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Vol.232 大規模災害時の医療・介護 (その1/3)

医療ガバナンス学会 (2011年8月10日 06:00)


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本論文は『緊急提言集 東日本大震災 今後の日本社会の向かうべき道』(全労済協会2011年7月)に掲載されたものです。

医療法人鉄蕉会亀田総合病院
副院長 小松秀樹
2011年8月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●リード
1.東日本大震災では、詳細な避難計画は役立たなかった。大震災の危機管理はどうあるべきか。入手可能な情報で状況を判断して、被害を最小化するための行 動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観察、あるいは想像する。不十分な検証に基づいて、次の対応を考えていく。
2.行政は民間に比べて適切な対応を迅速に実施できなかった。これは、行政の活動が過去に確定された法令に基づくことによる。
3.復興に当たって、行政の限界を理解した上で役割分担を考える必要がある。大きな視点で、民間や世界から知恵を集めること、その知恵に基づく施策をコントロールするチェック・アンド・バランスの体制を確立することが望まれる。

本稿執筆時点で、救援活動全体を俯瞰するような報告はなされていない。本稿では、筆者の個人的体験と個人的に得た情報を通して見えた救援活動について述べる。本格的な調査に基づく定量性のある記述ではないことをお断りしておく。

●規範的予期類型と認知的予期類型
東日本大震災は、広範な地域に未曽有の被害をもたらした。前例のない震災にどのような態度で対応するのか。論点の設定から始める。
ニクラス・ルーマンによると、人間に関するすべての事象の関連を整理して理解するのに、ホッブズの登場まで、規範を基準に概念が整理され、世界が理解されてきた。これは、論理的帰結ではなく、社会を運営するのに、機能的に不可欠だったからである(文献1)。

現代社会では、社会の理解と運営の双方で、規範の果たす役割が小さくなってきた。社会システムの分化が進み、医療を含めて、経済、学術、テクノロジーなど の専門分野は、社会システムとして、それぞれ世界的に発展して部分社会を形成し、その内部で独自の正しさを体系として提示し、それを日々更新している。例 えば、医療の共通言語は統計学と英語である。頻繁に国際会議が開かれているが、これらは、医療における正しさや合理性を形成するためのものである。今日の 世界社会は、このようなさまざまな部分社会の集合として成り立っている。

それぞれの部分社会はコミュニケーションで作動する。ルーマンはコミュニケーションを支える予期に注目し、社会システムを、規範的予期類型(法、政治、行 政、メディアなど)と認知的予期類型(経済、学術、テクノロジー、医療など)に大別した(文献1)。規範的予期類型は、「道徳を掲げて徳目を定め、内的確 信・制裁手段・合意によって支えられる」。違背に対し、あらかじめ持っている規範にあわせて相手を変えようとする。違背にあって自ら学習しない。これに対 し、認知的予期類型では知識・技術が増大し続ける。ものごとがうまく運ばないときに、知識を増やし、自らを変えようとする。「学習するかしないか―これが 違いなのだ」。

それぞれの部分社会は独自に進化発展する。学問における業績、高速鉄道の正確な運営の獲得や喪失、医療における患者の治癒は、それぞれのシステムの作動の 中で決められていく。こうした部分社会間に矛盾が生じ、その衝突が社会に大きな影響を与えるようになってきた。短期的には合意の得やすい規範的予期が優位 であるが、長期的には、規範的予期が後退するのに対して、適応的で学習の用意がある認知的予期が優位を占める。

●災害は現実と乖離した規範では対応できない
ルーマンは「規範的なことを普遍的に要求する可能性が大きく、その可能性が徹底的に利用されるときは、現実と乖離した社会構造がもたらされる」(文献1)と警告する。
例えば、2009年の新型インフルエンザで、厚労省は新しい病気に対し病気の科学的認識によってではなく、法令で対応しようとして大失敗した(文献2)。法令は過去に確定され、そのままの形で現在を支配する。

インフルエンザに特異な症状があるわけではない。感染しても無症状の潜伏期がある。当時、WHOは「過去の大流行では、国境から入ってこようとしている旅 行者の検疫では、ウィルスの侵入を実質的に遅らせることはできなかった・・・・・・現代ではその効果ははるかに小さいだろう」との認識を示して、人の移動 を制限すべきではないと繰り返しホームページでアナウンスした。一方、日本の厚労省は、法令に基づき水際作戦を大々的に展開した。意味のない停留措置で人 権侵害を引き起こし、日本の国際的評価を下げ、国益を損ねた。

成田空港では、2009年4月28日から、6月18日までの52日間で、346万人を検疫して、10名の患者を発見した。専門家諮問委員会委員長の尾身茂 氏は、2009年5月28日の参議院予算委員会で、検疫は侵入を防ぐことではなく、遅らせることが目的であり、国内の発症例が報告されるまでに時間を稼げ たと証言したが、科学的根拠を提示しなかった。

国立感染症研究所の疫学調査によれば、兵庫県内での二次感染による新型インフルエンザの最初の発症は5月9日だった。成田の検疫で患者が発見されたのは5 月8日夕方であり、検疫で発見されるより前に、新型インフルエンザが日本国内に入っていたはずである。大型コンピューターを使ったシミュレーションでは、 空港で8例の陽性患者が発見される間に、感染者100名が通過していると推定された(文献3)。

原発事故では学者と行政の癒着が問題になった。学問の自律と学者の知的誠実性が、国民の安全に必須であることは、インフルエンザでも同じである。学問の自律とは、正しさを、行政の思惑ではなく、医師や研究者が学問の方法と論理を用いて決めることである。

過去に例のない大震災に対し、法令に従って対応しようとしても、不都合が生じる。大震災は法の想定に合わせて発生するわけではない。しかも、迅速性が決定 的な意味をもつ。入手可能な情報で状況を判断し、被害を小さくし多くの被災者を救援するための最適な行動をとりあえず決める。それを実行しつつ結果を観 察、あるいは想像する。不十分な検証に基づいて、次の対応を考えていく。

この過程は科学に似ている。ヨーロッパにおける科学の進歩は、宗教による規範化を脱して、「学問がその理論の仮説的性格と真理の暫定的な非誤謬性によっ て、安んじて研究に携われるように」(文献1)なったことによる。科学における正しさは研究の対象と方法に依存している。仮説的であり、とりあえずの真理 である。ゆえに議論や研究が続く。新たな知見が加わり進歩がある。

●自衛隊
東日本大震災は、2011年3月11日14時46分18秒に発生した。福島県いわき市では揺れが190秒も続いた。いわき市での揺れが収まるのとほぼ同時 の14時50分、防衛省ホームページによると、防衛省災害対策本部が設置され、同時に、東北方面総監部から連絡員が宮城県庁へ派遣された。このあたりは人 間の判断を介さずに、機械的に進められたのであろう。しかし、本部設置の7分後の14時57分、11分後の15時01分には、情報収集のためにヘリコプ ターが離陸した。人間の判断が素早かったのも間違いない。15時15分までに10機の航空機が離陸した。

岩手県知事が、14時52分、最初に災害派遣要請をした。防衛大臣によって大規模震災災害派遣命令が18時00に、原子力災害派遣命令が19時30分に出された。
原子力災害派遣を除いた救援活動として、航空機による情報収集、被災者の救助、人員及び物資輸送、給食支援、給水支援、入浴支援、医療支援、道路啓開、瓦 礫除去、ヘリコプター映像伝送による官邸及び報道機関等への情報提供、自衛隊施設(防衛大学校)における避難民受入れ、慰問演奏が記載されている。

2011年3月19日には、派遣規模は、人員約106,000名(陸:約69,000名、海:約16,000名、空:約21,000名)、回転翼機209 機、固定翼機321機、艦船57隻と膨大になった。圧倒的な装備と人数である。自衛隊は、自力で住居、食糧、水を確保でき、道路が寸断されていても移動で きるので、被災地などのインフラが破壊された地域でも活動できる。

大規模震災災害派遣命令は、最終的に、3月14日の「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震に対する大規模震災災害派遣の実施に関する自衛隊行動 命令」に統合された。この命令は指揮官や部隊についての記述が大半を占めるが、何をするのかについては極めて簡素で、以下の一文に集約されている。

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所要の救援(以下「救援活動」という。)を実施せよ。
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「所要の救援」という簡素な表現が、現場指揮官に裁量を与える。そもそも、自衛隊は、武力によって国民と国家を守ることを主たる任務とする。戦闘行為には敵がいる。明確なマニュアルで行動が細部まで規定されていれば、いずれ、敵の察知するところとなり、必ず戦闘に破れる。戦闘訓練では、未知の行動をとる敵 に対し、臨機応変の対応が求められる。
東日本大震災では、自衛隊は軍(自衛隊は外国からは軍と認識されている)としてはきめ細やかな活動をした。
後述する安房医療ネットが、南相馬市の屋内退避勧告地域の要介護者170名を受け入れようと準備を進めていた。安房医療ネットからの下記メールで作戦が中止になった。

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本日、自衛隊の方々が、1軒1軒のお宅を廻り、退避希望を聞いて廻ったところ、結局、圏外に移動を希望した方々が、要介護者の18名とその家族の約50名 となった。この人数であれば、県として準備をすすめていた栃木県の日光市に全員移動可能であり、ご家族もそれを希望されたとのこと。
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この話を伝えたところ友人から下記のような感想が送られてきた。

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自衛隊が一戸一戸まわって調べたのでしょうか、驚異的ですね。この国に合った形に進化してきたのでしょうね。ありがたいことです。アメリカのような破壊的な効率化は、日本ではできないし、しないほうがいいのですよね。
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東日本大震災で自衛隊は圧倒的な役割を果たした。被災後の4日間での救助者数が19,000名に達したことは特筆に値する。活躍の理由は、本来、軍が認知 的予期類型に含まれる社会システムであること、今回の震災派遣では無理な規範を押しつけず、被害状況と被災者の心情を詳細に把握した上で救援活動を行った ことにある。旧日本軍は、インパール作戦に象徴されるように、無理な規範を現場に押し付けて大量の犠牲者を出した。自衛隊が、全く別な考え方の軍になった ことを喜びたい。

●DMAT (Japan Disaster Medical Assistance Team 災害派遣医療チーム)
阪神・淡路大震災では、本来なら避けられたはずの災害死が500名ほど存在したとされる。この教訓から、災害の急性期(概ね48時間以内)に活動する機動 的な救急医療チームが組織された。あらかじめトレーニングを受け、定められた活動要領に基づいて活動する。 DMATの目的は急性期の対応であり、現場で応急手当をして、必要に応じて、域内搬送、あるいは、域外搬送を実施する。
震災当日の夜、亀田総合病院DMATが、医師2名、看護師1名、薬剤師1名、事務1名、運転手1名の計6名で出発。3月12日早朝、仙台医療センターに集合した。以下はこのチームから得られた情報である。

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チームは、仙台医療センターより東北厚生年金病院に向かい活動した。地震による院内の破壊が著しく、水道、ガス、電気もなく、薬などが不足状態のため医療活動は困難な状態であった。12日は可能な限り外来診療していたが、13日には外来診療もできない状態になった。

十分な医療提供ができない中でトリアージが行われた。
黒タグ:既に死亡、あるいは、明らかに救命不可能と判断されたもの。
赤タグ:生命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置をすべきもの。この範疇を助けるのがDMATの本来の目的。
黄タグ:赤ほどではないが、早期に処置をすべきもの。
緑タグ:今すぐの処置や搬送の必要のないもの。

被災地域で発見された被災者は、黒タグが大半だった。死ぬか健康上何もないか。数少ない赤タグは外傷ではなく低体温だった。
建物については、津波の来てない地域は全く破壊がなく、津波が来た地域はすべて破壊されていた。破壊の境界が明確だった。ただし、津波が来ていないところは、外からの被害は少なく見えるが、ライフラインは全滅だった。人的被害の少ない地域と被害の大きい地域が隣接していた。人的被害の少ない地域に残っている患者は、移動手段なし。ガソリンもなし。必要な医療にアクセスできなかった。

県庁は大混乱に陥っていた。避難所、食糧、水、ライフラインの手配が優先されていた。行政、医療機関、DMAT、避難所が孤立し、互いに連絡がとれなかった。全体を俯瞰するような情報が得られなかった。他の場所に出向いて直接のやりとりで情報を集めるしかなかった。通信手段と医療チームおよび患者搬送のた めの移動手段が欲しかった。
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今回の震災でDMATの寄与による重症者の救命は少なかったと聞く。これは、津波の特性によるもので、DMATを送り込んだことが無意味だったということではない。ただし、問題点はある。被災地からのメールが端的に表現している。

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今回の震災ではDMATはほとんど機能しなかったと思います。現場を見て何が必要なのかを判断して、それをフィードバックして、戦略を変更しないといけません。DMATのような単一の動きしかできない組織に頼りきるのは、止めた方がよいのではないでしょうか。DMATの視野には在宅の寝たきり老人は入りません。
DMATから権限をどこかに移譲する、もしくは権限はそのままでも慢性期医療に精通したものがその中に入り自由に活動できる権限が必要だと感じます。
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DMATは、行政の下部組織として設計されており、被災地の医療を統括する。行政主導のためか、活動要領で行動を縛りすぎた。加えて、不適切な訓練によって、臨機応変の対応を抑制したのではないか。救援活動で大活躍をしたNPOシビック・フォースの大西健丞代表が、筆者にDMATの医師は行政に従順すぎる と語ったのが印象的だった。

文献:
1 ニクラス・ルーマン:「世界社会」 Soziologische Aufklärung 2, Opladen, 1975. 村上淳一訳・桐蔭横浜大学法科大学院平成16年度教材)
2小松秀樹:新型インフルエンザに厚労省がうまく対応できないわけ. Medical Research Center (MRIC) by 医療ガバナンス学会 メールマガジンvol. 129, 2009年6月5日

http://medg.jp/mt/2009/06/-vol-129.html

3 H. Sato, H. Nakada, R. Yamaguchi, S. Imoto, S. Miyano and M. Kami.: When should we intervene to control the 2009 influenza A(H1N1) pandemic?. Euro Surveillance, 15(1):pii=19455. 2010.

(その2/3)へ続く。

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