医療ガバナンス学会 (2011年8月1日 06:00)
問題の一つは、事故調査を行う第三者委員会の性格である。前案は官僚が主体で、法曹界や被害者側の委員が構成メンバーだった。今回の日医案では調査の主体 を、医療界・医師会が一体となって運営する第三者機関としている。医師が主体となると専門性は高くなる半面、公正さが保たれるかどうか疑問が残る。福島原 発に例えれば、東電の事故を電力会社の団体が調査するようなものである。
国民が求めるのは真相の説明で、うそをつかない隠蔽しないという条件が満たされなければならない。委員会が機能するためには信頼関係の構造化が必要とこの 提案に書かれている通り、信頼関係の喪失こそが医療事故問題の根本であり、ここが整理されなければ、どんな第三者委員会ができても機能しない。
第二次世界大戦中に行われたナチスの医師による人体実験により、医師の信頼は大きく損なわれた。ニュールンベルグ裁判では、自由意思による同意がなければ 医学的な実験は行ってはならないとの宣言が行われ、この判決の趣旨はその後、インフォームドコンセントを骨子とする患者の権利宣言に発展した。医療を受け るかどうかを患者の自由意思で決める権利と、意思決定に必要な情報を提供される権利が、患者の権利として認められることになった。医の倫理はこの時点で、 提供側が宣言する専門職の自律的な規範から、患者の権利の擁護に視点を変えるという大きな意識の転換を遂げたということになる。
インフォームドコンセントの趣旨からいえば、事実に基づき、事故の情報と詳細な説明を受けることは、患者の権利として当然認められると考えるべきである。医療事故という信頼関係の危機はこの権利を基本に修復が図られる。
人は過ちを犯す生き物である限り、リスクの高い医療現場で事故が起きるのは避けられない。事故の発生をもって人権の侵害と言うことはできないが、うそのな い詳しい報告を当事者である医療側から受ける権利は、法律で保障されるべきである。納得いかない場合に調査権限を持つ機関に訴える権利も合わせて保障され るべきである。調査機関は良い悪いの審判をするためではなく、調査を代行する便利屋の組織でもなく、当事者同士の話し合いの中で真実が明らかになるように 仲介する立場になる。それでも納得のいかない場合には既存の司法システムを使えばよい。当時議論された民主党案はこの理念にそって作られており無過失補償 制度もその延長上にあった。
医療事故は医師だけが起こすものではなく、看護師や介護士、薬剤師など、多職種が関係することもある。制度設計を一つの職能団体だけで協議し要求するのは 思い上がりのそしりを受けそうである。意識改革が必要なのは医療従事者全体であり、権利を保障される国民も含まれる。患者の権利が法律となれば、職能を超 え国民も共有できる基準となり、安全の推進という共通の目的に、関係するすべての人の意識が集中し、本当に必要なものは何かが見えるようになるだろう。