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Vol.340 イレッサ事件から何を学ぶべきか?その一

医療ガバナンス学会 (2011年12月15日 06:00)


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日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
勝俣 範之
2011年12月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


肺がん治療薬イレッサの副作用で患者が死亡し、遺族が国、製薬企業を訴えたイレッサ事件の東京高裁で、1審・東京地裁判決を取り消し、遺族側が逆転敗訴の 判決となった。つまり、国にも企業にも責任はなく、副作用に関する添付文書上の記載の仕方、行政的な指導上にも問題はなかったということにある。
この判決結果は、ご遺族にとってすれば、大変つらい結果であったことであろうし、「治療を目的とした薬剤を投与されたのに、その副作用で亡くなったのは納 得できない、誰が責任をとってくれるのか?」という気持ちは当然なことと理解できる。イレッサ事件のどこに問題点があり、我々がイレッサ事件から何を学 び、今後このようなことを二度と起こさせないためにどうすればよいのか考えてみたい。

●イレッサ事件の根本原因
イレッサ事件の根本原因は、医療現場にある。イレッサがメディアなどで「夢の新薬」ともてはやされ、専門医でない医師による不適切な過剰投与がなされたことが根本原因である。
イレッサの重大な副作用である間質性肺炎は、承認前の日本の治験で3例、海外からも4例の報告があり(参考1)、添付文書にも<重大な副作用の項>として 記載がなされた。この添付文書の記載が甘かったのではないか、という指摘があるが、実は、間質性肺炎という副作用は、あらゆる抗がん剤に起こり得る副作用 である。いわゆる抗がん剤(化学療法)の副作用としての間質性肺炎は、約2%(参考2)程度起こる。たいていの抗がん剤の添付文書には、この当時のイレッ サの添付文書と同様な記載の仕方で、<重大な副作用の項>に間質性肺炎が記載されている。間質性肺炎が、時に重症化し、死亡に至る副作用であることは抗が ん剤の専門医であれば、常識的なことである。ゆえに、専門医は、抗がん剤を使用する際には、「頻度は少ないが、重症な副作用で時には死に至ることもある」 ということを必ず患者にインフォーメーションをするし、一歩間違えば、患者を死に至らしめることのあるこの厄介な薬剤に関しては、細心の注意をし、適応を しっかり吟味し投与をする。全身状態の悪い患者には安易な投与をしないのは当然のことである。

●なぜイレッサは過剰投与がなされてしまったのか
イレッサは、分子標的薬といって、がん細胞の増殖に関係する上皮成長因子受容体 (EGFR) のを選択的に阻害する内服薬であり、従来の副作用の多い抗がん剤とは全く作用機序が異なり、副作用が少ない薬剤として大きな期待がなされた。21世紀にな り、グリベック、トラスツズマブ、リツキサンと海外で相次いで分子標的薬が承認になった。イレッサが承認になった2002年当時は、日本ではまだリツキサ ンしか承認されておらず、イレッサが世界に先駆けて、日本で世界最初に承認になる、というニュースは、大きくメディアでも取り上げられ、専門医以外の一般 医師や、患者にも広く知れ渡ることとなった。メディアで「副作用の少ない夢の新薬」ともてはやされ、また内服薬であったことが安易な処方を助長したように 思われる。イレッサ発売後は、爆発的な処方数となり、一般開業医はおろか、歯科医までもが処方していたという事実がある。イレッサの出荷額を『薬事ハンド ブック』(じほう社)に記載された推計額から推測すると、2003年、世界270億円、日本135億円(世界シェアの50%)、2004年、世界426億 円、日本150億円(世界の35%)、2005年、世界426億円、日本130億円(世界の43%)と、世界のトップ処方数となっている。世界では、 2003年5月に米国FDA承認となり、その後全世界各国で承認され、2年間世界市場に出回り、2005年に、FDAがイレッサ承認取り消したため、日本 とアジアの一部諸国のみでしか処方できなくなったのであるが、それでもこの数は異常な数と言える。

●イレッサの不適切投与の実際
イレッサの承認・発売になったきっかけとなった治験のデータは、奏効率を見ただけの臨床第二相試験の結果であり、長期的な生存率の改善を見る臨床第三相試 験の結果ではない。イレッサは承認されたものの、この時点で、進行非小細胞肺がんの標準治療として確立されたものではなかったことを知っておく必要があ る。奏効率とは、腫瘍縮小割合とも言うが、投与した患者数に対して、実際にがんの大きさが縮小(当時の規定だと画像診断上50%以上の縮小)した患者数の 割合のことである。ただし、縮小しただけで、治ったわけではない、ほとんどの場合は、再びがんが増大してくる。中には、長期間に渡って、がんの縮小が維持 される場合もあるが、一時的にがんが縮小してもすぐに増大したのではつらい抗がん剤治療をやった意味がない。このように奏効率というのは、短期的な抗がん 剤の効果しか見ていない。本当に抗がん剤治療をやったことが、患者のための利益につながったかどうかを判定するためには、第三相試験といって、治療を標準 治療群と新治療群にランダムに割り振り、両者の長期的生存期間のデータを比較検討する臨床試験をしなければならない。2005年より、新規抗がん剤の承認 条件として、生存期間の改善が必須となった(参考3)が、当時の規定では、臨床第二相試験の結果でも良い結果が出れば承認されていたのである。

臨床第二相試験の結果は、2002年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)に報告(参考4)され、文献としても報告されている(参考5)が、手術適応のない遠隔 転移を伴う非小細胞性肺がん患者さんで、既に1~2種類の化学療法を受けたことがあり、全身状態が良い患者さん(パフォーマンス・ステータス(参考6)が 0~2の患者さん)に対して、イレッサが投与され、奏効率(腫瘍縮小率)が103名中18名18.4%に認められた。生存期間の中央値は、7.6ヶ月で あった。この結果を元に、日本での承認がなされたものであるが、当時のエビデンスからしても、奏効率が18.4%程度であり、生存期間延長のデータもない し、経口薬であり、副作用も比較的少ない薬剤であることはわかっていたが、その当時既に間質性肺炎の副作用の情報も入っていていたわけで、標準治療となり 得ていない薬剤に対して、決して安易に処方されるべきものではない。公表されたエビデンスからしても、使うべき対象は、1.非小細胞肺がんのセカンドライ ン(化学療法1~2レジメン施行後)、2.イレッサ単独での投与、3.PS良好例、である。

平成14年(2002年)12月25日のゲフィチニブ安全性問題検討会で報告された資料No.11 間質性肺炎及び急性肺障害に関する副作用症例票(参考7)の、死亡報告症例24例中、不適切な投与と考えられる症例が、初回治療としての投与症例が7例、 化学療法併用をしていた症例4例、心嚢水合併など全身状態不良と考えられる症例が3例であり、全部で13例(13/24=54%)あった。また、間質性肺 炎を発症したものの回復した報告症例22例中では、不適切と考えられる症例は、初回投与症例4例、化学療法併用症例2例、乳がん症例1例であり、全部で6 例(6/22=27%)であった。死亡例、間質性肺炎発症例の合計で、46例中19例(41%)が不適切投与によるものであったと思われる。中でも添付文 書の適応症にもなっていない乳がんに投与された症例報告がなされたことは驚きである。乳がんに関しては、イレッサの臨床試験では、これまでことごとく「効 果なし」という失敗結果しか報告されていないからである。もちろん、乳がんに対して適応承認はこれまでどの国でも得られていない。当時の状況として、乳が んはおろか、子宮がんや膵臓がんなどにも自費診療として投与されていたという実態がある。メディアでかなり取り上げられていたため、患者側からの強い要望 があったことは想像できるが、医師は、患者の言うなりになるのではなく、プロとして適応がないと思われる患者には投与すべきではなかった。

このように、本来では投与されるべきでなかった患者に対するプロ意識に欠如した医師によるエビデンスに従わない安易な過剰投与が行われたことが、イレッサ問題の根本原因であり、その結果、イレッサによる死亡例が顕在したと考えられる。

(参考)
1.ゲフィチニブ安全性問題検討会議事資料. 資料No.2-1   イレッサ錠250(ゲフィチニブ)承認審査の概略について 平成14年12月25日; http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/2012/s1225-2010.html.
2.Kudoh S, Kato H, Nishiwaki Y et al. Interstitial lung disease in Japanese patients with lung cancer: a cohort and nested case-control study. Am J Respir Crit Care Med 2008; 177: 1348-1357.
3.厚生労働省医薬食品局審査管理課長通知 薬号. 抗悪性腫瘍薬の臨床評価方法に関するガイドライン. 2005年11月1日; http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/doc/tsuchi/171101-b.pdf.
4.Masahiro Fukuoka SY, G Giaccone, et al. Final results from a phase II trial of ZD1839 (‘Iressa’) for patients with advanced non-small-cell lung cancer (IDEAL 1). Proc Am Soc Clin Oncol 21: 2002 (abstr 1188) 2002; http://www.asco.org/ASCOv2/Meetings/Abstracts?&vmview=abst_detail_view&confID=16&abstractID=1188.
5.Fukuoka M, Yano S, Giaccone G, al. e. Multi-institutional randomized phase II trial of gefitinib for previously treated patients with advanced non-small-cell lung cancer (The IDEAL 1 Trial) [corrected]. J Clin Oncol 2003; 21: 2237-2246.
6.パフォーマンス・ステータス:Performance status, PSと略される。がん患者さんの全身状態をあらわす指標。PS 0~4に分類される。PS0:全く無症状で元気な状態、PS1:軽度の症状があ状態。PS2:中等度の症状があるが、歩行や身の回りのことができるくらい の状態。PS3:一日の半分以上は寝ている状態。PS4:寝たきり状態。.
7.ゲフィチニブ安全性問題検討会議事資料. 資料No.11   間質性肺炎及び急性肺障害に関する副作用症例票 平成14年12月25日; http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/2012/s1225-2010.html.

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