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Vol.390 「高額療養費制度見直し」の議論を振り返って-医療費負担に平等を求めてはいけないのでしょうか

医療ガバナンス学会 (2012年2月3日 06:00)


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東京大学医科学研究所
特任研究員・看護師 児玉有子
2012年2月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は2009年以来、高額療養費制度見直しの研究に従事しています。また、昨年11月からは、大谷貴子委員(全国骨髄バンク推進連絡協議会 前会長)の代理として、社保審医療保険部会に出席する機会を頂戴しました。
この会合に出席して感じたのは、いずれの委員も問題を深く理解してくださっていることでした。特に会議後の雑談の中で、樋口恵子委員(NPO法人高齢社会 をよくする女性の会、理事長)から「ほんとにかかった病気で差が出るなんておかしなことだと思うのよ」と声をかけてくださったことは、とても心強く、ありがたく思いました。とりまとめられた意見書でも「がんの患者など長期にわたって高額な医療をうける方が増えており、これらの方の負担を軽減し、医療保険の セーフティーネット機能の強化が求められている」と記されており、これは委員の総意だと思います。
ただ、このような委員の意見は、高額な医療費負担で悩む患者・家族の元には届いていません。今回は、この問題をご紹介させて頂きます。

2011年、高額療養費制度の問題は、社保審医療保険部会だけでなく、税と社会保障の一体改革や規制改革会議でも議論されました。
2010年までの議論のポイントは、「平成24年度から自己負担限度額を超える場合には、負担上限額を支払うだけにする」という新たな仕組みを導入するこ とでした。2010年12月に、この方針が発表されています。しかしながら、2011年、ここから一歩も議論は進みませんでした。それは財源について、コンセンサスが得られなかったからです。

2011年、厚労省から提示された案は、「受診ごとに各人から100円徴収し、それを財源として、低所得者層とされる区分において最初の3ヶ月が 80,100円から44,000円に、4ヶ月目以降は44,400円を35,000円に減額する。他の区分では、最初の3ヶ月が100~18,100円、 4ヶ月目以降は400円減額する。」というものでした。
この案は、一見良さそうに見えますが、今回の議論の発端となった「がんの患者など長期にわたって高額な医療を受ける方」には何の助けにもなりません。なぜなら、このような患者で問題となるのは、最初の3ヶ月の負担ではなく、4ヶ月目以降の毎月44,000円余りを払い続けなければならないことだからです。

最初の3回の負担が問題になるのは、大きな手術を受けた場合や突発的な怪我で手術した場合などが想定されます。しかしこのような場合には「高額療養費貸付 制度」(支払額の8―9割の貸し付けを受けることができる制度)の利用や民間保険の利用により、一時期な高額医療費支払いによる経済的負担の緩和が可能で す。
民間保険会社でも昨年から高額療養費制度の民間版とでもいう商品が売り出されました。しかし、すでにがんと診断されている人は使うことができません。

がん患者が求めた長期負担問題は、ここまでは全く手つかずのままです。この問題の代わりに、世間の耳目を集めたのは、患者の窓口100円負担でした。あたかも高額療養費問題解決のための財源確保のような報じられ方でした。財政破綻寸前の我が国では、国民皆保険を守るため、給付と負担の議論は避けられませ ん。患者の窓口負担はモラル・ハザードの問題、受診抑制の危険性と併せて、総合的に議論すべきです。財源の辻褄あわせに関する議論が先行したため、もっと大切な問題が放置されました。

それは、「平等に医療を受ける権利」です。実は、長期に渡り高額な医療費負担が考えられる疾患には高額療養費制度の他に、様々な医療費補助制度がありま す。たとえば、「肝炎治療医療費助成」「難病医療費支援制度」、「高額療養費制度の特定疾患(血液透析など)」です。これらの医療費補助制度の適応を受け ている疾患では、患者の医療費負担は「無料から毎月27,000円程度」となっています。どう見ても、これは不平等です。

私は、慢性骨髄性白血病(CML)の患者さんから意見を聞く機会が多いのですが、特効薬であるグリベックの他に、肝炎治療でも使用されるインターフェロン の投与を受けている方もおられます。インターフェロンを使っているCMLの患者さんは、高額療養費制度を利用しながら、44,400円を払い続けていま す。同じインターフェロンを使う肝炎の患者さんの自己負担は、無料から毎月27,000円です。病名が違えば、自己負担が違います。CMLの患者さんから 「肝炎だったらよかった」と言われた時、私は言葉を失いました。この問題を放置しておいていいのでしょうか。

窓口で徴収する金額を100円にした根拠は、1300億円に収入が見込まれるからだそうです。ちなみに、一昨年、厚労省は「制度改善に必要な予算は 2600億円」と発表していました。我々の試算( http://medg.jp/mt/2010/10/vol-321-2600.html )では、長期に高額な医療費を支払い続けている患者の負担改善に新たに必要となるのは550億円程度です。厚労省は情報開示を進め、もっと広く議論すべき です。

高額療養費の問題については、民主党は2009年のマニフェストで見直しを明言しています。他の政党は2010年マニフェストで見直しについて記しています。確かに、民主党は医療を重視しており、政権交代以後、大病院の診療報酬を引き上げ、勤務医の労働環境は改善されつつあります。一方で、患者の経済負担 は置き去りです。
現在、国会では社会保障と税の一体改革に関しての審議が行われています。これからの審議でどのように議論されるのか、多くの患者、家族、国民は注目しています。

最後に、本年4月から同一医療機関での同一月の窓口負担が高額療養費の自己負担限度額を超える場合は、窓口での支払いを自己負担限度額までにとどめる取扱い(「現物給付化」)が導入されます。これは調剤薬局や訪問看護にも適応されます。この改正により、窓口での一時的は大きな支払いをしなくてもよくなりま す。このことはかなりの前進であることに違いありません。無事に省令を改正してくださり、また改正に伴い、様々な準備をしてくださる保険者の皆様に心から 感謝申し上げます。

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