最新記事一覧

Vol.377 スギ花粉飛散と花粉用マスクによる被曝防護について

医療ガバナンス学会 (2012年1月23日 06:00)


■ 関連タグ

共立耳鼻咽喉科 山野辺滋晴
2012年1月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

まもなくスギ花粉症の季節が始まりますが、今年のスギ花粉飛散ではスギ花粉に含まれる放射性物質が問題となりそうです。そこで、今年飛散するスギ花粉は危 険なのかどうか、花粉マスクを用いて内部被曝を防護できるかどうか、この二点について一耳鼻科医として考察してみることにしました。

林野庁が福島県他15都県のスギ林182ヶ所で行ったスギの雄花等に含まれる放射性セシウム濃度調査の中間報告[1,2]によると、スギの雄花に含まれる 放射性セシウム(Cs134+Cs137)の濃度は最も高いスギ林で1キログラム(乾燥重量)あたり約25万ベクレルと報告されています。この測定結果から人体が受ける放射線量が試算されており[3]、スギ花粉の飛散最高値2,207個/m3を用いて計算すると、成人がスギ花粉を吸入することで被曝する放 射線量は1時間あたり0.000192μSv、花粉の飛散期間4ヶ月間での累計では0.000553mSvになると試算されています。

この林野庁による試算は、計測された放射性セシウムの最大値を含んだスギ花粉が約2000個/m3という大量飛散状態で4ヶ月間継続したという仮定での被曝量ですから、実際に発生するスギ花粉吸入による被曝は林野庁の試算よりかなり少なくなるはずです。スギ花粉が大量飛散する期間は数週間程度ですから、おそらく林野庁の試算結果より実際は10分の1から1000分の1といった単位で少なくなるはずであり、放射性物質を含んだスギ花粉飛散による被曝を過度に心配する必要はないと思われます。

しかし、事前調査予測が外れて暫定基準値を超えた米が見つかったように、スギ花粉にも林野庁の試算結果より大量の放射性セシウムが含まれていたならば、前述の推測は成り立ちません。また、現在までのところ大気中に含まれている放射性物質の種類や量は公表されていませんから、スギ花粉が飛散する季節に大気中 の放射性物質の量が増えるかどうか実測して公表されることもないはずです。なぜなら、現在公表されている空間線量は大気中に浮遊する放射性物質からのガンマ線より、建物や植物といった大地からのガンマ線を反映しており、大気中の放射性物質の変動を知る上ではあまり参考にならないからです。

放射能を放つスギ花粉が飛散するのではないかという住民の不安を払拭するためには、スギ花粉飛散開始前後で大気中ダストモニタリングを行い、大気浮遊塵中 放射性物質の変動を測定公開する必要があると思います。こうした大気中に漂う放射性物質の変動に関する情報が公開されなければ、スギ花粉が飛散する季節の間、社会に不要な混乱を招いてしまうことが危惧されます。

もう一つスギ花粉飛散時期に問題となるのが、吸入による内部被曝を花粉用マスクで防ぐことができるのかという疑問です。花粉用マスクに関する報道[4]に よると、「花粉用マスクをつければ、浮遊しているセシウムをほとんど吸い込まずにすみ、内部被曝量を減らせる。」「除染の際も、放射性物質が舞い上がる可 能性があるので、気になる人はマスクを着用すれば防げる。」と日本放射線安全管理学会学術大会で発表されていますが、こうしたマスクの使用方法は次の三つ の観点から大変な誤解と言わざるをえません。

第一に、花粉用マスクは30μm程度の微粒子までを除去するための性能を想定しており、放射性物質が粉塵として存在する場合に着用が推奨されているDS2 規格以上の防塵マスクや同等の性能を有するウイルス対策用のN95マスクほどの微粒子除去性能は持っていませんから、除染作業や内部被曝防護のために花粉用マスクを推奨すべきではありません。つまり、放射能の除染作業ではアスベスト除去作業と同様の危険性を伴うわけですから、除染作業において花粉用マスク は使用せず、防塵マスクを正しく着用するように専門家として指導していくべきでしょう。

第二に、たとえ花粉用マスクの生地が放射性セシウムを取り除くフィルター効果を持っていたとしても、マスクの効果を論じる場合にはマスク周囲からの漏れ率 を考慮すべきです。原子力安全委員会による「原子力施設等の防災対策について」という指針[5]によれば、95ページに記載されている表「家庭内及び個人 が利用可能なものによって口及び鼻の保護を行った場合の1~5μmの微粒子に対する除去効率」に記述されているとおり、マスクなどを口に当てて放射性物質 をフィルタリングする場合の除去効率は、人の呼吸方法及び生地の使用方法によって大きく変りうるものであって、緊急時に放射性物質から身を守る時以外には 花粉用マスクを内部被曝防護に推奨すべきではないはずです。このように、花粉用マスクは周囲からの漏れが多いわけですから、緊急時以外には防塵マスクや医 療用ウイルス防護マスクを被曝防護具として用いるべきです。

第三に、花粉用マスクに製品規格が存在しない点も問題となります。国民生活センターが報道発表している「ウイルス対策をうたったマスク -表示はどこまであてになるの?-」という資料[6]に記載してあるように、風邪をひいた時や花粉対策として使用されるマスクには公的な認証や基準はあり ませんから、市販されているマスクの中にはフィルター捕集効率が低いものがあり、消費者が誤認する恐れがあることにも留意しておく必要があります。つまり、花粉用マスクとして販売されていても、そのマスクに花粉を取り除く効果が十分にあるとは限らないのです。実際に、新型インフルエンザが流行した時期に 市販されたN95「相当」とかN95「準拠」といったマスクにも十分な性能はありませんでした。

上述のように、市販されている花粉用マスクは、マスク周囲から入ってくる空気が多く、必要なフィルター性能がない場合もありますから、吸入による内部被曝 を防護する目的で用いるべきではありません。したがって、除染作業を行う場合には、検定基準があるDS2防塵マスクやN95マスクの使用を専門家は推奨す べきです。どうしても花粉用マスクを被曝防護目的で使用する際には、内部被曝を防ぐための必要十分な効果が期待できないことを承知の上で、布テープなどでマスク周囲を密閉して漏れを無くすとともに、半日程度で正しく使い捨てしながら、緊急時のみの使用に留めるべきでしょう。また、東北や北関東各地で大気中ダストモニタリングを開始し、スギ花粉を含む浮遊塵中の放射性物質の変動を情報公開することで、スギ花粉と放射能に対する人々の不安を払拭していくべきで はないでしょうか。

参考資料
[1]http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/111227.html
[2]http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/pdf/111227-01.pdf
[3]http://www.rinya.maff.go.jp/j/press/hozen/pdf/111227-02.pdf
[4]http://www.asahi.com/science/update/1201/TKY201111300873.html
[5]http://www.nsc.go.jp/anzen/sonota/houkoku/bousai220823.pdf
[6]http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20091118_1.pdf

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ