平成21年4月21日に標記のパネルディスカッションが行われた。司会は虎の門
病院の山口徹先生と東京大学の永井良三先生。発表は以下の通り。
1. 医師法21条の呪縛からの解放
東京大学 高本 眞一
2. 医療行為と刑事責任-日本産科婦人科学会の考え-
昭和大学 岡井 崇
3. 医療安全のための法の意義と役割
東京大学 樋口 範雄
4. あるべき医療版事故調とは何か
すずかけ法律事務所 鈴木 利廣
5. 医療事故~10年の教訓から
日本経済新聞社 前村 聡
時々メモを取りながら聞いた内容を以下に紹介する。録音録画機器を持ち込ん
だ訳ではないことをご了承願いたい。なお、パネルディスカッションの前に会場
で資料が配布された。資料は平成20年8月20日付けの”「医療安全調査委員会設
置法案(仮称)大綱案」に関する意見書”で、内科系13学会の共同の意見書とさ
れている。
最初は司会者の挨拶。山口先生は「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル
事業」を紹介。分析結果を警察に連絡した事例もあるが(70%と言ったと思う)
刑事事件化した事例はないと説明。永井先生は、現在の案では異状死の定義が不
明であることに懸念を表明した。
パネリストの最初は外科学会からで高本先生。山口先生が紹介したモデル事業
に言及し、分析への参加者の満足度は高かったと述べた。3月の外科学会でも今
回と同様の企画があり、法務省刑事局刑事課長の落合氏が参加して警察は調査委
員会の判断を尊重すると述べたことを紹介。刑事事件化するのは故意ないし故意
に近い悪質なものに限定されるとのことである。米国のある州での、医師会によ
る医師資格の処分件数を紹介し、米国ではこうした処分があるから刑事処分が少
ないと述べた。
医療事故が刑事事件化した事例として大野病院事件と東京女子医大事件を紹介。
大野病院事件の判決を「良い判決」と評価する一方で、東京女子医大事件の高裁
判決については、「抜血カニューレの位置異常のみで脳障害は起こらない。一審、
二審で裁判官の判断が異なったのは、法律家には元々判断は出来ないということ
で、医療事故の判断は法曹界には無理である。」と述べた。その後も歯切れ良く、
「事故調査委員会から警察へ連絡される事例は極めて限定的であり、通知の判断
に迷う例は行政処分の対象にするのが良い。(現在の案について)殆どの学会は
合意している。外科学会は全面的に支援している。反対する人は現行の医師法21
条で扱えば良い。行政処分制度の確立が必要である。」などと述べた。
米国の事例、殆どの学会は合意、外科学会は全面的に支援とかは疑問を呈さざ
るを得ない。反対する人は、のくだりは聞き違えでないと思うのだが、大丈夫か
と心配になる。
2番手は産婦人科学会から岡井先生。
学会としての意見は公表済みとして、(恐らく)それを説明した。医療事故に
関して刑罰を課す可能性を残すことについて、当事者が真実を語れないこと、ヒュー
マンエラーが刑罰の対象になる可能性があること、質の劣った医療が水準範囲の
医療と捉えられかねない可能性があること等の懸念を表明した。続いて、いわゆ
る悪質なもの、例えば著しい怠慢や不謹慎な医療行為、その組織の医療安全の軽
視、未経験の手術などについては学会の処分ないし行政処分が適当とした。示さ
れた図が大変参考になったのであるが、写せず。
3番手は法学者の樋口先生。
実は樋口先生が話した内容は殆どメモを取れなかった。とても印象に残ったこ
とのみを記す。「被害者への責任の取り方」という言い方を繰り返しされた。繰
り返し聞かされると、この責任という言葉は説明責任なのか刑事責任なのか民事
責任なのか、だんだん分からなくなってきた。と言うか、だんだん刑事責任のよ
うに思われてきたのだが、ともかく被害者がいるのだからその責任者がいるとい
う論旨に聞こえた。樋口先生は事故調の検討会で、調査委員会の目的は究明なの
か糾明なのかと繰り返し問うていたと思う。そういう話は聞けなかった。終盤に
「このシステムが動けば世界に冠たるものになる」と言われたのだが、確かに
「世界に類を見ないものになる」のは間違いなさそうである。
4番手は鈴木弁護士。
事故調査委員会の目的のひとつとして被害者への対応を挙げた。事故調を巡る
混乱の中で、事故調査の専門機関は不要であるとか、そもそも医療事故は免責さ
れるべきだ等の議論が出ているとして、そうした議論を批判した。また、院内医
療事故調査委員会は事故の原因究明よりも紛争対策の組織に成り果てていると現
状を批判した。確かにそういう面はあるようである。その後、専門職責任や職業
的自律について説明し、調査委員会は当初は対象を限定して開始すると述べた。
限定という話は、私は聞いた覚えがない。
最後はメディアから前村氏。
東京女子医大事件の高裁判決での裁判長の説諭を紹介した。(内容はメモなし、
記憶も曖昧なので書かない)また院内事故調査委員会の多くが被害者側の立場の
委員を入れていないことに言及し、これを不備であるとした。調査委員会は医療
側の自律のためにも必要であり、院内医療事故調査委員会の充実や学会の協力・
調査、事故事案のデータベース化が必要と述べた。
パネルディスカッションという企画であったが、予定時間を超過したため議論
は一切なく、最後に司会の永井先生から「調査委員会が警察に通知した後、刑事
事件として立件されるか否かの基準は実体的には決まっていない。」と述べ、こ
れも問題とコメントした。
会場で配布された”「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に関する
意見書”には8項目の問題点が列挙されていた。他にも問題点はあろうが、この8
項目についてさえ、パネリストからの言及は乏しかった。パネリスト間での議論
もフロアからの意見を聞くこともなく、司会の最後のコメントは殊更言及すべき
ことでもないと思われたので、この企画自体が意義に乏しいものに感じられた。
空しい100分で、そもそも何のための企画?というのが感想である。この企画
が開催されたことを以って、次に何が起こるのか分からないが、少なくとも学会
員への説明を果たしたことにはとてもならない内容であったことは記しておきた
い。ほぼ1週間前の4月4日には日本外科学会では特別企画「医療事故への対応―
医療安全調査委員会への期待―」が開催された筈である。はっきりと「期待」と
書かれていることが気になるが、そちらはどうだったのだろうか。
パネルディスカッションと直接の関係はないが感想を付しておく。この議論の
焦点のひとつである警察への通知に関係して、私は少し前から刑事罰についてもっ
と知りたいと感じていたので事前に刑法入門という本を読んでいた。罪とは何か、
過失を罪とすることの正当性(あるいは正当性のなさ、そのようには書かれてい
ないが)、正当な業務に関する違法性阻却など、大変参考になった。産婦人科学
会のホームページで読むことができる「見解と要望」では刑法上の罪を主に目的
刑論と捉えており、刑事処分はその目的に合致しないと述べている。はっきりと
そうは言わなくても応報刑論を基盤に持つ議論とは、話は全く噛み合わないこと
が予想される。