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Vol.258 医療界にも競争システムを ~強豪・清水商高サッカー部が示唆すること

医療ガバナンス学会 (2011年9月2日 06:00)


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この記事は2011/8/8キャリアブレインニュース「Dr.Kamiの眼」に掲載されたものです。

東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
特任教授 上 昌広
2011年9月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


7月17日、相馬市光陽サッカー場で「取り戻せ!元気な相馬サッカー大会」が開催された(主催 相馬市・NPO法人ドリームサッカー相馬)。目玉は清水商 業(静岡県)と地元相馬高校のサッカー交流試合、および名波浩さんを初めとする清水商業OBのサッカー指導だ。10名以上のJリーガーが駆け付けた。その 中には多数の日本代表が含まれる。市民は大歓迎で、総勢3000名程度が参加したという。

この企画を実現させたのは、静岡県三島市在住の鍼灸師 藤田義行氏だ。藤田氏と私は、医療改革を語りあう仲間である。震災後、私に「被災地を訪問してみたい」と連絡があり、ゴールデンウィークに相馬市にやって きた。そこで彼は「被災地の子どもたちにスポーツを提供しなければ」と感じたらしい。

藤田氏の鍼灸の腕は高く、スポーツ界に広いネットワークを持つ。三島市に戻った藤田氏は、旧知の清水商業サッカー部 大瀧雅良監督に連絡した。私も藤田氏の紹介で、大瀧監督とは旧知の間柄である。大瀧監督は快諾し、今回の企画が実現した。実際の調整は、藤田氏が相馬訪問 で知り合った立谷秀清相馬市長と連携して進めたらしい。

大瀧監督は我が国の高校サッカー界を代表する名監督だ。1985年以来、全国高校サッカー選手権を3度制覇し、全国でもっとも多くのJリーガーを輩出している。今回の相馬訪問でも、高校生・OBを問わず、被災地に一切の負担をかけず、完全ボランティアで参加した。
彼は「サッカーは人間教育」と考えており、サッカーの技術が卓越していても、人間としての修練が不十分と判断した選手は使わないらしい。大瀧スピリッツ は、サッカー界で尊敬されている。後日、「多くのJリーガーが参加出来たのは、大瀧監督の信頼によるものだ」と聞いた。売れっ子のJリーガーたちが日程を 調整し、被災地に勢揃いするのは、私が想像するより遙かに難しいらしい。

相馬高校と清水商業の試合は、9-0と清水商業の圧勝であった。多くの人々の予想通りの結果である。ただ、実際に間近で見た感覚と結果は大きく食い違う。 前半は3-0。清水商業が相馬高校にボールを奪われるシーンも目立った。試合が一方的になったのは後半だ。清水商業のシュートが立て続けにゴールを割っ た。両校のスタミナの差が出たのだろう。

しかしながら、私が驚いたのは、試合が進行するに従い、清水商業の選手が追い詰められていったことだ。これに気付いたのは、相双地区の医療支援を続けてい る宮下徹也医師(横浜市立大学手術部長)だ。彼は学生時代サッカー部に所属していた。「試合後半になっても、清水商業の選手はベンチからプレッシャーがか かっている。明らかに相手ボールでも取りに行かなければならない。動きが緩慢だと「どうする!」「それでいいのか!」と檄が飛ぶ」と指摘した。私はサッ カー音痴だが、確かに言われてみればそうである。

あとで、関係者からからくりを聞いた。実は清水商業の選手にとって、いまが進路決定に大切な時期らしい。7~9月に活躍できないと、希望する大学やプロに 進めないそうだ。私は、冬の高校サッカー選手権こそ勝負だと思っていたが、関係者にとっては「進路が決まった後の派手な文化祭」という認識らしい。
清水商業の大瀧監督は、どんなに弱い相手でも手を抜く選手は使わない。清水商業サッカー部は総勢90名を擁する大所帯だ。レギュラーの代わりなど、幾らで もいる。相馬高校相手に手を抜けば、次のチャンスがなくなるのだろう。清水商業の選手たちは、相馬高校だけでなく、自軍のベンチとも「戦っていた」ことに なる。清水商業が一流を維持しているのは、このような熾烈な競争の賜だろう。

この話は、医療関係者にとっても示唆に富む。横浜市・秋田県という、我が国を代表する医師不足地域で勤務する宮下医師は「医師不足の地域は、何でも医師不足のせいにして、実はサボっている」と公言する。確かに、私もそのような側面は否定できないと思う。

私は血液内科医だ。東大医科研以外に、埼玉県行田市でも診療をしているが、東京都内であれば抗がん剤治療にトライするような患者でも、「もう歳だし、保存 的に行きましょう」と言ってしまうことがある。そして、そのような判断は誰からも批判されない。もし、抗がん剤を投与しようとすれば、常勤の専門医がいる 東京都内の病院と連絡し(埼玉県内の専門施設はいつも満床で、初めから候補に上がらない)、退院後のケアまで調整しなければならないからだ。家族の移動ま で考えればハードルは高く、現実的でない。患者にとってベストか否かはわからないが、私、および病院スタッフにとって楽な選択だ。ただ、こんなことを続け ていると、レベルが下がる。どうすればいいのだろう。やはり、医療界にも競争が必要だと思う。

いま、医学部新設が議論されている。宮城県仙台厚生病院・東北福祉大は医学部新設に立候補し、千葉県成田市は小泉一成市長が医学部誘致を明言した。また、 埼玉県知事選では現職・新顔とも「医学部新設」に言及している。多くの自治体が医師不足の解決策として、医学部新設を考えている。

一方、医療界の反応は冷たい。全国医学部長会議は医学部新設に絶対反対を貫いている。その主張は「医学教育のレベルを落とし、百害あって一利なし」だ。そ の代表が全国医学部長会議では黒岩義之 前会長、嘉山孝正 国立がん研究センター理事長らだ。彼らの口から、「医師のレベルアップには競争が不可欠」という発言が出ることはない。

また、震災で被害を受けた東北大学の里見進病院長は、復興のために「IT技術を用いた集約化」を提唱している。本来、ITは自立・分散・協調を促進する ツールであり、集約化とは相反する概念だ。今回の震災では、海岸部の医療機関が壊滅し、救急患者のケアが出来なかった。東北の特徴は、岩手・福島で県庁所 在地と被災地を山脈が遮っていること。急患の搬送など不可能だ。被災地に医師がいなければ、ITでつないでも対応できない。理論が破綻している。

私が興味深く思っているのは黒岩氏、里見氏が所属している組織が、地域への医師派遣を完全に独占していることだ。例えば、人口370万人の横浜市の医育機 関は横浜市大だけである。人口235万人の宮城県における東北大の立場も同様だ。東京、大阪、京都、名古屋、福岡、北海道などで、医学部が熾烈な競争を繰 り広げているのとは対照的である。

独占は停滞を生む。両大学のアカデミックなアクティビティーは決して高いとは言えない。また、毎日新聞の調査(2010年8月2日)によれば、東北大卒業 生の県内残留率は東北地方、および七帝大で最低だ。また、横浜市大の卒業生の大学病院残留率は神奈川県の4大学の中でもっとも低い。
一方で、最近の横浜市大の不祥事は目を覆うばかりだ。私は独占が生んだ弊害であり、医師不足のなれの果てとも言える。「医師を増やせば、医師の質が下が る」などを真顔で議論していれば、やがて国民から愛想を尽かされる。普通の教養があれば、「質の維持には一定の競争が必要」、「量は質に転化する」ことを 知っている。そろそろ、本気で将来の医療を語ろうではないか。清水商業の「競争システム」は示唆に富む。

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