医療ガバナンス学会 (2011年9月9日 06:00)
星槎教育研究所 主任研究員
星槎大学 非常勤講師
安部雅昭
2011年9月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
フォロアーチームは、相馬市で津波被害の大きかった地域の幼稚園・小中学校5校を対象に、子どもの心のケアを目的として結成されたものです。福島県内に は、カウンセラーや医師が様々な地域から派遣され、いくつか心のケアチームも入っています。しかし、一定期間滞在して巡回を行なってはいるものの、1~2 週間で支援者が入れ替わるために、その都度信頼関係を築き直す必要があります。しかも、心のケアとして構えているために敷居が高く、相談しにくいのが現状 です。そこでフォロアーチームでは、2年間を一つの区切りとして、臨床心理士、大学教員、精神保健福祉士、保健師などのカウンセラーを各校に固定的に週1 日~4日配置。通常の学校生活の中で子どもたちや先生との関わりを持ちながら、長期的かつ継続的な支援を行ないます。
本題に戻ります。発達障害は見えない障害とも呼ばれ、気づかれないために『落ち着きがない・自分勝手・切れやすい・だらしがない・融通が利かない、空気が 読めない、引っ込み思案』などと本人の努力不足、家庭の躾が悪いなどと思われているケースも多く、理解されずに放置されたり叱責されたりと自己肯定感が低 下しやすいものです。着目すべき点は2つあります。高機能広汎性発達障害の子どものリスク、もう1つは発達障害の子どもの災害時の危機回避です。
まず前段です。高機能広汎性発達障害(High Functioning Pervasive Developmental Disorder:以下HF-PDD)とは
1. 社会性の障害(友達が作れない、他人と興味を共有できない、感情が伝わりにくい、表面的な状況理解)
2. コミュニケーションの障害(言葉が独特、曖昧な表現や仮定の話が苦手、会話が一方的、同じことを繰り返す など)
3. こだわり(反復的な行動、段取りの手順が固定、ルール厳守、変化への抵抗、興味の偏り など)
の3つの特徴を持つ広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorder:以下PDD)のうち、知的な障害を伴わないものを言います。子ども200人に1人の割合で存在するとも言われています。昨年、東大生に 多いと話題になったアスペルガー症候群(上記3つのうちコミュニケーションの障害がないもの)もこれに該当します。超進学校とよばれる学校にも多く存在 し、とある旧帝大の先生は、毎年約3000人の入学生が入学してくるうち約1000人はHF-PDDの要素を持っていると語っていました。
さて、このPDDは忘れられない障害とも言われています。外傷体験が臨場感を伴って記憶に残りやすく、さらにその記憶が突然かつ鮮明に想起されやすいので す。通常、私達は『恥ずかしい・嫌だ』という経験をした時に、しばらくは頭の中に残り、思い出すと不快な感覚も蘇りますが、ある期間を過ぎると思い出した としても不快な気持ちが起こらなくなり、記憶からその臨場感が消えます。しかし、PDDの人達は、あるきっかけがスイッチとなって、外傷体験を時突然鮮明 に想起してしまうことがあるのです。それが、今回の支援を行なっている中にも見られました。ある子どもは、津波によって家を失い避難所で過ごすという非日 常の生活がスイッチとなり、幼少時の不快体験が想起され、情緒が不安定になっていました。今後は、この震災や津波の体験だけでなく、新しいストレスフルな 生活環境も、外傷体験として記憶に残る可能性を秘めています。そして、将来起きる出来事がスイッチとなって、今回の一連の不快体験を突然かつ鮮明に想起す ることも考えられます。特に中学3年生は、部活動を引退して高校受験へ向かっていること自体が思春期最大の試練であり、ストレスをとても感じる子どもが多 いと思います。今後も継続して子ども達の見守り、サポートを行なっていく必要性を感じています。
続いて、発達障害の子どもの災害時の危機回避について述べます。
とても悲しいことですが、私が支援を行なっている学校では、津波によって7人の生徒が亡くなってしまいました。そのうち4人は発達障害の傾向を持つ生徒 だったと聞きました。発達障害を持つ子ども達は、場面に合った適切な行動を取れなかったり、衝動的な行動やパニックによって正しい判断ができない場合もあ り、そのこと自体が危機回避におけるリスクファクターとなっているのだと思います。日常から危機回避のトレーニングを行い、充分に準備することがとても重 要となります。
NPO法人MMサポートセンター(南相馬市)では、発達障害の子ども達のソーシャル・スキルト・レーニング(Social Skills Training:以下SST)を行なっていました。原発も近くにあることから、震災時の避難所生活を想定して、避難所のスペースでの過ごし方や、限られ た食事の取り方、ペットボトルの回し飲みなども練習しており、避難所で一人もパニックにならずに過ごすことができたそうです。
このMMサポートセンターは、津波や地震の被害を受けませんでしたが、避難区域の目と鼻の先にあり、放射線のことを考えるとその場所で子ども達の活動を行 なうことは望ましくないと自ら判断され、現在は閉鎖しています。一方で避難区域外ということもあり、なんら公的な補償を受けることができません。そして、 通っていた子ども達の1/3が福島原発から20km圏内に居住し、残りの子ども達も30km圏内居住がほとんどでした。多くの子ども達は県内外に家族と共 に避難しています。
現在その子ども達は、生活が落ちつき始めてから少しずつストレス症状を出してきているようです。課題になっているのが、高機能広汎性発達障害の子ども達の 受け皿がないことです。高機能の子ども達は知的な遅れがないため、周囲からその障害が理解がされにくく、専門性を持って適切な指導を行なう所がないので す。適切な教育支援がないままでは、失敗体験が多くなり、自分自身を自分はダメだ、役に立たない、何もできないなどの自己不全感に繋がり、自尊感情を低下 させてしまいます。それによって不登校や引きこもり、うつ病などの二次障害となってしまう可能性も出てきます。早急に安心・安全な環境の中で適切な教育を 受けることができる環境とメンタルサポートが必要となっています。