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Vol.231 放射線対策、地域主体で試行錯誤 ~福島・矢吹町での説明会

医療ガバナンス学会 (2011年8月9日 06:00)


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この記事は2011/7/4キャリアブレインニュース「Dr.Kamiの眼」に掲載されたものです。

東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
特任教授 上 昌広
2011年8月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


6月26日、福島県矢吹町の町立中畑小学校に行ってきた。大戸祐一校長から、PTA向けの放射線の説明会の講師を依頼されたからだ。丁度、日曜参観の日で、授業終了後に約1時間半、勉強会の講師を務めた。

矢吹町は中通の南部に位置する人口1.8万人の町だ。地元の名士には元読売巨人軍の中畑清氏がいる。また、青森県十和田市の三本木開拓地、宮崎県川南町の 川南原開拓地と並び、日本三大開拓地としても知られている。土壌は肥沃なようで「何を作っても、それなりに上手くいくのですが、集中と選択が不十分で、あ まり競争力がありません」と地元農家はこぼす。ご多分に漏れず、地元に進出してきた工場に勤務する人が増え、兼業農家が増えてきた。高齢化、過疎化により 地域コミュニティーは変遷を余儀なくされている。

意外かもしれないが、この地域の震災被害は甚大だ。特に家屋の倒壊は著しい。市街中心部を歩くと更地が目立つ。倒壊した家屋を撤去した跡だという。また、 損壊家屋が倒壊するおそれがあるため、通行禁止となっている道路も存在する。このような風景は相馬や南相馬などの浜通では珍しい。

実は、福島県では、浜通より中通の方が遙かに地盤が弱い。約10万年前、浜通には猪苗代湖の3倍はある大きな湖があり、2万3000年前までに泥で埋まったためだという。大震災後、福島県玉川村出身の東大大学院生 小林達也さん(地理学専攻)が発表し、話題となった。

矢吹町を襲ったもう一つの不幸が原発事故だ。福島第一原発から放出された放射性物質は、当初、南東の風にのって阿武隈高地に向かった。そして、大部分の放 射性物質は、飯舘村や浪江町などの中山間地で大地に降り注いだが、一部が阿武隈高地をこえ、中通の伊達市・福島市に到達した。そして、今度は中通を吹き抜 ける北東風に乗って南下した。この結果、原発から遠い白河市や矢吹町まで汚染されることになった。この地域の放射線量は毎時0.3-4マイクロシーベルト だ。丁度、相馬市の市役所周辺と同じくらいである。

いま、矢吹町の父兄たちは、放射線とどう向き合うべきか迷っている。専門家に意見を求めたいが、誰に頼んでいいかわからない。当初、福島県に依頼しようと 考えていたが、福島県に依頼すると「予め質問内容を教えてください。XXXについては触れないでいただきたい」と指示されるらしい。これでは腰が引けるの も無理はない。更に山下俊一教授のリコール騒動を見ると不安になるのも当然だ。
その後、矢吹町立中畑小学校の先生方は、多くの専門家にサポートを求めたらしい。その中の一人が私だったようだ。私にとって、中通の住民と関わる初めての機会となった。

これまでの連載でも紹介してきたが、私たちの研究室は相馬市・南相馬市・飯舘村を中心に活動を続けている。既に、15回ほど地域住民や学校職員を対象に放射線説明会を行った。対象者の人数は1回あたり20-100人程度だ。
私たちの方針は、住民が抱える問題について、住民と一緒に具体的な解決法を考えることである。説明会に参加する住民の多くは、地元に留まりたいと考えてい る。「20ミリシーベルト論争」で争われた、基準値を巡る不毛な議論には関心がない。彼らが知りたいのは、放射線と上手く「付き合う」ための具体的なノウ ハウである。

現地の説明会での質問は多岐にわたる。多いのは「給食は大丈夫か?」だ。驚くべきことに、放射線がこれだけ話題になっても、給食の食材についてきちんとした情報開示がなされていない。生徒の父兄に農業関係者が多く、地元産業への配慮もあるのだろう。
ただ、生徒と父兄の立場に立てば答えは明確だ。私は「父兄が心配に思うなら、給食の食材の産地を開示してもらい、少しでも心配なものは使わないように働きかけるべきだ。生産者への補償とは別に考えなければならない」と答えることにしている。
現地滞在中は、地元スーパーであるヨークベニマルに食事を買いにいくことがある。野菜や魚は殆どが他県産である。店員に聞くと「福島県産の売れ行きは極め て悪い」そうだ。このような住民の反応が風評被害なのか、あるいは正しいリスク回避なのか、現時点では何ともいえない。ただ、この状況は住民意識を反映し ているのだろう。給食を取り巻く状況とは対照的だ。何も知らされない子どもが矢面に立たされることはあってはならない。

水についての質問も多い。私は「内部被曝を考える上で、水が一番問題だ」と繰り返している。なぜなら、飲料水としての利用は勿論、水はすべての料理に使うからだ。市町村も水源であるダムの汚染には神経質になるくらい気をつかっている。
矢吹町の問題は、井戸水を利用している住民が多いことだ。しかしながら、井戸水の汚染状況については全くチェックされていない。放射線汚染ではホットス ポットが生じることが知られている。水道水は、水源であるダムをチェックすれば安全性が保証できる。しかしながら、井戸水は、各家庭の井戸を全てチェック しなければならない。ひどく手間がかかる。住民が求めなければ、行政は動かないだろう。私は「町長に井戸水をチェックするように依頼するように」助言し た。招聘してくれた「町立」小学校からすれば、「空気を読まない」発言だったかもしれないが、住民にとり、極めて重大な問題だと考えている。

外部被曝についても質問が相次いだ。特に話題となったのが、学校の放射線量だ。保護者にとって、現在の最大の関心事と言っていい。
原発事故からしばらくの間、被災地の住民や市町村は、政府や福島県の対応を批判することが多かった。この状況が変わったのがゴールデンウィーク明けくらい だ。二本松市が校庭の土壌を入れ替え、飯舘村が住民健診を行い、相馬市がヘドロ対策を独自に立ち上げた。最近になって、伊達市・福島市が子どもたちに線量 計を配布することを決定した。いずれも、福島県や文科省の指示を待たず、自らの権限と予算の範囲内で、独自に行動したものだ。最近では、福島県が市町村の 後追いをすることが多い。

この傾向は矢吹町も変わらない。矢吹町では町役場が線量計を入手し、町立の小中学校に配った。そして、教師たちが放射線測定を繰り返している。私は南相馬 市や相馬市の先行事例をスライドで紹介し、蓄積されたノウハウを披露した。例えば、溝や雨樋の下、水回りが汚染されていることが多いが、地域間・学校間で 差が大きいことを伝えた。そして、「自分たちの学校は、自分たちでチェックしなければならない」ことを強調した。

父兄と教師が一体となって線量を測定し、汚染場所を「掃除」することで、彼らのリテラシーが向上するとともに、地域でのコンセンサスが形成される。そこ に、私たちのような専門家が参加すれば、某かの役割を担うことができる。これは、文科省や福島県がお墨付きを与えた「基準値」を無批判に受け入れることと は全く違う。私は、このような作業の積み重ねが、地域の復興を考える際に大切ではないかと考えている。

今回、ご紹介させて頂いた事柄は住民から出される質問のごく一部だ。被災地は試行錯誤を繰り返している。そして、医師の協力を待ち望んでいる。本来、この 役割を担うのは地元開業医だ。ただ、かなしいかな、福島県は医師不足。地元の医師たちに、その余力はない。一人でも多くの医師が、被災地に入り、地域住民 と話し合う機会をもっていただければと思う。

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