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Vol.359 医療の法律処方箋―診療報酬の実質的引き上げ 診療報酬を下げてはならない

医療ガバナンス学会 (2012年1月10日 06:00)


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井上弁護士事務所
弁護士 井上清成
2012年1月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.診療報酬の引き上げ
2012年度診療報酬改定は、日本の国民皆保険制下の医療(公的医療)の今後にとって重大な契機である。もしもネットのマイナス改定や本体のマイナス改定 になったとしたならば、やっとのことで持ち堪えている公的医療がいよいよ崩壊してしまいかねない。特に今回は、中小病院や診療所をきちんと評価すべきであ ろう。本来は、本体のみならず全体でもプラス改定を実現すべきところである。せいぜい公的医療の崩壊を招かないために、少なくとも診療報酬を下げてはなら ない。

ひと口に診療報酬の引き上げといっても、通常は経済的側面だけが議論になる。もちろん経済的な実質的引き上げは、最重要課題にほかならない。しかし、余り 着目されていないかもしれないが、引き上げの実質には法的な側面もある。仮に経済的にはプラスマイナスゼロ改定だとしても、もしも公的医療(保険診療)に 対する行政的統制が厳しくなれば、法的な実質はマイナス改定といわざるをえない。また、公的医療における医師の負担が過重されるならば、それも法的にはマ イナス改定の実質と評しえよう。
仮にネットや本体のプラス改定が実現できなかったとしたならば、それを補って余りあるほどの法的な統制緩和や医師の負担軽減をしなければならない。

2.告示・通知による統制と負担
診療報酬改定は、厚生労働大臣の告示やそれを受けた事務方の通知によって運用されている。健康保険法のような法律や、療担規則(保険医療機関及び保険医療養担当規則)のような省令によって実施されているのではない。
通常、それら法律・省令ならぬ告示や通知の中に、おびただしい質量の行政的統制や過重負担が織り込まれている。経済的なプラスマイナスのみに目を奪われて いると、法的な統制や負担を見逃しがちになってしまう。一つ一つを見れば、局所的な事柄のようにも思えるが、至る所に形を変えて潜んでいるので、決して軽 視はできない。それらのトータルは計り知れないのである。

たまたま気付いたことであるが、たとえば、ハイリスク妊娠管理加算というものがあった。入院1日につき1000点が加算される。よくよく見ると、ハイリス ク妊娠管理加算の施設基準は、「産科を標榜」し「産科に従事する医師が1名」いればよいだけではない。全く関係のなさそうな要件が織り込まれていた。それ は、「産科医療補償制度」に加入しているという要件である。「財団法人日本医療機能評価機構が定める産科医療補償制度標準補償約款と同一の産科医療補償約 款に基づく補償を実施していること」と密かに告示に定められていた。本当に大きな行政的な統制であるといえる。これを施設基準の要件から一つ外すだけで、 随分と行政的統制によるマイナスが小さくなって、楽になるであろう。

もう一つだけ例を挙げると、月2回に限り算定できる特定疾患療養管理料がある。治療計画に基づき服薬・運動・栄養等の療養上の管理を行った場合に算定でき るのかというと、そうではない。「管理内容の要点を診療録に記載」しないと算定できないのである。それでなくても昨今は、医療事故やクレームもしくは説明 責任に備えて、カルテ記載の負担が増しているのが実状であろう。このような大変な折に、「特定疾患療養管理料」のスタンプ押しだけでは駄目で、さらに「内 容の要点」まで記載しなければならない。もしも「管理内容の要点を診療録に記載する」という一項目を外すことができたならば、随分と医師の負担が軽減さ れ、マイナスが小さくなるであろう。

ちなみに、これらはほんの小さな一例にすぎない。しかし、診療報酬改定を機に、告示・通知による多くの統制や負担をチェックし、法的なマイナスの実質を小さくしたいところであろう。

3.法律・省令から自由な指導と監査
診療報酬に対して最も強いマイナスの影響力を持つのは、地方厚生局による個別指導と監査である。行政指導の名の下に、診療報酬の自主返還を迫り、通常はそ の圧迫に抗しえない。診療報酬の法的なマイナスの実質面といってよいであろう。たとえ診療報酬のプラス改定があったとしても、強力な指導や監査にさらされ るならば、プラス部分はあっという間に飛んでしまいかねない。
健康保険法がその権限を定める中核の法律であるが、その定めは地方厚生局に自由な裁量を認めてしまっている。権限行使に対する明文での制約はないに等し い。健康保険法は、第73条で指導について「保険医療機関…は療養の給付に関し、保険医…は健康保険の診療に関し、厚生労働大臣の指導を受けなければなら ない」と定めるだけであり、監査については第78条で、「厚生労働大臣は、療養の給付に関して必要があると認めるときは、…保険医療機関の開設者若しくは 管理者、保険医…に対し報告若しくは診療録その他の帳簿書類の提出若しくは提示を命じ、…出頭を求め、又は当該職員に関係者に対して質問させ、…診療録、 帳簿書類その他の物件を検査させることができる」と、やはり包括的な権限を認めるだけである。厚生労働省令である療担規則にも、指導や監査を規律する定め はない。つまり、地方厚生局の指導や監査は、法律からも省令からも自由であるといえよう。もしも法律改正や省令改正がなされ、指導や監査という包括的な権 限の行使に規制が加えられるならば、それは診療報酬の大幅なプラス改定にも匹敵するということができる。これこそ法的な実質としては、真の引き上げと評す ることもできよう。

4.診療報酬を下げてはならない
2012年度の診療報酬改定では、中小病院や診療所を中止に引き上げをすべきである。仮に諸々の情勢に鑑みたとしても、少なくとも診療報酬を下げてはなら ない。もしもプラスマイナスゼロのような事態に至ったとしたら、せめて法的に実質的な引き上げだけはすべきである。告示や通知を総点検して見直し、行政的 統制を緩和させ、医師の過重負担を軽減させるべきであろう。さらには、個別指導や監査のあり方を見直し、健康保険法や療担規則の改正につなげて行くべきで ある。

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