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Vol.424 個別指導・監査に弁護士選任権を

医療ガバナンス学会 (2012年3月5日 06:00)


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この原稿は月刊集中3月号(2月29日発売)に掲載されたものです。

井上法律事務所 弁護士
井上 清成
2012年3月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.健康保険法改正の提言
「指導・監査・処分改善のための健康保険法改正研究会」が2月23日に発足し、その基本的提言が厚生労働省で記者発表された。弁護士5人で始めた私的研究 会であり、共同代表は筆者と石川善一弁護士(山梨県弁護士会)である。石川弁護士は、保険医療機関指定取消処分等に対する行政訴訟で溝部達子医師の訴訟代 理人を単独で務めて、国を相手に甲府地方裁判所・東京高等裁判所で完勝(国の上告断念で確定)した。
そのほかのメンバーは小嶋勇弁護士(東京弁護士会)、根石英行弁護士(広島県弁護士会)、礒裕一郎弁護士(青森県弁護士会)である。事務局は甲府の「みぞ べこどもクリニック」の溝部達子医師が担当する(ホームページhttp://www.kenpohoukaisei.sakura.ne.jp/)。
提言は多岐にわたった。しかし、緊急の必要最小限の具体的提言は、厚労省地方厚生局による保険医(医師・歯科医師)に対する個別指導や監査に際し、健康保険法を改正して、保険医が弁護士を選任することをその権利として認めなければならない、というものである。

2.医師会立ち会いと弁護士帯同
地方厚生局による保険診療に関する個別指導や監査は、基本的には健康保険法に基づく。立ち会いなどに関して、現行の健康保険法は第73条第2項(監査に関 しても同条項を準用)に「厚生労働大臣は、(中略)指導をする場合において、必要があると認めるときは、診療(中略)に関する学識経験者をその関係団体の 指定により指導に立ち会わせるものとする。」と規定しているにすぎない。実務上は各都道府県医師会が関係団体としてその医師会役員などを指定し、指導や監 査の場に立ち会っている。ただ、医師会立ち会いは、中立公平な立場で指導・監査の行き過ぎを確認できるにすぎず、それ以上に踏み込んで、指導・監査対象の 保険医療機関・保険医を弁護したり代理したりしてはならない。健康保険法上、弁護権も代理権も認められていないのである。
弁護士については全国各地で必ずしも統一されておらず、各県にある地方厚生局事務所で違いはあるが、弁護士「帯同」として普及しつつあるのが現状であろう。
しかし、「帯同」とは奇妙な用語であり、正式な法律用語とも言い難い。意味は「一緒に仕事をする者として弁護士を連れていく」といったニュアンスであろ う。弁護士には代わって発言したり、法律的な行為をしたりすること一切が公式には認められていない。せいぜい指導・監査対象保険医に、その場で内々に相 談・助言できるといった程度の建前である。
しかし、これでは医師の権利を守れない。だからこそ、健康保険法を改正して、医師の弁護士選任権を確立し、弁護士による弁護や代理をできるようにすべきなのである。

3.法の一般原則の確立を
現行の保険診療の法システムは、健康保険法という法律が大本を定め、療担規則(保険医療機関及び保険医療養担当規則)という厚労省令が保険診療の準則を定 め、診療報酬改定という厚生労働省告示が保険点数を定めているものの、指導・監査は専ら通達任せといってよい。指導大綱、監査要綱という行政通達での定め にすぎず、権利義務の根幹を定める法律も省令も告示も欠落している。そのため、法の一般通念が行きわたっておらず、法の一般原則も確立されていない。法シ ステムが前近代的なままに取り残されているといっても過言ではないであろう。
そこで、法の一般原則が確立されなければならない。研究会の基本的提言では、4つの法原則が採り上げられた。

4.法原則の提言
1)行政権限の制限(受療権・診療権の保障)
現行の健康保険法は厚労省地方厚生局などの行政に権限を授与しているにすぎない。しかしながら、健康的生存権の理念から言えば、健康保険法は、国民(患 者)の受療権や保険医(医師)の診療権を保障する観点から、厚労省地方厚生局等の行政の権限を適切に制限するものでなければならない。
2)医師の専門技術的裁量の尊重
保険医(医師)は患者との信頼関係に基づき、個別具体的な症状等に応じ、患者の意向・環境を尊重して保険医療を実施するのであるから、患者の受療権を実現するためには、保険医(医師)の専門技術的裁量が尊重されねばならない。
3)比例原則の確立
行政では恣意的な運用が行われてはならず、法の一般原則に従わねばならない。平等原則や禁反言の原則、信義誠実の原則は当然のこととして、さらに、比例原則にものっとって行わねばならない。
4)適正手続の保障
憲法第31条は、適正手続の保障を定めている。特に、指導・監査に際しては、保険医(医師)の人権を守るため、適正な諸手続が保障されねばならない。

5.医療権の確立を
これらの法原則の提言は、医師の医療権(診療権)を確立すべきとの考え方に基づいている。往々にして、医師には義務や責務ばかりが強調され、医師の権利は ないがしろにされてきた。この医療権こそが今後は確立されなければならない。 もちろん、医師の医療権はそれ単独で存在するものでなく、常に患者(国民) の受療権(公的医療受給権)と共にある。その意味で、医師と患者は信頼関係に基づき一体であるといってよいであろう。だからこそ、医療崩壊や萎縮医療は、 すなわち国民皆の損失なのである。
根本的には憲法の基本的人権の定めに由来し、憲法第13条(個人の尊厳、幸福追求権)がその究極であろう。しかし、国民皆保険制の日本においては、憲法第 25条(生存権)を忘れてはならない。生存権を定める第25条第1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と明示し た。そして、この生存権を実現するために、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」 (憲法第25条第2項)のである。
厚労省は、指導・監査・行政処分の各部面においても、憲法第25条の第1項と第2項を特に順守しなければならない。

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