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臨時 vol 96 「パンドラの箱を開けるのは今」

医療ガバナンス学会 (2009年4月27日 13:47)


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          ―宿直問題は国民的議論の入口にすぎません!
                         梅村聡(参議院議員)

 去る4月14日、参議院厚生労働委員会で、勤務医の労働環境に関して質問をさ
せていただきました。勤務医の労働環境といえば、先立つ3月下旬、愛育病院が
労働基準監督署の査察・是正勧告を受け、夜間の常勤医確保が困難であることを
理由に総合周産期母子医療センターの指定返上を都に打診したことは、皆様ご記
憶に新しいかと思います()。同様の査察を、日赤医療センターはじめ複数の医
療機関が受けていたことも報道されました。勤務医の労働実態が労働基準法の定
める範囲に収まらない、順守しないのでなく守れないという状況は、全国的に常
態化しています。
 ただし、今回の私の質問の意図は、それを今日明日どうにかしろというもので
はありません。私は質問の中で、切り口として、医療法16条の定める「宿直」と、
労働基準法労基法上の平成14年3月19日の局長通達にある「宿直」の意味合いが
異なることを指摘しました。(答弁の詳細につきましては、梅村さとしオフィシャ
ルサイトからロハス・メディカルweb掲載記事にリンクしています。
http://www.s-umemura.jp/link.html)。ただ、いずれにしても問題はそうした
言葉や概念云々に限ったことではないのです。むしろ宿直問題は、医療における
労働問題がいかに遅れているかの象徴に過ぎず、医療費の議論を含め、今後の医
療のあり方を考える上での入口に過ぎないと考えています。
【 なぜ宿直問題を取り上げたのか 】
 さて、今回私がなぜこの宿直問題を取り上げたのか、そもそもの問題意識に立
ち返るなら、私が一昨年に政治の世界に足を踏み入れたきっかけにまで遡ります。
 私は2001年に医学部を卒業し、公立病院で医師として働き始めました。それか
らの約7年間、日々、多忙で過酷な勤務実態を自ら体験したわけです。勤務時間
帯以外でさえ、オンコールといって呼び出しをいつ受けても対応できる体制が求
められ、要は四六時中、医療に縛り付けられた状態の毎日でした。とはいえそれ
でも、「できるならやればいい。そこまで悪い制度でもない」くらいに思い、従
事していたのです。
 ところが、そうした状況の中である日、同じように働いていた同僚が体を壊し
ました。いざそうなってみると、彼の生活を保障するものは何もありません。時
間外賃金も支給されるわけでなく、急な呼び出しに手当てがつくわけでもない、
それでも身を挺して医療に貢献した挙句、体を壊して働けなくなっても、多くの
医師には何の身分保障もないのです。その事実を目の当たりにして、私も愕然と
しました。実際、「これではやっていられない」と、多くの先輩医師が現場を去
る姿も見送ってきました。
 それでも近年、こうした実態が徐々にマスコミにも取り上げられるようになっ
てきました。ただし、その内容はというと、国民の興味を誘うニュース性の強い
事例に焦点をあてて、感情に訴えるものが通例です。法律や制度の矛盾・問題点
を浮かび上がらせ、細部を詰め、現状を許している法的根拠から是正していくよ
うな作業は行われてこなかったのです。
 しかし、そうした部分を放置することで、最終的に被害を受けことになるのは
患者さんです。それなのに国民へ向けたわかりやすい議論は、それを担うべき政
治の舞台においてさえ、なかなか行われてきませんでした。例えば医療事故調査
委員会の設置に関しても、多くの論点について議論が錯綜しているものの、一般
国民に訴える内容というより、医療関係者や当事者の論理や焦りばかりが目につ
いてしまいます。
 一方、宿直とそれを規定する法律の問題は、非常に論点が明快で、かつ、勤務
医の過酷な労働実態を消極的にも容認する根拠となっています。そこで、一般の
方にもわかりやすい議論ができると考え、取り上げさせていただいたというわけ
です。
【 医療における労働問題は数十年遅れている 】
 実際、この質疑応答の後、多くの一般の方々から、直接メールを頂きました。
なかでも一番印象的だったのが、奈良在住の方から頂いた感想です。「医療の世
界では、労働問題に関して、まだそんな段階の議論をしているんですか」と驚か
れたというのです。
 確かに、労働条件にまつわる労働運動、そして労働組合法や労働基準法の制定
といった過程は、一般の感覚では、既に数十年も前に終わっている部分です。そ
れが医療界では未確立。これまでずっと放置され、あるいは別の道を歩む中で避
けて通ってきてしまったのです。
 なぜ医療の世界だけそのようなことになったのでしょうか。
 医療はこれまで単なる職業というより、武士道などと同じような「道」(どう)、
すなわち「医療道」として扱われてきた、そう私は考えています。そのことが、
一般的な労働環境に関する取り組みから医療を置き去りにしてきたと考えます。
「医療」の「道」としての精神は、例えば日本医師会のまとめた『医師の職業倫
理指針』(http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20080910_1.pdf)の「医
の倫理綱領」にも現れています。「人類愛を基に全ての人に奉仕」「生涯学習の
精神」「尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高める」「医療を通じて社会
の発展に尽くす」「営利を目的としない」といったことが、明記されているので
す。
 こうした精神は、その伝道者たる先輩医師によってずっと受け継がれてきたも
のであり、何より私自身、医師としてこれを否定するものではありません。むし
ろ、これらは患者さんにも求められてきたものでもあったでしょう。特にこれま
での日本という国、その国民性の中では、馴染みが良かったことも事実です。
 しかし1990年頃から、日本全体が、急速に変わってきています。それ以前の日
本では、企業に勤めるサラリーマンは会社とともに人生を歩み、あるいは会社に
人生を捧げていたといっても過言ではありません。終身雇用が当たり前で、会社
の運動会や旅行に家族で参加することも普通でした。職業を「道」と捉えること
は、サラリーマンをはじめ日本人全体に根付いた文化だったのです。ところが今
や非正規雇用人口は増加の一途をたどり、会社に自分の人生を捧げるという感覚
は過去のものとなってきています。
 それでも医療「道」だけは、変わらずにきました。もちろん、現場の実態は大
きく変わっています。多くの医師は、日中は3分診療に追われ、その後は病室を
回り、夜も宿直、そのまま翌朝の勤務につくという日々です。「道」の精神の下
にそうした過酷な状況にも耐えてきたわけですが、気づいてみれば、医師も看護
師その他のコメディカルも、やはり絶対的に足りていなかった。ここへきてよう
やく、本田宏医師や小松秀樹医師らが、ブログや著書でそうした現状をあからさ
まにしはじめたということなのでしょう。
【 ここからが議論のはじまり 】
 では今後、議論をどのように展開していくべきでしょうか。
 まず、今回のように委員会で質疑を行うのが何のためかというと、一番の目的
は、今後の議論の”材料づくり”にあるのです。今回の委員会でも、こちらの質
問に対する舛添厚労大臣の見解は、議事録に残っています。厚労大臣の見解は、
イコール厚労省の見解です。大臣が委員会で「見直します」と発言したなら、厚
労省が「見直します」といっているのと同じこと。議事録にその証拠が残ってい
るので、今後は例えば1ヶ月後あるいは1カ月おきに、その見直しが本当に進んで
いるか、厚労省にチェックを入れていくのが基本的なところです。
 また、委員会では宿直の規定から始まって、救急医療対策支援事業や、現在の
労働実態による患者さんへのリスクの話についても局長や大臣との質疑応答を行
いました。しかし、こうした委員会での一連の議事内容は、厚労省の審議会や中
医協などの場には届いていないのが実情です。本来なら、そういう人たちの耳に
入れなければ、話がその場限りに終わってしまう。実際そういうことは、少なく
ないのです。そこで私は、例えばこの委員会を記録したビデオテープを、中医協
の委員のもとへ自ら届けようかとも考えています。
 ただ、最終的には、国レベルでのお金の問題=予算の議論の中に食い込まない
ことには、解決は望めないでしょう。そこにも一筋縄でいかない要因がいくつも
あるのですが、舛添厚労大臣もパンドラの箱を開けることに関して「きちんとや
りたい」と発言した以上、ひとつずつ手をつけていくしかありません。今からで
す。そうすべき時にきているはずです。
 これまでも、医療費に関する議論は延々と続けられてきています。端的に言え
ば、診療報酬の切り上げによって病院の財政を立て直し、看護師他のコメディカ
ルを増員して医師の業務負担を減らすことは、勤務医の労働実態改善のための有
効な対策として考えられるはずです。しかしながら、医療費は一貫して削減され
てきました。ところが削減すべき根拠は、「超高齢社会で医療費が増大し、財政
を圧迫する」ということ以外、合理的な説明や議論がなされてきたわけではあり
ません。
 その一方で、厚労省は数々の補助金政策を打ち立ててきました。それはひとえ
に、厚労官僚が補助金を権限拡大の材料としてきたからに他なりません。天下り
先の確保につながったことも多かったことでしょう。そうして病院に補助金をば
ら撒きながら、厚労官僚が目を向けている先は、実は財務省です。最終的にはそ
こが予算を握っているからです。財務省の顔色を伺っている限り、厚労官僚が診
療報酬すなわち医療費を抑え込もうとしつづけるでしょう。
【 医療費=お金の問題の議論が難しい理由 】
 医療費についての議論がなかなか進展しないのには、「お金」というものの性
質も大いに関係しています。
 例えば東京-大阪間を移動するのに、新幹線だと1万8000円かかります。この
金額は高いでしょうか安いでしょうか。ちなみに、夜行バスだと4000円ですが、
何時間もかかります。どちらを選択するかは、人それぞれの経済状況プラス価値
観によるわけです。
 医療も同じです。あるアンケートで、国としてどのような医療政策をとるべき
かを人々に尋ねるにあたり、「1、律に高負担・高給付、2、一律に低負担・低
給付、3、基本は低負担・低給付だが、個人的にお金をかけるほど高給付が得ら
れる」という3つの医療のかたちを提示しました。ちなみに現在の日本の医療は
「低負担・中給付」であり、単純な理屈から言ってもこれは継続が不可能です。
アンケートの結果では、2、が最も支持されたそうです。この結果を見ると、本
音の話し合いが必要であることを痛感させられると同時に、価値観に基づく議論
によって金額設定に関するコンセンサスに達するのは困難であることがわかりま
す。
 一方、現在の医療費の議論において、増額を求める根拠としてポピュラーなの
は、GDP比の国際比較を引き合いに出すもの。つまり、「日本のGDPに占める医療
費の割合は8%、この水準は主要先進7か国で最下位」といった主張です。こうし
たGDP比の議論は学問的にもおおよそ正しく、たしかに官僚を動かそうとするに
は適切な手法かもしれません。ところが問題は、GDPに占める医療費の割合が国
際的に見て低かろうが高かろうが、国民にとってはどちらでもいいというのが本
当のところだということです。医療費を負担しているのは国民ですが、その国民
に向けた話とはなっていないのです。今、医療費増額の財源を確保するために税
金の無駄遣い探しが各所で行われていますが、それもさることながら、その労力
を、増額について国民の「納得」を得るための根拠をそろえることに差し向ける
ことも先決だと思います。
 ここで、先のアンケートでは3、より2、に支持が集まりました。これは国民
の多くが医療費を捻出できないくらいに困窮していることの現れでしょうか。格
差の拡大によりこれ以上の負担が困難な方が増える一方、日本の個人金融資産は
1500兆円に上るとも言われます。しかも団塊の世代が大量に定年を迎え、今やそ
の6割以上を65歳以上の世代が保有しているそうです。それが貯金としてほとん
どしまい込まれているのが、長引く不況の一因とさえされています。なぜ投資や
消費を控えるのか。それは将来に対する「不安感」があるからです。いざという
時のために、各自で溜め込んでいるのです。それだけ今の医療や介護の制度に対
しては、「納得」が得られていないということです。
 しかし、これを逆から考えれば、「納得」が得られるならば、国民が現在の水
準を上回る医療費を負担することも本来可能なはずと言えます。低負担では低給
付しか得られませんが、負担の水準を引き上げることができれば、給付の水準も
それだけ上げることができます。そう考えると、日本の医療が目指すべきは、中
負担・中給付ということになるのかもしれません(図らずも麻生総理の主張と重
なりますが)。
 となると、国民の「納得」につながるとは思えないGDP比の議論だけでは、ま
すます足りないということになります。国民にとってわかりやすい話の進め方と
しては、「この規模の医療機関でこのレベルの医療体制を整えるには、これだけ
の数の医師やコメディカルが必要で、その賃金はどれくらいで、そこから人件費
の総額を計算すると……」というように、コストを積み上げていくことによって
必要な医療費を提示する、というのが最も正攻法ではないでしょうか。私たち国
会議員はこれまで、国民の感情に訴えるやり方か、あるいはマクロ的なデータに
基づく官僚向けの議論、そのどちらかに偏っていましたが、本来あるべき姿は、
その中間にいて国民を納得に導き、官僚を説得することであるはずです。
【 パンドラの箱を開けるタイミングは今 】
 であるとしても、データを各病院に出させるのか、いつ出させるのか、という
のは難しい問題です。関係各所、各省庁等の歩調が合わないままに本当のところ
を露にしてしまえば、法律の問題、指定基準の問題、いろいろな点で現実との齟
齬が明るみになり、現場が大混乱に陥ることも考えられます。ですから私は今回
の質疑でも「明日どうこうするという話でない」旨、まず申し上げました。
 それでも、2010年度の診療報酬改定をこのまま黙って見送るわけにはいきませ
ん。そこに反映させるにはあと半年以内に、この議題を壇上に乗せる必要があり
ます。パンドラの箱を開けるなら、やはり今なのです。

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