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Vol.321 心臓幹細胞による劇的な再生医療~ボストンから世界初の報告、神奈川から全国への発信

医療ガバナンス学会 (2011年11月21日 14:00)


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東海大学 創造科学技術研究機構 医学部門
特任准教授 細田 徹
2011年11月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


循環器内科医の細田 徹と申します。本邦において、心臓病に対する全く新しい画期的な治療法を導入し確立すべく、2011年の春に、神奈川県にあります東海大学の伊勢原キャン パスに研究室を立ち上げました(略歴は末尾のリンクを参照下さい)。高齢化社会を迎え、生活習慣の変化も相俟って、治療の困難な心不全の増加に脅かされて いる我が国に、この度、希望の光を差す成果を上げられましたので報告します。

これまで長い間、心臓の筋肉すなわち心筋細胞は、休むことなく伸び縮みを繰り返しながら、ヒトが生まれてから死ぬまで生き続けるものと信じられて来まし た。ところが2007年、私が携わった基礎研究によりc-kitというタンパク質を持つヒト心臓幹細胞(心臓内の色々な細胞の元になるもの)の存在が示さ れました。この発見に基づいて、成人の心臓の中で古くなった筋肉や血管が、心臓幹細胞から作られた新しい細胞で少しずつ順々に置き換えられていく、すなわ ち「再生」されていくことで、心臓がその働きを維持していることが分かって来ました。

2009年より米国において、古い心筋梗塞(心筋細胞が死んでしまう病気)による重症の心不全患者さんに対して、本人のc-kit陽性心臓幹細胞を用いた 再生治療を開始しました。2011年8月までに、予定していた20名の方の治療が無事に終わり、これまでのところ細胞治療による有害事象はなく、 Lancet誌(下記)に中間結果を報告しました。

このSCIPIO試験は、左心室駆出率(心臓が1回の収縮で送り出す血液の割合)が40%以下に低下していて、冠動脈バイパス手術(心筋細胞に酸素や栄養 分を運ぶ血管=冠動脈の、狭くなったり詰まったりした部分を補うために、血液の別の通り道=バイパスを作る手術)を受ける患者さんを対象として、オープン ラベル(患者さんにも医療者にも、誰が細胞治療を受けているかを知らせておくもの)、ランダム化(どの患者さんが治療を受けるかを無作為に決める)第I相 臨床試験(初めてヒトに用いられる治療)として行いました。ただし、心臓の働きを調べる超音波検査については、検査施行者の主観による結果への影響を避け るために、検査を受けている患者さんが細胞治療を受けたか否かを知らせずに行われました。

バイパス手術の際に切り取られる右心耳と呼ばれる部分の一部から、c-kit陽性心臓幹細胞を選び出して、体の外で育てて増やしました。バイパス手術を行 うと、それだけでも心臓の働きは改善しますが、この効果がもはや認められなくなる手術後4ヶ月の時点で、再び心臓の機能を調べてから、カテーテル(血管の 中に挿入される、柔らかい中空の管)を通して、増やしておいた本人の心臓幹細胞1,000,000個(心臓病に対する他の細胞治療と比べて圧倒的に少ない 細胞数)を、冠動脈経由で心筋梗塞の部分に注入しました。

細胞治療後4ヶ月(すなわちバイパス手術から数えて4ヶ月後から8ヶ月後にかけて)の検査期間を経過した14名では、幹細胞治療前の平均の左心室駆出率 30.3%が1ヶ月後に35.9%、4ヶ月後には38.5%まで上昇していて、この時点で14名中12名に改善が見られました。更に、細胞治療から1年以 上経過した8名では全員の左心室駆出率が改善していて、細胞治療前と比べて平均で12.3ポイントも駆出率が増加しました。また、心臓の働きが良くなるの に伴って、患者さんの自覚症状も有意に改善しました。Lancet誌には示されていませんが、細胞治療後2年の検査期間を終えた2名では、いずれも1年後 と比べて左心室駆出率が更に改善していました。左心室駆出率が低下している心不全の患者さんでは、その低下の程度とどれくらい長く生きられるかが密接に関 連することが知られていますので、これは非常に重要で、勇気付けられる成果と言えます。

反対に、細胞治療を受けていない7名では、対応する期間すなわちバイパス手術4ヶ月後から8ヶ月後にかけて、平均の左心室駆出率は30.1%から 30.2%へと推移し、有意な改善が見られませんでした。これは、バイパス手術による心臓機能の改善効果が一般的に4ヶ月以上は持続しないことから、予想 された通りの結果と言えます。

ペースメーカー等の機械の移植を受けている場合、強い磁気を利用するMRIという検査は行えませんが、細胞治療を受けた患者さんの中で、MRI検査が行え た7名については、細胞治療前の平均の心筋梗塞の大きさ32.6グラムが、4ヶ月後までに7.8グラム縮小、1年後までに9.8グラム縮小していました。

最近の研究により、重症・末期の心不全の心臓であっても、心内膜生検(バイオプシー;カテーテルを通して、小さなピンセットのようなもので心臓のごく一部 を摘み取る手技)で得ることが可能な5ミリグラム程度の組織を使って、約1ヶ月程度で質・量共にSCIPIO試験で使われたものと同等の心臓幹細胞が得ら れることを示しました。また、心臓幹細胞を凍結して保存することも可能で、カテーテル経由で細胞を投与する場合は、同じ患者さんを必要に応じて繰り返し治 療することも容易です。

慢性的な心不全に対して、補助人工心臓や他人の心臓を移植する手術を除けば、これほど劇的な効果が見られた治療法は他に例がありません。単に延命効果があ るばかりでなく、自覚症状や生活の質の改善も期待されます。また、本人の細胞を使いますので、臓器提供を必要とせず、心臓移植後のように高価な免疫抑制薬 を飲む必要も拒絶反応の恐れもなく、繰り返し治療が可能であり、医療経済的にも大いにメリットがあります。これまでのところ副作用も全く見られていないこ とから、この画期的な再生医療を早期に本邦に導入し、神奈川県にある私の研究室が発信地となって、将来的には幅広い心臓病に活用し、様々な難病に苦しむ多 くの方々を救っていきたいと願っています。

Bolli R, Chugh AR, D’Amario D, Loughran JH, Stoddard MF, Ikram S, Beache GM, Wagner SG, Leri A, Hosoda T, Sanada F, Elmore JB, Goichberg P, Cappetta D, Solankhi NK, Fahsah I, Rokosh DG, Slaughter MS, Kajstura J, Anversa P.
Cardiac stem cells in patients with ischaemic cardiomyopathy (SCIPIO): initial results of a randomized phase 1 trial.
Lancet 2011; Published online Nov 14.

SCIPIO試験実施内容の詳細

http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00474461

米国NBCニュース(最初の患者の三次元心臓超音波の動画も紹介)

http://www.msnbc.msn.com/id/3032619/vp/45295783#45295783

c-kit陽性心臓幹細胞に関する参考文献など

http://www.u-tokai.ac.jp/tuiist/tt/announcement_hosoda.html

東海大学 創造科学技術研究機構 医学部門
特任准教授
細田 徹

http://www.u-tokai.ac.jp/tuiist/tt/researcher.html

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