最新記事一覧

Vol.352 東日本大震災と「制度の谷間」~二重の苦悩を背負う人の引っ越しお手伝い体験記

医療ガバナンス学会 (2011年12月27日 06:00)


■ 関連タグ

東京大学教養学部理科3類2年(医学部医学科進学内定)
塚崎 祥平
2011年12月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


先日12月2日、難病患者である佐藤香織さんの引越しの手伝いをした。佐藤香織さんは8年前から多発性囊胞腎・多発性肝嚢胞を患っておられる。この病気は、増殖し続ける囊胞が胃や肺などを圧迫し、絶えず呼吸が苦しくなったり、体がだるくなったりして、日常生活を送ることが困難になるという病気である。

現在、佐藤さんは福島県内陸より東京へ一時「避難」しておられる。3月11日の地震で、自宅アパートの水道管が破裂し、部屋中、足もとまで届くほど水浸しになったからである。アパートの管理人からはとにかく外に出てと言われるものの、どこへ行ったらよいか分からないまま、知人のつてを辿って東京に向かっ た。
その後、佐藤さんは「避難者」として東京グリーンパレス(千代田区)というホテルに一時的に滞在することになった。介助なしでの移動は困難で、近くに知り 合いもいない中、生活上の困難を抱えている佐藤さんは千代田区に福祉的な対応を求めた。しかし千代田区からは、「区民でない」「千代田区では認定されるの は『病状安定者』のみ。あなたはこの2週間、病状不安定で、入院の人は認められない」と言われ、サービスを受けることができなかった(注)。

佐藤さんの病気はいわゆる難病にあたり、増殖した囊胞を除去する対症療法的な手術などは受けているが、特別な治療法は今のところない。内部疾患のために外 見から体の不自由さは見えず、体調が良い日もあれば悪い日もあるというように病状も一定していない。だからこそ医療的にも行政的にも定められた疾患や障害 と見なされず、「制度の谷間」に置かれてしまっているのだ。

このような状況で、一時滞在しているホテルが長期になったので出ざるを得なくなった。ちょうど都営アパート(新宿区)が避難者への住居を提供しているということだったので、それに応募し、引越しできるようになった。そこで、佐藤さんと親しい星槎大学の細田満和子さんからお声かけをいただき、引っ越しのお手 伝いをさせていただいたのである。

私自身は当日まで実際に佐藤さんにお会いしたことはなかった。また、医学部の専門科目が始まって2ヶ月しか経っていない私には、多発性囊胞腎・多発性肝嚢胞といった病気がどのようなものなのかほとんど想像がつかなかった。そこで、当日の朝は、正直言って、少しばかり緊張していた。それだけに、ホテルの部屋 の入口で佐藤さんに「あーら、よく来て下さいました!」と明るい声で迎えられたときは、少しほっとした思いであった。

まずは引越業者が来るまでに荷造りである。このホテルでは結局8ヶ月暮らしたということで、8ヶ月分の生活品が次々と段ボール箱に詰められ、ホテルの廊下 に山を作っていく。佐藤さんも、激しい利尿剤の効果のため数分に1度の間隔でお手洗いに入りながらも、我々とともに荷物をまとめていく。「あっち(引越 先)に行ってもすぐに使う薬は一つの箱にまとめておきましょう。」という細田さんの提案を受け、佐藤さんが服用している薬をご自身で箱詰めする。底面積 A4用紙大、深さ15センチほどの段ボール箱は、瞬く間に多種多様な薬でいっぱいになった。「こう見えても私、普通の患者さんとは違うんですよね。」
1時間ほど作業して、荷造りは完了した。廊下に形成された「段ボール山脈」を眺めて、「命からがらここにたどり着いた八ヶ月前のことを思うと…」と感極まる佐藤さん。ホテルのレストランで昼食をとった後、引越業者が到着し、いよいよ引越である。

引越先は大規模な都営アパートの一室である。「都営アパート」というと、やはりどうしても環境の良さはあまり期待できないのかなと思っていたが、何の何の、バリアフリーだし、築10年経っておらず、畳も張り替えられたばかりの非常に綺麗な部屋であった。これには佐藤さんも大喜びで、ベランダに出れば東京タワーも東京スカイツリーも望めるというロケーションもあいまって、「なんか新婚さんになった気分」と興奮しておられた。そんな佐藤さんを見ていると我々もうれしくなって、荷解きはスイスイ進み、あっという間に「新居」はその体をなした。

最後には、そのピカピカの新居で、お茶とお菓子をいただきつつ、簡単な「お疲れさま会」が開かれた。綺麗で新しい部屋だったということもあって、終始和や かな雰囲気でわいわい話をしていたのだが、会話が途切れたタイミングで不意に佐藤さんがこう呟いた。「『避難者』という言い方が、何だかねぇ。何か取って代わるようないい言葉、ないのかなぁ。」

会は夕刻にはお開きとなり、我々は帰路についた。しかし、夕闇の中、最寄りの高田馬場駅までの道中、私は先ほどの佐藤さんの言葉が頭から離れなかった。被 災者であり、「避難者」と言われる立場であり、さらに難病患者でもある佐藤さんのために、一医学生である自分は何が出来るか…12月の冷たい風に、こう問 われている気がした。

(注)詳しくは、医療ガバナンス学会MRIC Vol.334「千代田区『難病患者等ホームヘルパー派遣決定通知書』に対して要望書提出~難病患者に対して必要なホームヘルプサービスの提供について (要望書)多発性囊胞腎患者 佐藤香織(現在福島県から東京都へ避難中)」をご覧ください。

【謝辞】
今回の原稿執筆にあたっては、星槎大学の細田満和子さんに多大なご指導をいただきましたので、この場を借りてお礼申し上げます。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらにメールをお願いします。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ