医療ガバナンス学会 (2011年8月5日 06:00)
2.そもそも「基本的提言」は、刑法改正、医師法改正(但し、第21条は除く。)、民法改正には全く言及していない。このままでは、業務上過失致死罪(刑 法第211条第1項前段)に基づく刑事介入、医師法に基づく行政処分の人数の激増、医療過誤損害賠償(民法第415条・診療契約債務不履行、民法第709 条・医療過誤不法行為)の紛争頻発の各リスクから逃れられない。「基本的提言」には中長期的課題としてすら挙げられていない理由は、現行の刑法・医師法・ 民法を所与のものとの大前提を置いたからであろう。
そのため、かつての「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」や「第三次試案」と全く同じ基本構想に基づいてしまっている。「大綱案」や「第三次試 案」と同じ基本構想で運営されている「産科医療補償制度」とも変わらない。それらはいずれも、職権主義的・他律的・外部者主導の考え方と、網羅的な事故情 報収集システムの法技術に基づく。この度の「基本的提言」もその骨格は同じである。
ただ、民主党案や日本救急医学会の提言にも配慮し、多少マイルドに体裁を施したので、さほど悪くはない。とは言え、足して2で割ったにすぎない、との批判は免れないであろう。
3.そこで、専ら技術的な観点から私案としての改善点を提示して行きたい。その根底にある理念や、真の患者の権利との関係、医療と法律のあつれき、司法界 に内在する問題点などといった根源的な論点は、まだ十分な議論が必要だと思われるので、本稿では余り触れないこととする。
●目次
1.序論―改善点(私案)-より自律的に、もっと多様性を
2.総論―自律・多様な組織と権限にすべき
(1)日本医師会は重要だが1つの団体にすぎない
-他の各種の医療団体ごとにも医療事故調査制度を設けるべき
(2)医師会の中核は郡市区医師会
-日本医師会統一でなく、それぞれの郡市区医師会ごとに事故調を設けるべき
(3)第三者的機関の権限はチェックのみ
-第三者的機関は自ら事故調査をするのでなく、院内事故調の事故調査をチェックするだけ
(4)院内事故調査委員会は医療の内
-外部調査委員会でなく内部調査委員会なので、外部委員は不要
(5)院内事故調の基本モデルは診療所とすべき
-診療所の院内事故調こそが基本モデルで、大病院の院内事故調はそのバリエーションにすぎない
(6)院内事故調は死因究明でなく死亡原因診断の充実を目指すべき
-死因を究明して確定・認定するのでなく、死因を検証・分析し、死因の診断を充実すべき
(7)死亡診断書に「診療関連死」と「Ai」「分析」の欄を創設
-「診療関連死」を除外するためには、死亡診断書の書式を改めることが必要不可欠(たとえば、死因の種類「1病死及び自然死」を「1病死及び自然死並びに診療関連死」に改めてはどうか?)
(8)ADRは対話型ADRで
-ADRとして必要なのは対話型ADRだけであり、仲裁型ADRは有害で、産科医療補償制度と同類になってしまう
(9)真の患者救済制度の創設のために
-日本医師会医師賠償責任保険の運用実績(保険料と保険金の数値)を訴訟・調停・示談ごとに公表・分析・検討すれば、真の完全な無過失補償制度が直ぐに構築可能
(10)警察による非自然死の死因究明制度との棲み分け
-警察は放って置くと診療関連死も捜査対象としてしまうので、その棲み分けのためには医師法第21条改正だけでは足りない
(11)行政処分の人数の激増のリスク
-このままだと行政処分の人数が激増しかねないので、そのリスク回避策が必要
3.各論―提言の各項ごとに注釈
4.終わりに―事故調は本当に必要なのか?
-本当に「事故」ならば医療安全管理委員会が適切だし、本当は「事故」でないのに「事故」だとクレームを言われたら苦情処理委員会が適切なのではないか。結局、その存在意義は正しくは検証委員会か分析委員会なのではないか。
[第2回]に続く。