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臨時 vol 93 「米国医療訴訟見聞記(NY編)」

医療ガバナンス学会 (2009年4月24日 11:43)


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     ~訴訟と商業主義に翻弄される、医師達の苦悩と患者の悲劇~
          IMK高月(株)代表取締役 公認医業経営コンサルタント
          高月清司

 09年1月末、米国東部の医療機関における医療事故の初期対応や医療訴訟の状
況、並びに医師賠償責任保険の実態などにについて見聞してきたので、その概要
についてご報告したい。(通読頂くのに20分程度かかることをお許し下さい)
 最初にお断りとなるが、2月12日MRIC(臨時Vol 25)配信の中で、森臨太郎氏
が仰るように「海外の医療の紹介は役に立つのか?」の疑問については、私も全
く同感だ。
 医療に限らず、その国の制度なり慣習というものは、森氏の言葉をそのままお
借りすれば「その国の文化、歴史、資源、制度、政治、国民性、地理、気候など、
よくよく考えていくと、このような多くの要素がまじりあった中で成り立ってい
る」ものであり、そこからいいとこ取りしようとしても我が国に最適なものとし
て根ざすとは限らない。
 本日お伝えする米国の訴訟事情なども、一般に「訴訟好き」といわれる米国の、
それも最も弁護士の多いNYの話であり、その国民性がそのまま我が国に影響を及
ぼすなどとは考えにくいのは事実ながら、こと医師賠償責任保険(医師賠)に限っ
て言えば、我が国の医師賠は米国のそれを基本に骨格が考え出されたといわれて
いるため、米国の状況変化によっては日本にも少なからず影響が出てくる可能性
が他の分野より高いと思われるのだ。
 従って、「いずれ、日本にも同じようなことが起きるかもしれない。その前に
考えられる対策を考えておこう」というベースで報告を進めることにしたい。と
はいえ、あくまで見聞記なので、「まぁ、そんなもんやろな」程度に、気軽にお
付き合い頂ければありがたい。
1.米国の勤務医は、開業医?
 最初に訪れたのは、マンハッタンにあるべス・イスラエル病院(Beth Israel
Medical Center、略称BIMC )。国連本部ビルも間近な位置にあり、ベッド数
1,106床。産科と救急を中心にした、全米各地並びに市内にもいくつか存在する
グループ病院の旗艦病院だ。
 日本でも、グループ病院(Boston)による看護研修システムなどが紹介されて
いるようだが、実は東京海上日動社はかなり前からここと業務提携していて、病
院の近くに提携診療所(といっても、医師10数人とかなり大規模)を経営して
いたり、日本から医師や看護スタッフ社員を派遣して、医療サポート業務の研修
に役立てたりしているので、そんな関係から見学のアポを取った。
 外観は普通のオフィスビルといった感じで、特に病院というイメージはなかっ
たが、屋内に入るといくつかの診察室(Exam Room)が廊下の両脇に並んでいる。
「この辺は日本と同じだな」と思っていたら、使われ方は日本と全く逆だという。
 日本では、診察室=医師の数と考えがちで、診察室には医師がいて患者が入室
して診察が始まる、といった図式だが、こちらでは呼ばれた患者が医師の到着を
待っているのが診察室で、医師が来るまで医療スタッフ(ナースの場合もあれば、
医療クラークのような人もいる)から症状や投薬の経過を聞かれたりする。1人
の医師は4-5室以上の診察室を担当し、廊下トンビのように診察室を次から次
へと動き回るという感じだそうだ。
 日本でよく見かけるように、大勢の前で、「今日はどうしました?」などと症
状を聞かれずに済むし、プライバシー重視の国民性のゆえかと考えていたら、実
はここにも別の意味があった。
 それは、こちらの医師は殆どが完全歩合制の雇用契約で、自分が診察・診療し
た患者から得た診療報酬から、診察室などの賃貸料を引いた額を病院から得ると
いう報酬体系なのだそうだ。つまり、日本にある外資系企業や弁護士事務所の給
与体系と同様、できるだけ多くの患者を診れば診るほど報酬が上がる仕組みで、
病院にいる医師はみな勤務医というわけではなく、病院のスペースを借りた開業
医というイメージなのだ。
2.How are you?と聞かれたら
 診察室の話から飛んで余談になるが、私が以前海外勤務をしていた時に聞いた
笑い話を、久しぶりにここでも聞いたのでお話ししよう。
 80年代、米国西部サンフランシスコでの話。ある病院のERに、海外出張中に交
通事故に遭った日本人男性が全身包帯巻きで担ぎ込まれた。早速、手術室で医師
が診察を開始し、患者にこう話しかけた。
 「私はドクター何々です。How are you?」
 すると、この男性はキズだらけの上半身を起こそうとしながら、こう言ったと
いう。
 「 I am fine, thank you.  And you?」
 その医師は唖然としながら、「日本人が礼儀正しいとは聞いてはいたが、瀕死
の状態でも医師の健康まで気を使うとは知らなかった。しかし、それでは私の治
療は必要ありませんね」
 私も含めて当時の日本人の多くは、「How are you?」と聞かれたら、条件反射
のようにかくの如く答えていたので、私など身につまされてとても笑えない話な
のだが、外国の病院に担ぎ込まれた時に、「How are you?」と聞かれるという
のは、どうも本当らしい。
3.米国東部は、まだ訴訟が主な解決手段
 話を戻そう。同じ米国でもNY州など東部では、医療事故の解決手段はまだ訴訟
が主体といった印象だ。特に、NYは米国で最も多く弁護士が存在しているわけだ
から当然かもしれないが、医療過誤を扱う弁護士事務所の中には、病院内に(患
者や関連業者の振りをした)アルバイトを派遣して、トラブルを他よりも早く発
見して自分の顧客にしてしまうような所もあると聞く。
 後述するリスク・マネジメント(RM)委託代行会社の調査では、明らかになっ
た医療事故の内ほぼ60-70%が訴訟になっている病院もあるとの報告があった。
 米国も日本同様、なかなか医療訴訟関係の正確な数字が掴めないのが実情なが
ら、医療事故の中で訴訟になってしまう率は、米国東部の平均で40-50%程度で
はないかと思われるとのことだ。
4.初期対応の充実で、訴訟件数が減少
 ところが、このBIMCでは初期対応に専門部署(Patient Representativeと呼ば
れる。直訳すると「患者代表部」か?)を設置し、数10カ国語の通訳まで付けて
対応した結果、昨年1年で訴訟になった件数は、事故総数の10%以下にまで減少し
ているとのことであった。
 その初期対応の基本の第1は、「患者の義務と権利(Patient’s
Responsibilities & Rights)を標榜し、それに基づく体制がシステムとして機
能しているからだ」という。まず患者に対して、遵守事項(やらなければいけな
いこと)と、権利(法律の下、病院に要求できること)を徹底していることがポ
イントとのこと。BIMCでは、権利の第1条に、「通訳の援助を受ける権利」が謳
われていて、いかにも多様な人種を抱える土地柄らしい。
5.メディエーション技法と丸いテーブルが、効果を下支え
 また、訴訟件数減少の背景にあるのは、初期対応をするスタッフの全てが、メ
ディエーション技法を習得していることだ。具体的には、まず患者から相談やク
レームが来ると、患者の母国語を話す通訳とメディエーション技能研修を受けた
担当者(Representative)が対応し、患者の要望を把握する。該当する医師やス
タッフも、患者から要望があれば極力同席させるという。その場で収まらなけれ
ば、法務担当部や顧問弁護士が応対するが、通訳と担当者も患者が納得するまで
付合うシステムだ。
 このRepresentativeと呼ばれる担当者の多くは看護師出身者が多く、豊富な現
場経験と医療の専門知識を通じて、患者の要望を聞きながら、診療中の専門用語
や誤解があれば、それを優しい言葉に置き換えて説明を行うので、患者は安心し
て要望を伝えることが出来るという。
 そうしたメディエーション効果に驚かされながら、もう1つ「これだ!」と思
うことを発見した。 それは、患者が事故後はじめて病院と向き合うことになる
初期対応時点で、応接室にあるテーブルが、日本で一般的ないわゆる四角いミー
ティングテーブルではなく、家具調の円形テーブルであったことだ。
 絶望と不安でいっぱいになっている患者の心理状態が、この円形テーブルとメ
ディエーションによって、随分と心安らぐ気持ちになるのではないかと感じる。
私も院内でいくつかの円形テーブルで話合う機会を得たが、当事者間に存在する
ま~るい空間を共有することで、お互いが敵対する立場でないことを自然に感じ
られるような雰囲気になり、とても効果的だと感じた。(早大大学院・和田仁孝
教授の話によれば、「円形テーブルは、メディエーションを行う上で重要な要素」
とのことだ)
6.病院のリスクマネジメント(RM)は、専門会社に外部委託
 では、病院内部のRMはどのように行っているのであろうか。やはり、看護師出
身のリスクマネージャー女史(とにかく、この分野は女性の責任者が多いのも特
徴)にお聞きすると、病院内部の制度やシステム(例えば、クレーム発生の報告
用紙のレイアウトから、病院経営者への稟議や統計など)は「リスク・マネジメ
ント室」で対応し、医師や看護師といった医療スタッフへのケアは専門の会社に
外部委託しているのが実態だという。
7.RM専門委託会社は、医師の能力も評価し、結果が医師賠に反映
 そこで、早速BIMCからタクシーで5分程の所にある専門会社を訪問。入口でパ
スポートチェックを受けさせられたのには驚いたが、これも911事件以降、NY
では一般的だという。(医療機関ではさすがにそこまでのSecurity Controlはな
いようだが、警備員の多さは日本の比ではない)
 この会社の機能は、大きく分けて3つ。
1)患者との示談代行(Claim Service Agencyとして、複数の病院と契約)
2)医療スタッフのRM(Risk Management)能力評価
3)保険会社の代理店(医師賠や病院賠の販売、プラニング)
となる。
8.出産から退院までの日数も、医師の評価対象
 大変興味深かったのは、2)の医療スタッフのRM能力評価だ。医師出身の上級
副社長氏によると(ご参考までに、米国の民間会社では、ちょっと経験を積むと
すぐ副社長(Vice President)という肩書が付くので、変に畏(かしこ)まる必
要はない)、委託を受けた病院の全医療スタッフに対し面接を行い、RMに対する
研修と評価対象項目の説明を行っている。
 同じ外部委託会社が同じように委託を受けた他の病院に勤務する数百人~
1,000人規模の医師のデータと比較され、客観的なRM能力がランキングされる仕
組みだ。 そのようにして得たデータを、委託会社はレポートにまとめて、医師
の所属する病院に報告を行い、RMの進捗具合や事故防止に役立てている。
 評価対象項目とは、クレーム(事故)報告の実施有無とクレーム発生から報告
までの時間、さらに診療科別で注目されるのは、産科の医師が行った手術方法や
出産時の体重や母体の状態、さらには出産から退院までの日数を事細かに報告さ
せて、それを他の病院の全医師と比較・評価した内容を、所属病院に報告書を提
出しているのだ。また、そうして得た結果は保険会社にも報告され、医師個人が
加入する医師賠の保険料にも反映されているというから、医師はあらゆる面でRM
管理能力を評価されているといってよい。
 さらに、以前米国駐在をしていた友人が、「米国では出産後2-3日して退院さ
せている。医療技術が進んでいるのか、母体が丈夫だからだろうか?」と驚いて
いたが、今や2-3日などというものではなく、保険会社が定めたRM基準では24時
間以内となっているというから驚くばかり。まさに「ドライブ・スルー出産」と
比喩される所以だ。(ドライブ・スルー出産については、李啓充著「アメリカ医
療の光と影」に詳しい)
9.医師賠から撤退する保険会社
 因みに、医師が加入する医師賠の診療科別保険料(賠償額:1億円)も調べて
来たので、ご参考までにご提供しよう。ただし、医師といっても個人毎に保険料
が決まる仕組みなので、日本のように全員一律ではないので、ご注意を。
・内科医(心臓以外):800,000円(1年目)~2,700,000円(8年目)
・内科医(心臓あり):1,000,000円(1年目)~3,500,000円(8年目)
・産婦人科医(小手術):1,000,000(1年目)~3,300,000円(8年目)
・産婦人科医(全般):4,200,000円(1年目)~14,500,000円(8年目、事故あり)
・小児科(一般) :600,000円(1年目)~2,000,000円(8年目)
・心臓外科:2,500,000円(1年目)~8,700,000円(8年目)
・脳神経外科:7,000,000円(1年目)~23,700,000円(8年目、事故あり)
・整形外科:3,000,000円(1年目)~10,500,000円(6年目、事故あり)
・救急医療:1,200,000円(1年目)~4,200,000円(5年目)
 *日本(診療科問わず一律):40,660円~50,820円(割引あり、事故あっても
変わらず)
 賠償額と間違うような保険料を払えるだけの報酬を得ている医師はまだいい方
で、結局医師はリスクの高い診療を行えなくなったり、さらに転科や医師自体を
をやめてしまうケースも多い。
 同時に、保険会社も医師賠の扱いを止めてしまうところも出ている。これほど
までに高い保険料を頂いても、その上を行く判決が続出しているわけだから、当
然ビジネスとして成り立たなくなって、対象となる診療科を絞ったり、医師賠自
体から撤退してしまうのだ。(いずれ日本もそうなると、一部で懸念されている)
 保険に加入しないまま自動車を運転するが如く、当然ながら医師は保険に加入
できないことを理由に診療を止めてしまうのだ。商業主義に翻弄される医師達の
苦悩が見て取れる。
10. うらやましい米国の人事評価制度
 このように、能力評価を外部に委託させることは、こちらでは決して珍しいこ
とではない。実は、米国の大規模民間会社の多くは、社員の人事評価を日本のよ
うに社内で偉そうにしている人事部が一方的に行うのではなく、外部に委託する
動きが一般的になっているのだ。そうした背景もあって、医療界でも評価方法を
外部委託しているのだろう。
 またちょっと話題がそれるが、米国の人事評価制度は大変興味深いので、ご披
露したいと思う。
 米国の民間会社の人事評価は、1)本人の申告、2)上司の評価に加え、3)
取引相手(顧客など)先の評価の3方向から行われていて、外部委託調査会社が
独特の評価方法に基づく客観的なレポートにまとめて、本人と会社に提出すると
いう方法が取られている。
 具体的には、本人と上司にはほぼ同じ内容に沿った調査用紙(アンケート式だ
が、数100項目になる場合もある)が配られ、さらに加えて、リストアップされ
た本人の取引相手から外部委託調査会社が無作為に選択した数人の顧客に対し、
別の内容のアンケートが配られる。それらを委託調査会社独自の手法で集計し、
さらに、他の同系会社の会社員の結果と比較したデータをレポートにして、上司
と本人に通知するという仕組みだ。
 日本のように上司の一方的な好き嫌いで人事評価が決まってしまう危険性がな
い代わりに、殆ど全てが数値化されてしまうため人間味にかけるという一面もあ
るが、本人と上司がお互いに権利を主張し合う文化の米国では、客観的効果が高
いと評価されている。
 私が実際に経験したケースでは、突然知らない会社から分厚い封筒が届き、中
には、「本人の了解の下、貴殿に依頼している」旨のお断りレターがあり、実に
100項目にも及ぶ評価項目についてA(Very good)~E(Very bad)までチェック
させられたことがある。日本のように極一部の上司による一方通行の評価体制に
比べ、ここまでお金をかけて多面的に人を評価しようとする米国の考え方は、私
も日本では痛い経験を何度もしただけに、正直羨ましさを感じてしまう。
11.帝王切開率の増加の陰に、リスク回避の心情が見える
 閑話休題し、前述の上級副社長氏の話の中でさらに興味深かったのは、上記の
RM評価を行ったNY州の産科の統計の中で、従来10%前後だった帝王切開で生まれ
る子供の数が、この10年で29%と3倍にまで増えているという現状だ。
 「明らかにリスクを避けたいという医師の判断が、数字に表れている」と彼も
話していたが、NY州のある郡(といっても、人口10万人程度で、東京23区程度の
広さと思われる)では、ついに産科医がいなくなってしまったとも聞いた。結局、
患者は1-2時間もかけて、病院のある他の郡まで車を運転して通わなくてはなら
なくなっているそうだ。やはり、最後に泣くのは、患者ということか。
12.最後に
 米国東部の訴訟の凄まじさは、まだまだ続くと思われて仕方がなかったが、一
方で、院内メディエーションという明るい兆しも出てきているのも事実だ。
 NYから急行電車で1時間少々で着くフィラデルフィア市近郊のある病院では、
メディエーション技法を取入れながら患者との対話を重視した結果、訴訟にまで
進展するケースが激減し、地域住民の信頼を取り戻し始めたという、うれしい話
も聞くことが出来た。
 米国の医療界は、経営自体に極端な結果主義が持ち込まれたり、保険会社や外
部委託会社によって医師やスタッフが個別管理されるなど、いわゆる商業主義が
まかり通っていたが、患者の悲劇が表面化する至り、今その限界が露わになりつ
つあるのではないか。
 少なくともそれは、我々日本人が求めている姿ではない。帰路の機内で注文し
た(うまくもない)和食を食いつまみながら、「それでも、日本人でよかった」
と思える旅であった。

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