医療ガバナンス学会 (2011年10月24日 16:00)
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データ解析が明らかにする医師不足の現状と将来
井元清哉(東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター准教授)
我が国の将来人口予測は、人口動態シミュレーションと呼ばれる数学的な方法により精緻に予測されており、2010年の1億2千7百万人の人口が、2035 年には1億1千万人となり13%減少するという予測結果が得られている。一方、医師数については、2010年に60歳以上の医師は各年齢2000人程度、 50歳以下の医師は各年齢6000〜7000人程度である。以前の医学部新設や定員増により若い医師が多いことが分かる。ここで、今の医学部定員を保持し たまま25年後の医師数を考える。現在50歳の医師は75歳になり、その数は現在の75歳の医師数を大きく上回ることが容易に想像できる。つまり、25年 後には医師数は大きく増加することになる。従って、人口千人あたりの医師数を表すOECD指標は2010年に比べ2035年には大きく改善することが予想 される。この予測を基に医師が余ると予測されている。
しかし、将来本当に医師は余るのであろうか?その疑問に答えるためには、OECD指標では不十分であり、人口ピラミッドの変化を考えなければならない。 2010年の人口には2つのピーク(35〜39歳と60〜64歳)があるが、2035年には60〜64歳の1つのピークとなり、65歳以上人口は27% 増、75歳以上人口は57%増となることが予想されている。そこで、我々は5年毎の死亡数の推移についてまず推計した。その結果、人口は減少するにも関わ らず25年後の死亡数は42%増加することが分かった。そこで、2035年の医療を2010年と比較するため、47都道府県毎の医師数を2035年まで人 口動態シミュレーションに従い予測した。その結果、日本全体では、医師数は37%増加するが、60歳未満の医師数は18%増にとどまり、60歳以上の医師 が2.4倍になり、医師は大きく高齢化することが明らかとなった。また、医師一人あたりの75歳以上死亡数については、日本全体では38%の増(最大は埼 玉の107%増(2倍))と大きく増加することなど、ほとんど全ての都道府県において25年後の医療状況は悪化することが示唆された。
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勤務医不足解消に向けての一提案 ~医療における選択と集中~
目黒泰一郎(仙台厚生病院理事長)
我が国で深刻化している医師不足、とりわけ勤務医不足の主たる要因は医学の進歩である。そして、勤務医不足解消が遅れた主たる要因は、彼らの困窮・疲弊を 軽視してきたことによる。団塊世代の老齢化を目前にして、病院医療再建、勤務医不足対策は緊喫の課題である。財政難の折であれば、医療費の削減も図りつつ 解決を模索する必要があろう。そこで、我々が実践している「医療における選択と集中」を提案したい。それは、これまで顧みられることの少なかった勤務医の 心と体も守り得るゆえに、勝算の高い医療改革につながると期待されるからである。
東北大学病院の筋向かいに位置する仙台厚生病院(病床数383)は心臓血管・呼吸器・消化器の3分野を「選択」し、そこに医師を始めとする医療資源を「集 中」させることによって生き残りを図った。他の分野は市内の複数施設との連携によって補う(分担と連携)。これによって、前述3分野は一般市中病院・大学 病院には見られない規模とマンパワーを獲得するに至り、それは良質の医療と病院評価の向上につながった。評価の向上は紹介患者増をもたらし、それは350 床超病院で最短の在院日数(9.8日)と最大の稼働率(101.7%)につながり、高収益をもたらした。高収益は医師の報酬改善にもつながる。それはさら なる医師獲得をもたらし、やがて診療分野ごとの当直制を可能とし、非番医師を拘束から解放した。すなわち、勤務する医師が「一般市民並み」に健康で文化的 な生活を享受することを可能とした。
この状況は、高度専門医療を志向する医師に生涯勤務医であり続けることへの安心と満足を与え、「立ち去り型サボタージュ」を抑止する。医療における選択と集中が勤務医不足解消にも有効と考えられる所以である。
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医療・介護需要の動向と医療提供体制
小松 俊平(医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室)
医療計画における基準病床数の算定式と、都道府県別将来推計人口を用いた試算(文献1)によれば、一般病床の需要は、2010年と比較して2030年には 全国で12%、病床数にして86,723床増加する。埼玉・千葉・東京・神奈川では20%以上、病床数にして41,984床増加する。療養病床・介護施設 の需要は、2010年と比較して2030年には全国で65%、病床数にして847,822床増加する。東京では78%増加し、埼玉・千葉・神奈川では 100%以上増加する。埼玉・千葉・東京・神奈川での増加分は病床数にして288,059床である。
人口構造の高齢化により、首都圏を中心とした都市部で、医療・介護需要が爆発的に増加する。このまま供給を増やさなければ、首都圏を中心として、必要な医 療・介護を受けられない者が大量に出現し、社会不安を生じかねない。しかし、現行の医療計画制度は、病院開設・増床の制限によって、医療費の膨張を抑えよ うというものであり、供給不足に対処する有効な手段を持たない。さらに根本的な問題として、国民健康保険にも、被用者保険にも、もはや供給増を支える余力 は残されていない。国の財政事情も厳しくなっている。また、医療従事者の育成には長い時間がかかる。そのような中で、この問題に対応するのは極めて困難で ある。首都圏での壊滅的な供給不足を防ぐためには、単純に病床や介護施設を増やす努力のみならず、医療機関の集約化と機能分化の推進、医療の必要性を評価 して不要な医療を抑制する仕組みの導入、医療の効率性を評価して効率的な医療を促進する仕組みの導入など、あらゆる方策を駆使する必要があろう。特に大き い療養病床・介護施設の需要増に対処するには、医療・介護をめぐる考え方や制度の大枠の見直しを余儀なくされるかもしれない。
文献
1) 小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介. 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標 2012 ; 59(1) (掲載予定).
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医師不足と病院職員の疲弊を防ぐ策
福原麻希(医療ジャーナリスト)
医師不足対策には、すでにいろいろな案が浮上している。そのなかでも、すぐに対処できる方法は、病院全体での「職種ごとのコア業務の絞込み」と「職種間の協働」である。
職種間の協働というと、最近では「チーム医療」を思い浮かべることだろう。だが、チームができても、うまく機能していない病院が多い。それは気づかぬうちに、ゴール設定が「チーム医療をすること」になっているからではないか。
高知県・近森病院(338床)はチーム医療の目的を「職員1人当たりの労働生産性を上げること」と明確にしている。チームを組むことは、そのための1つの 労働の形に過ぎない。近森正幸院長はこう言う。「医師は医師の仕事をする、ではなく、『医師しかできないこと』をする。整形外科医なら、整形外科医にしか できないことに専念してもらう」
近森病院では8職種をメディカルチームの一員として病棟に配置する。現場で医学教育を叩き込む。職員数882人のうち、医師以外の職種は789人。そのう ち事務職を88人雇って、診察やデータ収集などの周辺業務を分担してもらう。人件費率は45%。その結果、病院の医療の質と安全性が高まった。今年度の病 床稼働率97%を超え、患者1人当たりの入院単価は82,780円だった。
だが、こんなに医師以外の職員が多い病院は、全国でも本当に少ない。それを裏付けるデータが、今年の週刊ダイヤモンドの「頼れる病院」特集でも明らかに なった。全国の急性期病院を手術数でなく、「医療機能」と「経営状態」によって評価する。今年のアンケート調査からは、医療機能の指標に「メディカルス タッフの充実度」が追加された。急性期病院でも、病気の診断・治療の精確性だけでなく、早期社会復帰を視野に入れた「療養の質」が注目されるようになった からだ。
全国750施設のアンケート調査の結果、急性期病院で働くメディカルスタッフ数がいかに少ないか、よくわかった。アンケートに回答した病院で、厚労省の病 院報告(2009年度)「一般病院の100床当たりの常勤換算従事者数(統計表18)」をクリアしたのは診療放射線技師でさえ9割弱、臨床工学技士は7 割、管理栄養士4割、医療ソーシャルワーカー3割、言語聴覚士は4割弱、理学療法士と作業療法士は2割強だった。特に、600床以上の大病院で少ない。
さらに、各職種が役割を発揮できるように職能団体が算出した配置基準では、リハビリ職種(PT+OT+ST=16人以上)や医療ソーシャルワーカー(50 床に1人)でクリアした病院は全体の3%前後にとどまった。いまだに、「急性期にリハビリは不要」と思っているのだろうか。
国公立病院では総定員法や条例が職員の雇用を縛る。院長が職員増員の要望について、データをもとに説明しても、条例が変更しないという。だが病院は、IT 化の現在でも、基本的にはマンパワーで機能する。高齢社会になり、重症で障害が残りやすい病気での入院が多くなったら、なおさら、手厚いサポートが必要に なる。増やすべきは、医師だけでなく、病院全体の人数である。