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Vol.389 『ボストン便り』(第34回)子どもを守る大人の活動―相馬・南相馬再訪

医療ガバナンス学会 (2012年2月2日 06:00)


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ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2012年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独 特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関 する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

●相馬の子どもたち
12月25日のクリスマスの日、雪のちらつくボストンのローガン国際空港に降り立ちました。12月19日から21日までの短い福島県相馬市・南相馬市再訪 の最終日も、ちょうどこんな雪の降り始めの天気でした。5月に訪れたこの地には、まだ海沿いから国道6号線にかけて広く津波の傷跡が残っていました。その 頃と比べて、今回はだいぶ片付いてきているように見えました。家を失った方々は、震災直後の避難所からすでに仮設住宅に移っておられ、津波で壊された1階 を補強して自宅に戻られた方もいらっしゃいました。
この地域では、津波による被害に加えて、東京電力の原子力発電所の爆発事故に関連する放射能による被害も甚大です。避難区域のために未だに自宅に戻れない 人は多数おられて、農業や産業の復旧の目途も立っていないところも多いという状況です。人体への中・長期的な影響は実態がよく分からない中、安全性を誇張 する専門家がいるかと思えば、危険性を指摘する専門家もいて、人々の戸惑いが感じられました。そして、安心できる環境を求めて他の地域に避難する方、覚悟 を決めてこの地に残る方、それぞれの選択をしていらっしゃいました。
相馬の子どもたちはどうなっているのだろう。このことが、ずっと気になっていました。今回やっと訪れることができ、子どもたちを守ろうと立ち上がった沢山 の大人たち―お父さん・お母さん、保育園や小中学校や高校の先生、塾経営者、相馬フォロアーチームなど―と出会いました。ここではそうした子どもを守る大 人たちが語ってくれた活動、気持ち、課題などについて記していきたいと思います。

●放射能の除染
但野氏は、保育園と小学校に通う3人のお子さんのお父さんで市役所の職員でもあります。ご本人曰く「一介の木っ端役人」だったのが、震災を機に「自分でで きる事をやろう」と思い、7月から活動を始めたとのことでした。最初は除染をやってみましたが、汚染された土の捨て場所がない中での作業に限界を感じ、現 在は内部被曝を防ぐために、食品検査体制や環境濃縮の監視を進めようとするいくつかの市民団体の取りまとめ役を、ボランティアでなさっていらっしゃいま す。
折しも新聞では、自宅で採れた野菜や果物を食べている親と、スーパーで買った遠隔地のものを食べていた子どもでは、同じ家族でも体内のセシウムの値が20 倍も異なることが報道されました。内部被曝を避けるためには、食べ物の選択が重要なことが改めて示されたのです。食品における放射性物質の濃度を測ること は、どんな食品が安全でどんな食品は避けた方がいいのかを、自分で判断するために、不可欠です。食品検査体制を整えようとする但野さんの活動は、まさに子 どもたちを内部被曝から守るために必要なことでした。
これと同時に但野氏は、相馬の農家を守ることにも尽力しています。そこで、放射能に汚染された土壌を改良する研究を企画している大学や研究機関の農学部や 原子核物理の研究者と、相馬の農家や市民団体とのパイプ役を務めています。但野さんは、将来にわたる食の安全のため、子や孫の代に残せる農業を守るため、 この研究が行われることに期待しています。
放射能対策の情報発信やスロー・ナチュラルライフの提案をする「Team One Love」代表の酒井氏、子育てサロンを開催したりブログで情報を発信したりしている「そうま子どもさぽーと」の白石氏も、子を持つお母さんであり、この活動に関わっていらっしゃいました。

●安心を創る
相馬保育園園長の中江千枝子氏も、この活動に参加するおひとりでした。中江氏は、震災以来、子どもたちの外部被曝と内部被曝を防ぐため、できる限りのあらゆることをしてきました。
たとえば、保育園で出す給食の食材は、遠隔地のものか食品検査済みのものだけを使用し、飲料水は調理用も含めてすべてペットボトルを使用し、子ども達には 水道水を一滴も飲ませていないとおっしゃっていました。一日に80から100リットル必要ですが、寄付を得たりしながら確保しているとのことでした。ま た、園長自ら屋根に上って高圧洗浄機で除染を行い、園庭も表土も大型重機で削って、2m80cmまで掘った穴に埋めました。しかし、それでも子どもたちを 園庭では遊ばせず、今のところバスの乗り降り時に使用するにとどめています。また、独自で線量計を確保し、保護者に貸し出したりもしています。保護者自身 に家庭内の線量を知ってもらい、子どもの安全のために役立ててほしかったからです。実際に、保護者が保育園の線量計を借りて、テラスにおいてあるベビー ベッド付近を測ったら高い線量が出たので移動させた、ということもあったそうです。
中江氏は、外で遊べない子どもたちの運動量を補うため、講師を呼んで体操教室を開いたり、室内で水のないプール遊びを実施したりもしています。毎年恒例の 園庭でのそうめん流しも工夫して室内で行いました。ただそれでも運動不足のため、この頃、子ども達が転びやすくなったり、左右の手足を交互に前に出す行進 ができなくなったりしてしまったと、心配そうな表情でおっしゃっていました。

震災後間もないころ、食糧がなかなか手に入らなくなったとき、寄付でいただいたメロンパンをおやつに出したところ、子どもたちは手を付けようとしませんで した。家にいる家族と一緒に食べたいというのです。これに心を打たれた中江氏は、この素晴らしい子どもたちが健やかに育つことができる環境を作らなくては ならないと改めて思ったといいます。
相馬保育園は、但野氏がお子さんを通わせている保育園でもあります。そして、但野さんご自身も卒園生です。40年間園長を務め、親子2代を知る園長の姿には、この地の子ども達を守ってきたという誇りと喜びが感じられました。

●子どものこころのケア
相馬フォロアーチームは、震災直後、子どもたちの心のケアが最重要だと考える相馬市長立谷氏の発案で結成された、スクールカウンセラーや心理職や保健師な どの専門家によるNPOです。構成員は6名で、発達障碍児への教育を全国展開している星槎グループからも3人の専門家が、ボランティアでチームに参加して います。
フォロアーチームの目的は、被災小中学校に心理ケアの専門家を派遣し心のケアを行い、学力の向上を支援することで、日々、試行錯誤を繰り返しながら活動し ています。子どもたちの中には、震災の影響で夜眠れなくなった子や学校に来られなくなった子、落ち着きがなくなったり、イライラしたり、急に突拍子もない 行動をとったりするようになった子も出てきているといいます。

チームのメンバーで精神保健福祉士の吉田氏は、もともと対人関係が苦手であったり、変化への適応が難しかったり、独特の気質を持った子どもたちが、この新 しい状況においてどのように対応していったらよいのかわからず、戸惑い、気持ちをコントロールできず「問題」とされる行動に出てしまうのではないかと分析 します。そして、その子と関わりを持つ人たちとの関係を整えてゆくことで、問題を解決の方向に進めていこうとしています。
教師の言葉に傷ついて、腹痛などの身体症状を訴える生徒もいたといいます。教師自身、かつての教え子が震災で亡くなったり、放射能の影響で妻子が遠方に避 難したり、学校も継続されるかわからないので生活や雇用に不安を抱えたりしています。そのような状況で極度のストレスを感じ、そのはけ口が子どもに向かっ てしまっていることもないとは言えないということでした。

自主避難や家族を助けるために県外に行った教師も一部にはいました。ただしほとんどの教師は、震災後、休む間もなく在校生の安否を確認したり、生徒一人一 人に面接して状況把握に努めたりして、教師としての責任を全うしてきました。二本松氏は、8月の人事で相馬高校校長になりましたが、「1000年に一度の 災害なのだから、1000年に一度の対応をしなくてはいけない」といい、前例にとらわれる教育委員会と教育の現場との温度差に憤りを感じつつ、人を育てる という使命を掲げて、避難区域となった3つの高校を受け入れてきました。
4つの高校が一つの校舎を共有する状況で、生徒たちのトラブルは一つも上がってこなかったそうです。不便もずいぶんあっただろうに、我慢してきたのだろうと、二本松氏は生徒たちに思いやりの心を感じたといいます。

このように何人かの方のお話を聴くことで、表面に見える変化があってもなくても、子どもたちの心の揺れを、たくさんの大人たちが気にかけ、見守り、寄り 添っている様子を知ることができました。大人たちももちろん苦しい状況にあるわけですが、なんとか子どもを守ろうと活動している姿に、何だか暖かい気持ち になりました。

●仮設の中の見えづらい問題
相馬フォロアーチームには、「難民を助ける会」に所属している横山恵久子氏も参加しています。横山氏は相馬市だけでなく、南相馬市や双葉町などの仮設住宅 をこまめに回り、従来から持っているネットワークを発揮したり、新たにネットワークを作ったりしながら、現場本位での支援に奮闘しています。そんな横山氏 は、仮設に住む子どもたち、特に女子中高生の居場所が必要だと訴えていました。
仮設は住む家を失った方々が一時的に住むところですが、多くの方は家と共に職も失っています。津波に襲われた元の家の場所に家を建てることもできず、放射 能への不安からこの地に住み続ける決断をすることも難しく、再就職のあてもなく、無為の日々を過ごしておられる方々がたくさんいらっしゃるといいます。そ のような方が行ける場所は、昼間はパチンコ屋、夜は飲み屋ということで、中にはアルコール依存症のようになっている方もいるそうです。また横山氏の印象で は、6割くらいの仮設入居者の方々が、夜眠ることができずに精神安定剤を飲んでいるということです。

そのような中で、真っ先に影響を受けているのは子ども達です。ある家に寄り付かなくなった母親の子どもは、まだ幼児と言っていい年齢なのに、昼夜となく一 人で仮設の敷地を出歩いています。横山氏は、その子が人形を地面に埋め、その上を踏みつけている姿を見て、このままではいけない、何とかしなければと思っ たそうです。しかし、これまでの経験から横山氏が母親に声を掛けると、その子が母親に叩かれることを知っているので、静観せざるを得ないそうです。ネグレ クトという虐待だと思うものの、児童相談所はなかなか動いてくれず、この先どのようにしたらいいか思案しています。
いくつかの仮設では、女子中高生が酔っぱらった入居者に絡まれることもあるといいます。さらに、離婚や再婚が多い土地柄、血のつながらない父親と狭い仮設 に同居しなくてはならない女の子たちの辛さも横山氏は知っていました。そして、せめて静かに一人になれる場所を提供したいと思っているのでした。

相馬高校の養護教員である只野氏も、子ども達には居場所が必要だとおっしゃっていました。震災後、学校が通常より遅れて4月18日に始まった当時、学校に 来るなり保健室を訪れる生徒がいました。避難所では一人で泣ける場所がなかったのでしょう。保健室にはカーテンで仕切られたベッドがあるし、その子にとっ ての居場所だったのだろうと只野氏は思っています。その生徒は両親が離婚し、祖父母に育てられていましたが、一人でいるときに地震が起き、4月になってか らはお祖父さんが亡くなるという不幸が続いたといいます。もともとあった家族の問題や将来への不安感が、親による子どもに対する攻撃的な言動に表れてし まっていることも少なくないといいます。この絡み合った状況は、誰かが悪いという単純な構図ではなく、丁寧にひも解いてゆき、解決のための手段を早急に見 付けなくてはならないでしょう。

●これからの子どもたち
南相馬市で震災前は3つの塾を経営していた番場さち子氏も、子どもを守る大人の代表です。震災直後も、放射能の影響があってもこの地に残る覚悟でしたが、 病気を持つ親の避難に付き添い、南相馬を離れて避難所暮らしをしました。その後、東京に住む息子さんのところにしばらく行っていましたが、「先生、塾いつ からやるの?」という言葉をかけてきた、たった一人の高校3年生の塾の生徒のために南相馬に戻ってきました。番場氏は、日本の将来を担うような医師や科学 者を自分の手で育てたいと思って、南相馬で28年間、塾の先生をしてきました。震災後、子どもたちが戻ってこない状況の中で、知人の弁護士に自己破産を勧 められましたが、塾に生徒がいるうちは続けようと思い、今まで頑張ってきたのです。
原町高校には、12月の時点で52%の生徒が戻ってきたといいますが、主に3年生で、2年生や1年生は3分の1くらいしかいません。この先、子どもたちが 戻ってくるかどうか、むしろ新年度になって、南相馬から出てゆく家族もいるのではないかと番場氏は危惧しています。南相馬では、なかなか復興へのかじ取り がうまいっておらず、市民の不安は高まっているといいます。目抜き通りの店も半分くらいしか営業しておらず、子どもたちの好きだったマクドナルドも閉店し ています。相馬フォロアーチームの活動にも興味を持ってくださった番場氏は、筆者に会うために相馬まで来てくださいましたが、帰りにたくさんのマクドナル ドのハンバーガーをお土産に買っていきました。子どもたちの笑顔で迎えられたことは言うまでもありません。

●福祉の僻地
中村第二小学校の校長である菅野氏との面会は、5月以来2回目になります。中村第二小学校は、私の娘たちの通っていたボストンの学校で行った寄付とメッ セージ・カードを届けたところです。420人いる生徒のうち、100人以上が仮設住宅に住んでいます。中村第二小では、9月上旬に校庭で運動会を行いまし た。屋外で開催することに関しては、事前に保護者に説明をして理解をしてもらったとのことでした。この運動会を機会に、先生も子どもたちも、やっと日常を 取り戻してきたようだったと菅野氏は思っています。菅野氏は、比較的重度の障碍を持つお子さんのお父さんでもあります。お子さんは20歳で、原町にある ピーナッツというNPOの運営する施設に通っていましたが、震災の影響で人手が足りなくなり、それまでの週5日から週2日しか行けなくなってしまいまし た。菅野氏は、この震災で、最も弱い人が一番大変な目に遭うのだと改めて思ったといいます。

障碍児のための県立の施設は富岡町に集まっていましたが、原発事故の避難区域に入っているので全部使えなくなりました。そもそもこうした施設は高等部で終 わってしまい、福島県には、その先のための公立の施設が全くないのだそうです。菅野氏はこれを指して「福祉の僻地」と言っていました。その先をみるNPO や民間の施設は、一生懸命やっていてもいつも慢性的に人手不足。放射能への不安から多くの職員が避難してしまっています。そうした中で、利用者である障害 を持つ人は行く場所を失い、家族は途方に暮れてしまうのです。
震災で弱者がさらに弱者になってしまうことは、阪神淡路大震災の経験から明らかになっています。番場氏の印象でも、成績の良い子や親の所得や学歴の高い子 たちは、既に県外に転出し、戻ってこないようだといいます。そして、障碍があって移動が容易でなかったり、他県に移る経済的余裕のない人が残るということ になっているようです。この辺りは厳密な検証が必要なことですが、この地の人の受けている印象として、事実とそんなにかけ離れていないのではないかと思い ました。

●子どもを守る市民の連帯
この地に着いた初日の夜は、ちょうど相馬と南相馬の復興を願う市民有志による忘年会が南相馬の「だいこん」というレストランで開かれていました。私も坪倉 医師と共にその場にお邪魔させて頂きました。その会は、南相馬市在住の高村氏を中心に、相馬市在住のTeam One Loveの酒井氏、南相馬災害FMの楢崎氏、東北コミュニティの未来・志援プロジェクトの中山氏、南相馬市の保育園の副園長、傾聴ボランティアなど、この 地域の志ある方々が総勢30名ほど集まっていらっしゃいました。この地の方々から幾度となく、これまでのこの地域のしがらみなども聞いておりましたから、 居住地の枠を超えた連帯に大いに感銘を受けました。

さらにこの地域の方々と、外から入ってくるボランティアとの関係にも感慨を覚えました。但野氏は「ここまでの展開は坪倉先生の姿に感銘を受けたからできて います」、とおっしゃっていました。坪倉医師は、東京大学医科学研究所の上研究室の医師で、震災直後から相馬に入り、南相馬市立病院の非常勤医となり、地 域医療を守ってきました。南相馬市の子どもたちの尿検査をしたところ、セシウムが検出され内部被曝が明らかになり新聞などで報道されましたが、市当局の意 向と合わなかったために、批判される事態になっています。そんな坪倉医師に対し、但野さんは「批判を受けながら、私達の子どものため奮闘してくれていま す。そんな時、俺って黙って見ていていいの、って気持ちになりました」とおっしゃっていました。
この地域は、もともとあった医療や福祉や雇用や教育といったさまざまな問題が、震災でさらに色濃く出てきてしまった、と何人もの方々からうかがいました。 しかし、子どもを守るという共通の目標を持つようになった今、市民たちはこうした問題を共に協力して乗り越えてゆこうという雰囲気になっていることがうか がわれます。 こうした人々の連帯は、もしかしたら、歴史的に長く続いてきたしがらみが解消され、ともに復興の道を歩むきっかけになるかもしれない。凍っ たチャールズリバーを眼下に眺めながら、相馬と南相馬への希望を確かに感じました。

謝辞:今回の相馬・南相馬訪問に当たっては、星槎グループの尾崎達也氏、東京大学医科学研究所の上昌広氏をはじめ、たくさんの方々に大変お世話になりました。ここに感謝の意を表します。

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
星槎大学客員教授。ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程を 経て、02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。コロンビア大学公衆衛生校アソシエイトを経て08年9月より現職。主著に『「チーム医療」の理念と 現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海社)。現在の関心は日米の患者会のアドボカシー活動。

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