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Vol.244 医療事故調と弁護士利権

医療ガバナンス学会 (2011年8月20日 06:00)


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医療・法律研究者 大岩 睦美
2011年8月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


7月13日に日本医師会が「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」との提言を出しました。またぞろ事故調の亡霊が首をもたげたのです。
医療事故調は、患者の為にならず、弁護士の金ずるでしかありません。医療安全の世界標準に真っ向から逆行する馬鹿げた制度に日本医師会がいまだにこだわる のは本当に理解に苦しみます。今回の提言を受けて、知己の患者側弁護士(*医療事件において主に患者を依頼者とする弁護士。逆に病院を主として依頼者とす る弁護士を病院側弁護士という)にインタビューしましたので、お読みいただければ幸いです

そもそも、相次ぐ警察の介入で混迷を極めた医療界は、この状況を何とかしてほしいと司法、行政にお願いしました。その結果、出来上がったのが医療事故調であり、その原案には、警察や患者側弁護士など、医療現場に強く介入した側の意見が反映されました。

この医療事故調の最重要ポイントは「警察への報告」ではなく、公的機関が「過失あり」/「過失なし」と判断し、お墨付きを与えることです。ちなみに、医療 事故調から直接、警察に報告しないといっても、それ以外からの告訴、告発は自由ですので何の意味もありません。それよりも、公的機関が「過失あり」/「過 失なし」を判断することが重要なのです。

ほとんどの弁護士は、刑事事件には興味がありません。弁護士会では、刑事弁護はプロボノ活動(「公共の利益のための無料奉仕」)扱いされています。その理由は単純で、多くの場合、刑事被告人に資力がないことから、適正な弁護士報酬を支払うことができないからだそうです。

ほとんどの弁護士は、(中)小規模事業主として弁護士活動を行っています。事務所を借り、事務員を雇い弁護士活動をし、自らの生計を賄っています。どんな 綺麗ごとを言おうともこの事実は動かし難く、「衣食足りて礼節を知る」、「貧すれば貪する」から逃れることはできません。そして、現在の弁護士過剰状態の 影響は大きく、日弁連が実施している「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査」によると、サンプル数は少ないものの、弁護士の所得中央値は、2000年 時は、1300万円であったところ、2010年には、959万円とたった10年で約3/4へと急激に減少しています。弁護士にとって、民事でいかに効率よ く儲けるかは最大の関心事となるようです。

弁護士の報酬は、着手金と成功報酬から成り立っています。着手金は、事件を取り扱うに当たり、その事件の成否とは関係なく請求する報酬です。そして、成功 報酬は、事案を処理した際に、原告側(患者側)であれば、被告(病院側)から得た金銭から分け前として請求する報酬です。旧規定によれば、着手金と成功報 酬の比率は1:2程度となっています。

即ち、事案が勝つか負けるかで弁護士の報酬に3倍の開きがあるということです。したがって、弁護士が事案を受けるか受けないか判断する(弁護士には応召義 務はない)に当たり、当該事案が「勝ち筋」か「負け筋」かを見分けることが最重要ポイントとなります。勝てない事件を受けてしまっては、費用倒れとなりま すし、それが積み重なれば倒産の危機となってしまいます。一般民事事件において原告勝訴率が90%近いのは、裁判所が原告贔屓なのではなく、弁護士がきっ ちりと専門家として事前の判断をしている結果なのです。

しかし、医療過誤事件は悲惨な状況です。30%台をうろちょろしていた勝訴率が、2010年にはついに20.6%となってしまいました。これに歩調を合わ せるように急増していた医療事件の新受件数も減りました。簡単に言えば、お金になると思って医療事件をやってみたらこてんぱんに負けてしまい損をしたから もう手を出さないということです。

特に、患者、家族は個人(企業ではないという意味)ですから、死亡に対する賠償額(億単位)に対応する着手金を請求することは非常に困難な作業です(当た り前ですがローンはききません)。往々にして、着手金はディスカウントして、成功報酬(相手から貰う金額から分け前をとる)で回収せざるを得ないケースが 多々あるそうです。したがって、なおのこと患者側弁護をやるにあたっての最重要ポイントは、できるだけ高い精度で「勝ち筋」か「負け筋」かを判断すること となります。

しかし、20~30%の精度でしか判断できない「医療過誤訴訟の専門家」にとって、この点は、致命的なネックとなります。訴訟で負ければ成功報酬は0円で す。着手金だけでは、経営上マイナスです。しかも、看板を信じてやってくる患者、家族にちゃんとした説明もできずに訴訟をして惨敗では、面目丸つぶれどこ ろか個人の財布から相当額の着手金をとっていますから弁護士懲戒をかけれらてもおかしくありません(通常のケースでは認められないでしょうが、弁護士には 大きな心理的、物理的ダメージとなります)。医療訴訟の勝訴率が弁護士にとっても重大ニュースになるのはそのためなのだそうです。

したがって、弁護士にとって、自らが関与した厚労省案による事故調の早期成立は、自分たちの生活がかかった超重要課題なのです。一刻も早く、権威ある専門 家が「過失あり」/「過失なし」とお墨付きを与えた報告書を持って相談しに来てくれるようにならなければ、弁護士大増産時代の現代では、生活基盤の喪失を 意味するのです。

ちなみに、日医意見書には、「医療事故はシステムエラーだから個人に対する刑事責任にそぐわない」との記載がありますが、埼玉医大抗癌剤事件では、現場の 医師だけでなく、診療に直接関与していない主任教授まで刑事責任を負いました。システムエラーならまとめて刑罰を科すことができるのです。当然、民事で は、病院が被告となりますから個人の責任だろうがシステムエラーだろうが何の関係もありません。

最後に、公正、中立を確保するためと称して利害関係者である患者代表や弁護士を入れることは、真実発見から遠くなることは、今まで述べた問題点が公正、中立なはずの弁護士や法律家の委員から指摘されていないことからも明らかです。

そもそも、この事故調スキームでは、刑事事件化も回避できないばかりか、患者家族は、報告書を持って弁護士のところに行くことが前提になっていますから、 事故調の調査において、真実を語ることは制度的に期待できません(そのため、当初の厚労省案では、虚偽陳述に刑罰を科すべきとしたのです)。したがって、 誤った事実認定の下に医療安全対策を考えるということとなります。一方医療者は、その有様をみて、益々患者を診るのではなく、訴訟対策に励むでしょう。

私は、今回の日医提言の原因は、提言10ページにあると考えています。「一般社団法人医療安全調査機構が平成22年11月に行われた事業仕分けで補助金が 大幅削減されるという事態に至った」とのことです。日本医師会は、こんな下らない天下り先の存続のために、医療者、患者を切り捨てにかかったのではないで しょうか。

医療安全を本当に望むのならば、医療従事者の陳述は、秘匿されなければなりません。もし、紛争処理機能を持たせたいのであれば、無過失補償制度とセットに しなければなりません。基礎の基礎である、事実認定が「裁判上の事実」同様フィクションになるからです。そもそも本当に全国一律の「公的機関」が必要なの でしょうか?都市部と医療過疎地域では、当然に求められる医療安全レベル、医療水準は異なると思われます。また、紛争は個別具体的なものです。お上からの 天の声ではなく、多様な判断を尊重することが重要ではないでしょうか。

それぞれが目先の利益ばかりを追い、医療者、患者を切り捨てる現状は目を覆うばかりです。公正、中立を謳う事故調提言から得られる結論が、公正、中立の難しさというのはあまりに皮肉です。

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