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Vol.449 天皇陛下心臓治療に2つの疑問

医療ガバナンス学会 (2012年4月1日 06:00)


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日本記者クラブ会員
石岡 荘十
2012年4月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


天皇陛下が心臓手術を受けられてから1ヶ月が経った。この間、陛下ご自身が出席を強く望まれたと伝えられる震災一周年追悼式典にも出席されている。執刀医 の天野篤順天堂大学教授は手術後の記者会見で、「手術は成功したのか」と問われて「今はまだそのことをいうべき時期ではない。陛下が日常生活に復帰したと きに判断することだ」と答えている。その意味でいうなら、術後一ヶ月を経たいま、ほぼ、手術は成功したと言っていいだろう。
しかし、手術の経緯を改めて振返ると、検査の方法や手術方法に関して、医学的にはいくつかの疑問が残っている。(以下、敬語略)
疑問は、次の2点だ。
1. 検査でCTを使わず、造影検査を選択した理由
2. 手術でカテーテルを使わず、外科手術を選択した理由

まず検査方法についてである。
治療法選択の決め手となるのは、事前に行われる検査だ。検査の方法として一般的なものは
1) 高性能のCTによる検査、
2) カテーテルを使った造影検査
陛下の場合、2/12、造影検査が行われたと伝えられている。CT検査が行われたという報道はない。なぜか。
造影検査は、腕または足の付け根(鼠径部:そけいぶ)から細い管(カテーテル)を挿入して冠動脈に造影剤を注入し、レントゲンで撮影する。これによって冠 動脈のどの部分がどの程度狭まっているのかを確認することが出来るが、この検査によって陛下は、3本ある太い冠動脈のうちの「左冠動脈」から分岐した「左 回旋枝」と「左前下行枝」と呼ばれる血管の2ヶ所に75%から90%の狭窄があることが確認できた。通常、75%以上の狭窄がある場合、カテーテルによる 治療(インターベンションという)または冠動脈バイパス手術が必要と判断される。

CT検査では、高性能の「64列マルチスライスCT」を使えば、ベッドの上で一度、10数秒間、息を止めているだけで人体を輪切りにした映像を得ることが 出来、これをコンピュータ処理することで、心臓の詳細な立体画面をカラーで描き出す。これを見ると冠動脈の狭窄した場所と狭窄の程度を確認することが出来 る。
これら2つの検査法ではいずれも造影剤を使うが、造影検査ではカテーテルをウデや足の付け根から挿入して造影剤を注入する。これに対して、64列マルチス ライスCTは、心臓カテーテル検査と同じように造影剤を用いるものの、ウデの静脈から点滴投与をするだけだ。造影剤にアレルギーを示す患者でも、単純CT 検査として行うことが出来る。CT検査のほうが患者に対する負担が小さい。
CT検査でも、血管造影検査と同等か、それ以上の情報が得られるといわれる。血管造影検査は、今後、64列マルチスライスCTに置き換わると期待されている。
にもかかわらず、東京大学はどちらかといえば患者に優しいCT検査法をなぜ採用しなかったのか。これが第一の疑問である。

もうひとつの疑問は、治療方法についてである。
心臓に酸素と栄養を補給する冠動脈が狭くなった症状(狭心症)が確認されたとき、普通、3つの治療法が考えられる。
1) 薬物の投与
2) 内科医によるカテーテル治療
3) 外科医によるバイパス手術
このうち1)と2)は主に内科医の守備範囲で、陛下の場合は薬による治療で充分な効果が現れなかったため、残る2つの治療法についてさまざまな角度から検討が行われたものと考えられる。
まず、外科的治療法の場合は、全身麻酔で胸骨という骨を縦に切断(胸骨正中切開)して、肋骨の裏側を走る内胸動脈を心臓の血管(冠動脈)の狭窄した部分の川下につなぐ(吻合)。冠動脈にもメスを入れる大掛かりな手術となる。入院日数も2~3週間になる。

一方、カテーテルを使う方法(インターベンションという)では、造影検査のときと同じように腕または足の付け根からカテーテルを挿入し、先端が冠動脈の狭 くなった部分に到達したら、先端に仕掛けた風船(バルーン)をふくらませて狭くなった部分を広げる。この後、小さな網目状の金属の筒(ステント)を、狭く なった部分に置き去り(冠動脈ステント留置術)にし、カテーテルを抜く。ただ、この方法では、かつては数ヶ月で、再び狭窄(再狭窄)するケースが少なくな かった(再狭窄率は15~20%)。ところが2004年、「薬剤溶出ステント」(DES:drug eluting stent)が日本でも使えるようになり、再狭窄率は驚くほど小さく(5%程度)なった。この方法だと、カテーテルを差し込んだ傷が小さいため術後の回復 が早く、3日ほどで退院できる。患者の負担が非常に少ない治療法として、また患者のQOL(Quality of life:術後の生活の質)を大きく改善する治療法として、大袈裟に言えば”爆発的に普及している。心臓手術専門の病院では、外科的な治療法(バイパス手 術)1に対してインターベンションが9割を占めるところもある。

陛下が検査を受ける2日前の10日、東大(循環器内科)から冠動脈バイパス手術に第一人者である順天堂大学の天野篤教授に連絡があった、と報じられてい る。ということは、東大は、検査結果を確認する前から、外科医によるバイパス手術が必要となる可能性を認識していることになる。
造影検査の後、狭心症や心筋梗塞の治療法として広く行われている内科医によるカテーテル治療も当然、検討したに違いないが、最終的にこの治療法を採用せず、早い段階で外科手術を実施する方針を固めたのはなぜか。
陛下の場合、報道を見る限り”患者に優しい”カテーテル治療を選ばず、どちらかといえば患者にはつらいバイパス手術を選択した理由がはっきりしない。これが第二の疑問だ。
あえて、インターベンションを採用しないケースとして専門家の間でよく議論されているのは次のような症例だ。
1) 3本の冠動脈が全て詰まってしまっているとき
2) 腎臓に障害があるとき

このような症状の患者は、原則的にはバイパス手術を選択したほうがいいといわれている。陛下のケースではこの症状には該当しない。
また、インターベンション術後の問題としては、ステント留置後に血栓ができやすくなるので、アスピリンなどの抗血栓薬を忘れずに一定期間内服することが必 須となるので、煩わしい。だから、むやみにカテーテルを使うことは控えるべきだ、という警告(カナダ・マクマスター大学のSalim Yusuf氏)もある。
バイパス手術は、カテーテル治療に較べ患者への肉体的な負担も大きいが、手術さえうまくいけば、予後が改善し、また狭心症などの症状も消失することが期待 できる。長期予後の改善にも、狭心症の治療にも、バイパス手術のほうがカテーテル治療に較べて優れているという結果が得られているとされている。
それなら、「手術のとき患者に多少の負担にはなっても、そこは執刀医(天野篤順天堂大学教授)のウデに期待し、術後のリスクを回避する治療法としては、外科手術のほうがベターだ」と東大は考えたのかもしれない。

つまり、治療時のリスクや患者への負担と、術後の生活を天秤にかけて判断した結果、人工心肺を使用しない外科手術(オフ・ポンプ)を選択したのではないかと推測される。
いずれにしても、検査と、治療法の選択をした東大循環器内科は、判断の根拠を明らかにすべきだろう。
指摘してきたような疑問は、やや専門的に過ぎるという見方もあるかもしれないが、現実に心臓に不安を持った患者が医師の診断を受けると、良心的な医師であれば必ず患者に説明する内容なのである。診断をする循環器内科の医師はこう患者に問いかけるだろう。
「検査はCTでやりますか、造影検査にしますか?」
「手術はカテーテルにしますか、胸にメスを入れる心臓手術にしますか」

提案された検査法や治療法のメリット、デメリットを比較し、判断して最後に決めるのはあなただ。医師が充分に説明をして、患者が決める「インフォームド・コンセント」といわれるものだ。
国内最高のVIPである天皇陛下の心臓手術は、高齢社会で増え続ける心疾患患者やその家族に心臓手術に対する理解を促したと評価されている。しかし、一連の報道を見る限り、マスコミは心臓に不安を変える患者の判断に役立つ情報を充分に提供しているとは言い難い。
このような疑問は、医療担当の専門記者にとっては常識のはずなのだが—。
心臓手術後に行われた当時の報道、「記者会見全文」などを見ても、この疑問を質す質問はひとつもなかった。多分、記者に心臓治療の基礎知識がなかったためではないかを思う。これでは、読者の疑問に充分応えているとは言い難い。
日本で心臓手術を受ける患者は、年間ざっと6万人といわれる。狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患で冠動脈バイパス手術を受ける人だけでも1万5000人 以上に上っている。心臓疾患で死亡する人は年間16万人。日本人の死亡原因の第2位という病気について、専門記者が育っていないという現実は誠に嘆かわし いと言わねばならない。
現役記者の奮起が望まれる。

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