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Vol.306 「医師法21条」再論考―無用な警察届出回避のために―

医療ガバナンス学会 (2011年10月31日 16:00)


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この原稿は東京保険医協会新聞 2011年10月25号「視点」に掲載されました。

いつき会 ハートクリニック
佐藤一樹
2011年10月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


■「診療関連死」ならば「異状死体届出」ではない
診療関連の死亡事故が発生したからといって、医師が警察署に届け出する義務はない。死体の外表検査で異状を認めた場合に限り、届出義務がある。
その根拠は、医師法21条の条文と都立広尾病院届出義務違反事件の最高裁判決にある。
第21条[異状死体等の届出義務]は、第33条2項に処罰規定がある「刑罰法規」である。刑法に準ずるのであるから、類推解釈は禁止され、拡張解釈は巌に 慎むべきである。「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない.-条 文は平坦な文で、「検案」の意味さえ分かれば明確に文理解釈できる。
この21条にいう検案の意義に正面から向き合って判断を示した裁判例は、広尾病院事件以外に見当たらない。この最高裁判決要旨は「医師法21条にいう死体 の『検案』とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査すること(下線筆者)をいい,当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わ ないと解するのが相当であり,これと同旨の原判断は正当として是認できる。」従って、冒頭で述べたように「診療関連の死亡事故が発生したからといって、外 表を検査して異状がなければ、医師が警察署に届け出る義務はない。」と断言できる。
警察に届け出るか否かの判断にあたり、医師は診療経過を振り返ることなく、目の前にある死体の外表の検査一点のみに集中すればよい。条文に一言もない「異 状死」の概念や定義を再考したり、過失の有無を検討したりする必要はない。患者家族に対する説明義務を果たせば、倫理的にも法律的にも問題はない。患者家 族には告訴権(刑訴法231条2項)があり、被害届も出せる。

■21条の”超”解釈と異状死体解釈論争
ところが、現在の医療界には「医療過誤によって死亡又は傷害が発生した場合又はその疑いがある場合には、施設長は、速やかに所轄警察署に届出を行う」 (2000年7月国立病院部政策医療課作成『リクマネージメントマニュアル作成指針』)ことが法律の遵守だという誤解が蔓延していないだろうか。
これには、法律的根拠はない。21条と比較すると、対象は「死体」と「死亡または傷害(その疑い)」で次元が異なる。さらに、主体も「検案した医師」と「施設長」、状況も「検案での異状」と「医療過誤」、届出時間も「24時間以内」と「速やかに」とまるっきり別物である。
刑事訴訟法239条2項「官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。」の解釈とみる主張もある。
しかし、どちらの法の解釈だとしても、条文を目的論的観点から正当に実質解釈したとは到底評価できない。にもかかわらず、その後の医学界では、この「指 針」を軸に、21条本来の条文とは無関係な新規範を定立するマニュアルやガイドラインが乱立した。シンプルな「死体の外表検査異状」判定から逸脱し、「異 状死体”超”解釈論争」の混迷がはじまった。
日本外科学会ガイドライン(2002年7月)は、届出を「死亡または重大な傷害」に広く義務づける見解を示すばかりでなく、「診療に従事した医師」を対象としている。これでは、偶然、亡くなる数日前に当直で回診した他科の医師まで刑事事件に巻き込むことになる。
その後、罪刑法定主義(「ある行為を罰するには、行為当時、成文の法律によって、その行為を罰する旨が定められていなければならない」とする原則。)の否 定ともいうべきこのガイドラインは、医師からだけでなく法律家からも手厳しい批判を浴び、外科学会のホームページ上から何のことわりもなくひっそりと削除 され、現在では閲覧できない。同学会は21条本来の「異状」から再出発することを表明すべきである。

■日本医師会法律家委員等の「異状」の解釈
日本医師会「医療事故責任問題検討委員会」は2007年5月答申の「医療事故に対する刑事責任のあり方について」の提言Iで、21条に「医療に関連する死 亡の場合には、保健所の届出をもってこれに代えることができる。」の但し書きをつけるという具体案を堂々と発表していた。
翻って本年6月、同委員会の5人の法律家委員全員を含む「医療事故調査に関する検討委員会」は、「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」において21条の改正に向けた方針を列挙したものの、具体的な改正案の提案を回避した。
気がかりなのは、「『異状』の再定義は困難(12頁)」という記載である。現行の医師法21条の「異状」は再定義するまでもなく「死体の外表検査の異状」である。危うい解釈で21条の改正を目論だところで、本質的に医療界や国民にとって利益のあるものになるとは限らない。
この10年の官僚や一部の法律家と自称市民、さらには、管理者側になりメスを置いた外科医やインターベンションを施さなくなった内科医等の活動を鑑みる と、ニーチェを思い出す。「人を罰しようという衝動の強い人間たちには、なべて信頼を置くな(『ツァラトゥストラはこう言った』)医師には、原点に返った 21条再論考が必要である。

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