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Vol.207 『共震ドクター』にかける想い

医療ガバナンス学会 (2011年7月5日 06:00)


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それゆけ!メディカル編集長
熊田梨恵
2011年7月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


東日本大震災が日本を襲った時、私は、住んでいる兵庫県豊岡市の公立病院で取材をしていた。医局の中で、医師と「信じられない……」と言いながらテレビ画 面に釘付けになり、呆然と立ち尽くした。医師は関東の知人たちに連絡を取っていたが、私は、ただただぼうっと画面を眺めているしかできなかった。アメーバ のように次々と家屋や車などを飲み込んでいく津波が、同じ陸続きの日本に起こっていることと信じられずにいた。

時間の経過と共に、飛び込んでくるニュースも次々と悲惨さを増していった。被害の全貌は全く分からなかったが、被災地の一部に過ぎない映像であっても、その恐ろしさを想像するには十分だった。
恐怖や不安、絶望、孤独感、虚無感、寒さやひもじさ、私は被災者の気持ちを想像することをやめられなかった。津波に飲み込まれていく時はどれほど恐ろし く、怖く、痛く、冷たいのかと、延々と思いを巡らせていた。また、家族と離れ離れになって避難している人たちの恐怖や不安、寂しさはどれほどかとも考えず にいられず、あまりに考え過ぎて嘔吐が止まらなくなった。被災者は飢えているのにと思い、なんと勿体ないことをしているのかと自分を責める悪循環に陥っ た。

トイレ、食事、睡眠、何もかもが申し訳なくて、やることなすことすべてに罪悪感があった。温かくて安全な場所で生きていることが申し訳なかった。自分がそ んなことを思っても、被災地の何が救われるわけでも変わるわけでもない。何もできないという無力感と罪悪感に捉われて、泣きながら郵便局に行って義援金を 送金したが気分は晴れなかった。
「何もできなくてごめんなさい」。泣きながら、そればかり思っていた。

自分にできることなど何もない、何かしたいと思うのはエゴに過ぎない。それは分かっている。それでも自分を責めることをやめられなかったし、周囲の多くの 人たちも同じように罪悪感や無力感を持っていた。そしてその無力感や罪悪感が、政府やマスメディアへのバッシングとなったり、周囲の人との言い争いになっ たり、買い占めになって現れたり、全く生産的ではない方向に向かっていると感じた。せめてこの思いを実りある形に向かわせなければ、被災者や亡くなられた 多くの方々にあまりにも申し訳ない、そう思った。

私自身も家屋浸水の被害を経験したことがある。2004年10月、国内各地で猛威を振るった台風23号により兵庫県北部で河川が増水、氾濫した。実家の裏を流れる川も溢れ、我が家は床上1メートルまで浸水した。
水が引いた後、家の中は、泥や、水に浸かってダメになってしまった家財で滅茶苦茶になっていた。ぐちゃぐちゃになった我が家を見ながら、「これを一体どうすればいい? 復旧って何?」と、絶望的な気持ちで全身の力が抜けたことをよく覚えている。

私は、日本赤十字社から配られた救援物資のジャージを着て、畳を上げたり大きな家財を動かしたりしている父親をすがりつくような思いで見ていた。泥は家の 奥のありとあらゆるところにまで染み込んでいて、何かを動かせばその奥の泥が見え、その泥を除くともっと奥の泥がじわっと出てくる。拭いても拭いても、片 付けても片付けても、泥も砂も残っている。床下など普段見たこともなかったため、何をどこまでどうすれば元に戻ったことになるのか、検討もつかなかった。 作業をしてもまるで先が見えない。物を拾い上げて要るか要らないか、捨てるかと悩む。やることなすことすべてが無意味に感じられ、気持ちが萎えた。でも自 分がやらなければ、何も進まないのだ。この家が元に戻る日なんて来るのだろうかと思った。

家が元の状態に戻ったと思えたのは、1年以上経ってからだった。今でも家財を動かした拍子に、泥の跡が出てきて当時の記憶が甦ることもある。近所の壊れた家々の跡地には、数年かけて新しい家が次々と建った。阪神淡路大震災と同様、あの浸水によって人生が変わった人もいる。
床上1メートルの浸水ですら、あんなに絶望的な気持ちになり、復旧に時間がかかったのだ。今回の震災で被災した人たちの絶望感や虚無感、不安はいかばかりかと思う。想像することすらおこがましいが、今後の復旧や復興の道のりの長さを果てしなく感じる。

何をしても無力感と罪悪感に捉われるばかりの1カ月が過ぎた頃、取材でお世話になっている長尾和宏医師から被災地に行くという連絡を受けた。私は、帰って来たら現地の様子をぜひ取材させてほしいとお願いした。自分にもできることが見つかるのでないかと思った。
5月7日、被災地から帰ってきたばかりの長尾医師に話を聞いて、目が見開かれる思いがした。私のように何かしたいけれど何をしたらよいか分からずに苦しんでいる人たちの道標になる話だと思った。
記者である私のすべきこともハッキリしてきた。文章を使って、長尾医師の「診断結果」や「処方」を社会に広めたい。長尾医師も同じ気持ちのようだった。
そこから必死の作業を続けて、震災から4カ月の7月11日に『共震ドクター ~ 阪神、そして東北』(ロハス・メディカル叢書、1470円)という長尾医 師との共著を出せることになった。皆さんにお読みいただきたいのだが、特に、かつての私と同じような無力感を抱いている方々は、読むと力が湧いてくると思 う。

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