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Vol.298 日本人にとって最良の老後とは

医療ガバナンス学会 (2011年10月24日 06:00)


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亀田総合病院副院長
小松 秀樹

2011年10月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


正岡子規は人生の終末期に多くの文章を残した。独特の文体は率直で味わい深い。子規と家族や友人の日々の出来事、死に向かう子規の心情が文字通り写生されている。数え36歳の早逝だったが、コンセプトではなく実情を伝える分、死について幅広い思考を促す。

寝返りをうつこともままならない子規の生活は、妹、律の看病に依存している。子規は、妹について「理屈づめ」で、「同感同情の無き木石の如き女なり」と悪 態をついているが、「律が為すだけの事を為し得る看護婦あるべきに非ず」とその働きぶりを評価し、「もし彼病まんか彼も余も一家もにっちもさっちも行かぬ ことになるなり」と正直に告白する。「平生台所の隅で香のものばかり食ふて居る母や妹」の看護の労に酬いるために、子規は料理を取り寄せた。この会席膳5 品も詳細に記録されている。

子規の病床には知人が頻繁に訪れる。関心は俳句にとどまらず多方面に向かう。まず、食事。美食家かつ健啖家である。食べたものを丹念に記載する。絵画、演 劇、教育を語り、社会現象にも独特の感想を述べる。宗教を信じないと明言するが、それでも神仏を尊重する。死は怖くないが痛みがつらいこと、病床に寝たき りでいることに叫びたくなるようないら立ちを覚えることなどが縷々書かれている。子規の最大の楽しみは、新聞『日本』に連載していた『病床六尺』の記事を 眺めることだった。

子規は、家族や知人との濃厚な交流を維持しつつ、数年間、病床に生きた。終末期医療に詳しい大井玄は、他者とのつながりの中での「居場所」を重視する。 「『健康』を失っても『人間関係』という他者とのつながりが保たれているならば、さらにいうと他者の『ため』になっているならば、人は『満足』していられ る」(『人間の往生』新潮新書)。認知症老人も、不安を最小化するために、仮想の「居場所」を構築する。

居場所の重要性は終末期や老後に限ったことではない。ヨーロッパの社会保障再編の目標とされる社会的包摂を、宮本太郎は「他の人々とつながり、承認される『生きる場』」(『生活保障』岩波新書)を確保することだとした。

生命維持を最大目的とする大病院には、「気持ちよく『往生できる』サービス資源と機能がない」(『人間の往生』)。大病院の高価な重装備が、穏やかな終末 期と、経済的に相性が悪いこともあるが、日本社会で死についての議論と思考の量が十分でないことも、死の扱いをぎくしゃくさせている。病院医療は、病者か ら人々遠ざけ、しばしば「居場所」を奪う。正岡子規の死は、現代の病院では望むべくもない。

今、日本の医療・介護が高齢化の波に飲み込まれようとしている。国立社会保障・人口問題研究所の都道府県別将来推計人口によると、2010年から2025 年までの15年間で、65歳以上の高齢者人口が694万人増加する。首都圏を中心に膨大な医療・介護需要が発生する。従来の方法で従来の水準のサービスを 提供するのは難しい。本格的な対策を講じないと、医療・介護サービスの提供が不足し、社会不安が生じかねない。人類がかつて経験したことのない高齢化は、 医療・介護の在り方を再検討する良い契機になる。

幸せな老後の必要条件は衣食住と排泄の確保である。十分条件は他者とのつながりの中での「居場所」の確保だと思う。戦後、家族制度とそれを支える倫理が崩 壊し、他者とのつながりが希薄になった。「足るを知る」精神態度は疎んぜられ、個人の可能性追求がもてはやされる。人間のつながりを促進するための新たな 倫理が見えてこない。日本人全体がよほど考えて努力しない限り、日本の近未来は殺伐としたものにならざるを得ない。

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