近年、新薬(とくに抗癌剤)の薬価が高いことが問題視されています。このこ
とに関して、先に大きな動きがありました。英国の国立医療技術評価機構が、ネ
クサバールなど新規抗癌剤のいくつかについて「費用に見合う効果がない」とい
う判断をしました。これにより、英国の国民医療サービス(公的医療保険)では
これらの薬がカバーされないことになりました。
ネクサバールとは、バイエルが開発した新しい抗癌剤で、低分子薬という種類
の薬です。腎細胞癌の患者さんをこの薬で治療すると、癌を治癒させることはで
きないものの、4ヶ月程度余命を延長する効果があります。日本でも発売されて
おり、日本の薬価だと1ヶ月あたりの薬代だけで60万円程度です。英国でこの薬
を使う場合は、入院費も含め、全額自己負担が必要となるのです。
薬の価格が高くなるのには、理由があります。
製薬会社が化合物を薬として研究開発した場合、安全性や効果を検証した上で、
その結果を米国では食品医薬品局(FDA)、日本では独立行政法人医薬品医療機
器総合機構(PMDA)に提出し、審査を受ける必要があります。そこで承認を受け
ると、その国内で販売することができるようになります。国外の製薬会社が開発
して海外ではすでに販売されている薬も、自国で新たに販売するためには、その
国の審査を受ける必要があります。
薬の多くは、まず米国で発売されます。その理由のひとつは、米国に巨大な製
薬企業が多いからです。日本の製薬会社で一番大きいのは武田薬品工業ですが、
それでも売上高ランキングでは世界第17位で、第1位のファイザー(米国)の4分
の1程度のです。
しかし、スイスに本社がある巨大製薬企業も、米国で最初に薬を発売すること
が多いのです。なぜなら、米国には薬の公定価格がなく、日本や欧州よりも高い
価格がつけられる傾向があるからです。先に国外で販売されている薬の場合、そ
の価格に準じて日本でも薬価が決められます。ですから、高い価格をつけられる
米国でまず発売した方が、製薬企業にとって有利なのです。日本の製薬会社です
ら、日本より先に米国で薬の発売することが少なくありません。
こうして異常に高価な薬の開発がこのまま続けば、やがて世界中で英国と同様
の事態が起きる可能性があります。
日本も例外ではありません。世界に誇る国民皆保険制度は、昭和36年に作られ
ました。60歳以上の老年人口は、当時の6%未満から現在は20%を超えるまでに
増加し、糖尿病などの慢性疾患も増えています。社会状況・疾病構造が大きく変
化するなか、制度が時代に合わなくなってきています。
子や孫が安心して医療を受けられる国であるために、医療保険制度や、医療提
供体制には大きな変革が必要です。また、医療を受ける一人ひとりが意識を変え
なくてはなりません。西洋的浪費主義より、東洋的倹約精神、「足を知る」といっ
た老荘思想に基づく生き方に立ち返る時代が来たのではないでしょうか。一人ひ
とりが、受けている医療の目的や必要性を考えることが求められていると思いま
す。
どのように生き、そして死ぬべきか。皆さんはどのような死生観をお持ちでしょ
うか。
くすみ・えいじ 1973年新潟県長岡市生まれ。新潟大学医学部医学科卒業ととも
に上京、国家公務員共済組合連合会虎の門病院で内科研修後、同院血液科医員に。
2006年から東京大学医科学研究所客員研究員。2008年に「ナビタスクリニック立
川」開設。
※この記事は、新潟日報に掲載されたものをMRIC向けに修正加筆したものです。