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Vol.250 新型インフルエンザ対策行動計画(改定案)に対する意見

医療ガバナンス学会 (2011年8月25日 16:00)


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山形大学医学部附属病院 検査部
森兼 啓太
2011年8月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


さる8月15日、内閣官房新型インフルエンザ等対策室から新型インフルエンザ対策行動計画の改定案が発表され、パブリックコメントの募集が開始された。筆 者はA4で5ページほどのコメントを提出する予定だが、検疫に関する箇所を抜粋してコメントの内容をご紹介する。読者諸兄のご批判を頂きたいと考えるとこ ろである。

★「発生時における準備体制を構築するためには、我が国が島国であるとの特性を生かし、検疫の強化等により、ウイルスの国内侵入の時期をできる限り遅らせることが重要である。」(改定案9ページ)
この一文は削除すべきである。理由は3点。
1.論理的根拠。いかに検疫を強化しても潜伏期にある者を検知することはできない。従って、検疫の強化でウイルスの国内侵入の時期をできるだけ遅らせるという考え方が誤っている。
2.インフルエンザ(H1N1)2009の流行初期における経験。あれほど集中的かつ大々的に検疫を行なったにもかかわらず、ウイルスの国内侵入時期を遅 らせることができなかった。具体的には、神戸市で国内発症第一例目(Aとする)が5月5日に発症しているが、Aは渡航歴がないので、Aを感染させた者(B とする)はAに対して遅くとも5月3日に伝播させていた。Bの潜伏期から考えると、Bは遅くとも5月1日までに潜伏期の状態で検疫を通過し入国している。 このことは、検疫を2009年4月以前の体制で行っていたとしても同じ結果になったはずである。ちなみに、実際に検知できた患者は5月9日が第一例目であ り、Bの入国から8日以上後であった。
3.科学的検討および知見。検疫によってウイルスの国内進入を遅くすることができることを述べた学術論文は存在しない。一方、SARSとインフルエンザに 関して、遅くすることができないという論文は存在する(Pitman RJ, et al. BMJ 2005;331 1242-43)。
科学的知見およびインフルエンザ(H1N1)2009による経験を踏まえずに、冒頭の一文を残すことは、行動計画9頁の4行目で述べている「科学的知見及び各国の対策も視野に入れながら(中略)戦略を確立」していないことになり、自己矛盾している。

★「海外で発生した場合には、その状況に応じた感染症危険情報の発出、査証措置(審査の厳格化、発給の停止)、港湾管理者の協力のもと、外国からの船舶入 港情報の収集、入国者の検疫強化(隔離・停留等)、検疫飛行場及び検疫港の集約化、航空機や船舶の運航自粛の要請等の水際対策を実施する。」(改定案  20ページ 下方)
先のコメントにも記した通り、検疫を強化することにより国内発生を遅らせることはできない。一方で、検疫強化に要する膨大な人的資源、検疫業務従事者の使 用する個人防護具などを購入する費用、業務従事者のストレス、大多数が健康な渡航者である被検疫者がこうむるストレスや無駄になる時間などの、検疫強化に 伴うマイナス面が大きい。さらに、査証発給の停止や航空機の運航停止要請などは、その仕返しとして諸外国から日本が同じことをされる可能性が十分にあり、 国際社会の一員としての信用を失い、経済活動に大きく水を差すことになる。
インフルエンザ(H1N1)2009において、当初死亡率が高いと言われていたメキシコでの流行に際してさえも、メキシコからの渡航制限やビザ発給停止、 メキシコの航空会社の運行停止要請は行われなかった。このことから考えて、今後も検討されるはずのない措置を行動計画に入れるべきではない。

★「感染したおそれのあるものを停留させるための、、、」(改定案 33ページ・44ページ)
示されている根拠法の条文は、検疫法第十四条第一項第二号「第二条第一号又は第二号に掲げる感染症の病原体に感染したおそれのある者を停留し、又は検疫官 をして停留させること」であるが、同法第二条の二 2 には、「前条第二号に掲げる感染症の疑似症を呈している者であって当該感染症の病原体に感染したお それのあるものについては、同号に掲げる感染症の患者とみなして、この法律を適用する」とある。つまり検疫法は、「感染したおそれのあるもの」は、「感染 症の疑似症を呈している者」を対象としていると考えられ、第十四条第一項第二号で述べられている「病原体に感染したおそれのある者」とは、有症状者のみを 指しているのではないのか。
より具体的には、インフルエンザ(H1N1)2009の流行初期において、検疫で捕捉された発症者の近くに着座していた濃厚接触者が停留措置を受けた。この者たちは、そもそも検疫法の対象となるのか。法的整理が必要である。
日本国憲法第18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」とあ る。19頁中程にて、「感染したことについて、患者やその関係者には原則として責任はない」とうたっているので、感染者は犯罪者ではなく、いわんや無症状 で感染したおそれのあるものも犯罪者ではない。そして、無症状の濃厚接触者にとって、狭い空間に幽閉され行動の自由を著しく制限される停留はこの上ない苦 痛であり、奴隷的拘束や苦役以外の何物でもない。犯罪に因る処罰ではない状況において、日本国民の身柄を拘束しこのような苦役を与える停留を規定した検疫 法第十四条第一項第二号は、日本国憲法に違反していないのか。

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