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Vol.259 発達障害の視点からの被災地支援

医療ガバナンス学会 (2011年9月5日 06:00)


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星槎大学共生科学部准教授 西永 堅
2011年9月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私の専門は心理学・特別支援教育であり、知的障害、LD、ADHD、自閉症スペクトラム障害などの発達障害がある児童・生徒ならびにその家族支援を勉強し てきた。2011年5月より、被災地域である福島県相馬市の小学校にて心理支援を行っている。本稿では、被災地における発達障害のある子どもたちへの支援 方法について考察してみたい。

キーワードは、具体的な指示・教示である。

発達障害の有無に関わらず、人間が身の回りの状況をどのように認識するかは、言語・認知の発達に伴って大きく異なると考えられる。例えば、人の死も年齢に よって受けとめ方が異なり、抽象概念の理解が不十分な小学校低学年以下の場合は、家族のような身近な存在の死であったとしても理解が難しいこともある。そ れは知識・概念を教えることによって変わるということでもない。また、未来を予測して行動したり、過去をさかのぼって考えることも時系列認知の発達を必要 とする。

そのような言語・認知の発達が同年齢の平均と比較して遅れているのが、いわゆる発達障害を持つ子どもである。したがって彼らは、地震や津波や原子力発電所 事故などの捉え方が、同学年の他の児童生徒とは異なると予想される。過度に怖がったり、過度に怖がらなかったりするかもしれない。時系列の処理が遅れてい るということは、記憶の整理が難しいということでもある。テレビで見た映像と自分の実体験と取り違えることがあるかもしれない。我々自身にも起きる現象、 自らの幼少の記憶だと思っているものが、実は本当の記憶ではなく、自分自身が映っている写真等から得られた心的イメージに置き換えられているというのに似 ている。また表現力の問題で、テレビで見たことや人の経験として聞いたことを、あたかも自分が経験したかのように表現してしまうこともあると思われる。

このような発達障害のある児童・生徒に対する支援のキーワードは、抽象的なことより具体的な指示・教示、である。具体的な指示とは、絵に描いて表せることだと考えると分かりやすい。

我々大人が子どもたちを指導しようとすると、「廊下を走るな」、「騒ぐな」、「静かにしろ」といった指示をすることが多いと思う。しかし、廊下を走らない 絵を描くのはとても難しい。廊下を走る絵に×を描くぐらいならできるが、その絵だと廊下を走ることをむしろ想像してしまいがちである。同様に、騒がない絵 も難しく、静かにする絵も難しい。それに対して、「廊下を歩く」という指示であれば、絵に描いて表すことも可能であるし、廊下を歩いている時にしっかりと 褒めることができる。避難所等不便を強いる生活では、子どもたちはとても忍耐を見せていた。「我慢しなさい」、「わがままを言わない」という指示だけでは なく、「よく我慢したね」、「わがままを言わずにえらかったね」といったフィードバックができると子どもたちには余裕が生まれると思う。

そして、時系列の処理や因果関係を説明する際は、口頭の説明だけでは理解が難しいので、絵や字など視覚的なものを併用するのがよいと考えられている。なぜ 避難所に行かなければならないか、なぜ仮設住宅等に引越しをしなければならないのかということを理解できず抵抗を示す子どもたちもいるであろう。そのよう な子どもたちは、予定なしにいろいろなことを強制されることに強い不安をもつ場合が多い。しかし前もって予定が伝えられており、それを理解できるとスムー ズに行動できることも多い。つまり、見立ての重要性である。

どうしても具体的に表現できない場合もあるだろう。そういう時にはどうすればよいだろうか。例えば、大丈夫だ、心配するなという言葉は、とても抽象的であ り、子どもたちにはとてもイメージしにくいと思われる。ものを言うのが、言葉の通じない外国に行った時と同様、表情などの非言語コミュニケーションであ る。それでなくても言語能力の未発達な子どもは大人の表情を見て行動していることが多い。大人が口で大丈夫だといくら言ったとしても表情を見て不安になっ ている子どもたちも多くいると思われる。非常時に子どもの笑顔を見て大人が安らぐことのあるように、子どもも大人の笑顔に救われることがある。

放射線も抽象的で分かりづらい。言葉が通じない外国人に対して、身振り手振りで放射線量が高くて危険だということを伝えるのは相当困難である。目に見え ず、臭いも音もない中で、子どもたちにそれらを理解させるのはとても難しいであろう。危険だから、将来危ないから、といった子どもがイメージしにくい理由 説明ではなく、マスクをする、グラウンドで野球をするのは1時間といった具体的な指示であれば、理解できる子どもたちも多いと思われる.

抽象的な指示よりも具体的な指示の方が大事というのは、子どもだけではなく大人に対しても同様と考えられる。放射線も、抽象的で様々な情報があふれていた からこそ、一層不安が高まったと考えられる。大人たちも見立てのつかない所では不安が大きくなる。そして大人の不安は子どもたちに伝染していく。高度情報 化が進み様々な情報を得ることができるようになった現在は、様々な不安にかられる時代でもある。子どもたちに笑顔が見られるように、大人たちがいがみあわ ない被災地復興を願っている。

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