医療ガバナンス学会 (2011年10月31日 16:00)
この原稿は東京保険医協会新聞 2011年10月25号「視点」に掲載されました。
いつき会 ハートクリニック
佐藤一樹
2011年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
■21条の”超”解釈と異状死体解釈論争
ところが、現在の医療界には「医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」 (2000年7月国立病院部政策医療課作成『リクマネージメントマニュアル作成指針』)ことが法律の遵守だという誤解が蔓延していないだろうか。
これには、法律的根拠はない。21条と比較すると、対象は「死体」と「死亡または傷害(その疑い)」で次元が異なる。さらに、主体も「検案した医師」と「施設長」、状況も「検案での異状」と「医療過誤」、届出時間も「24時間以内」と「速やかに」とまるっきり別物である。
刑事訴訟法239条2項「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」の解釈とみる主張もある。
しかし、どちらの法の解釈だとしても、条文を目的論的観点から正当に実質解釈したとは到底評価できない。にもかかわらず、その後の医学界では、この「指 針」を軸に、21条本来の条文とは無関係な新規範を定立するマニュアルやガイドラインが乱立した。シンプルな「死体の外表検査異状」判定から逸脱し、「異 状死体”超”解釈論争」の混迷がはじまった。
日本外科学会ガイドライン(2002年7月)は、届出を「死亡または重大な傷害」に広く義務づける見解を示すばかりでなく、「診療に従事した医師」を対象としている。これでは、偶然、亡くなる数日前に当直で回診した他科の医師まで刑事事件に巻き込むことになる。
その後、罪刑法定主義(「ある行為を罰するには、行為当時、成文の法律によって、その行為を罰する旨が定められていなければならない」とする原則。)の否 定ともいうべきこのガイドラインは、医師からだけでなく法律家からも手厳しい批判を浴び、外科学会のホームページ上から何のことわりもなくひっそりと削除 され、現在では閲覧できない。同学会は21条本来の「異状」から再出発することを表明すべきである。
■日本医師会法律家委員等の「異状」の解釈
日本医師会「医療事故責任問題検討委員会」は2007年5月答申の「医療事故に対する刑事責任のあり方について」の提言Iで、21条に「医療に関連する死 亡の場合には、保健所の届出をもってこれに代えることができる。」の但し書きをつけるという具体案を堂々と発表していた。
翻って本年6月、同委員会の5人の法律家委員全員を含む「医療事故調査に関する検討委員会」は、「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」において21条の改正に向けた方針を列挙したものの、具体的な改正案の提案を回避した。
気がかりなのは、「『異状』の再定義は困難(12頁)」という記載である。現行の医師法21条の「異状」は再定義するまでもなく「死体の外表検査の異状」である。危うい解釈で21条の改正を目論だところで、本質的に医療界や国民にとって利益のあるものになるとは限らない。
この10年の官僚や一部の法律家と自称市民、さらには、管理者側になりメスを置いた外科医やインターベンションを施さなくなった内科医等の活動を鑑みる と、ニーチェを思い出す。「人を罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな(『ツァラトゥストラはこう言った』)医師には、原点に返った 21条再論考が必要である。