のことが起こったとき、リーダーの力量が示される。数時間燃料棒が冷却されなければ何が起こりうるか、専門家は分かっていたはずである。瞬時の判断の遅れ、判断ミスが死を招くのは医療界では当たり前である。事故は起こりうるものである。

想定外のことが起こったときのリカバリーショットが打てるのが名医の条件である。
今回は原発である。慣れていないので失敗してしまいましたでは許されない。政権担当能力がないというか、このようなレベルで政権を担当してはいけなかったのだ。

原発ばかり言われているが、津波後の救援もひどかった。地震が来て、想定外の津波が来て、すべてが波にのまれていくのを、被災地からほんの数時間離れた場 所にいる私たちはずっとリアルタイムで見ていた。冬の東北で波にのまれて助かっても、乾いた服と、暖が取れなければ低体温で死んでいく。ちょっと想像すれ ばわかることである。地震直後 比較的すぐに、菅総理は救助に全力を傾けると高らかに宣言した。当然、日が暮れる前にへリコプターで、燃料と水と毛布が東 北全体に配布されているものと信じていた。
実態は大きく違っていた。震災から1か月経っても救助は不十分だった。避難所にいても低体温で亡くなる方が続出した。道路と航路がだめならなぜ空路で、燃料が配布できなかったのか、いまだにどこをどう調べてもだれも答えていない。
東北が未だ寒さと飢えで戦っているときに、たった一日で変動する水道水の放射線濃度を発表し、首都圏のスーパーから水が消えた。柏では、夜間、市の広報車 が市内を循環し、水道水を飲まないで下さいと広報して回ったそうである。そしてどこのお役所も、水を配布するために人と時間とお金を割いた。

トップが、優先順位をつけることの重要性を理解していない。危機に際して、まずすべきことは原発の封じ込めと、被災地の人を助けることだった。
リーダーとして不適格でしたね、で済む問題ではない。ほんの目と鼻の先の同じ日本の国土の上で、どれだけの人が寒さの中で死んでいったかと思うと、情けなさに涙が出る。

医師の世界では、研修医のミスは上級医がチェックを入れ、カバーする。国ではだれがするのか。日本ではトップが代わっても官僚がいれば何とかなると言われ てきた。その官僚機構も機能しなかった。原子力村の人々も思考停止していた。巷ではトップが怒鳴り散らすから誰も何も言えなくなったと言われているが、本 当だろうか。それぞれがプロ意識を持っていたら、未曽有の危機に際して、沈黙してしまうなどということがあるのだろうか。これが本当なら、政治家はもとよ り、官僚も原子力の専門家も日本人は劣化してしまったとしか言いようがない。

未だに被災地に届かない義援金、予想通り足りなくなったボランティア、この先は医療過疎の問題も深刻化するだろう。人を救うには時間との闘いである。 「皆、平等に」という大義名分の下、エリート教育を怠ってきたつけがこんなところにも出てきた。リーダーの不在がこんなに大変なことだと、国民は改めて感 じている。

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