医療ガバナンス学会 (2011年12月3日 06:00)
「建築基準法第39条(災害危険区域)」
一言でいえば、永久に住居建築を禁止する建築規制のこと。石巻市は、住民の意向を意図的に操作し、1cmでも浸水した地域にこの建築制限をかける方針という。このような規制がかかると、雄勝町のような小さな町はひとたまりもない。
雄勝町は、石巻市の中でも、リアス式の三陸海岸に面した人口4300人(震災前)の活気あふれる町だった。かつて十五浜村と呼ばれた優良な漁港は、日本有 数のホタテ・ホヤ・カキの養殖や、カツオ漁に必須のえさとなるイワシの補給地として有名で、豊富な水産資源に恵まれている。
また、伊達藩御用達で600年の伝統を持つ「雄勝すずり」は、国内すずり生産量の実に90%を占める。他にも国指定重要無形文化財の「雄勝法印神楽」や、 貴重な植栽で国指定天然記念物の「八景島」と、ひとつの町で3つの国指定文化財を持つ地域は、全国的にも大変珍しい。雄勝町を失うことは、石巻市だけでな く、国にとっても大きな損失ではないか。
平成23年3月11日に雄勝町を襲った津波は、約250名の命を奪い、町の9割もの建物を壊滅させた。家を失った約3500名の住民に対して、市が町内に 用意した仮設住宅はわずか500名分。残りの3000名は、町外ばらばらに避難せざるを得なかった。避難所からの仮設住宅移行が遅れ、町内最後の避難所が 閉鎖されたのは9月末であった。仕事を失った方も多く、漁師は漁港が破壊され船や網などもことごとく流出し、必死の思いで再建をしている状況だ。
このような中で、町に衝撃が走った。10月15日に、石巻市から雄勝町全世帯に配布された「意向調査」なる文書は「今から2週間以内に、高台に移転するかどうか決めること。決まらない世帯には今後永久に土地は用意しない」という趣旨の内容であった。
そもそも、雄勝町は高台移転に賛成の地区ではない。7月末に全世帯を対象に行われた住民アンケートの結果、回答数の実に7割近くの世帯が、「元の土地をか さ上げなどすれば住める」と、高台移転に消極的であった。一部、急峻な地形の地区では住民の合意の元に高台移転を希望したが、人口の大半を占める町の中心 部は、移転するような広大な高台用地はない。無理して小さな高台群を造成しても、町の活性化が失われるだけでなく、山津波や鉄砲水で被害に遭う危険の方が 高い。元の土地を再利用することは地区住民の総意だ。
同じような例は、北海道・奥尻島の例にも見られる。最大29m高さの津波が襲い壊滅した奥尻島の集落がとった答えは、元の地区を再利用することだった。高 台移転で町の機能や活気が失われることは、町の死を意味する、との意見が多数を占め、8割の世帯は元の地区の嵩上げ地に住み、商店等と併存することで、町 は見事に復活した。
11月に入り、石巻市の横暴はさらにエスカレートする。石巻市は、11月7日に「石巻市震災復興基本計画」を発表した。雄勝町を含む沿岸部は高台移転の方 針のみ示されている。市は住民不在を口実に高台移転に消極的な雄勝の意向を無視し、雄勝は高台移転を推進するという、不当な住民合意宣言を行った。そし て、高台移転を実施した際に、元の土地に強力な建築規制「建築基準法第39条」が適用できるよう条例を制定するという。
事前に建築規制の動きに気づいた雄勝町の住民は、11月27日に行われた意見交換会で、条例反対の立場をはっきり示し、亀山紘市長ほか、市の方針を決定す る立場の要職から、「住民の合意なしに規制はかけない」と約束をとりつけた。しかし、その翌日には、石巻市は住民との約束を反故にし、何事もなく条例制定 の準備をすすめた。抗議をしても「条例をかけないなんて、言った覚えもない」ととぼける。
住民は、最後まで条例阻止をあきらめない。まごのて救援隊も、全力でこの運動を応援する。
石巻市震災復興基本計画の表紙には”最大の被災都市から世界の復興モデル都市石巻を目指して”とうたっている。世界の復興モデル都市が、世界の「誤った復興モデル」にならないよう、少しでも力を貸してほしい。