医療ガバナンス学会 (2012年4月1日 16:00)
13年前、筆者が心臓手術(大動脈弁置換手術)を受けたときには、ドレーン2本を入れ、3日後にやっと胸水が止まって抜いた経験がある。
「天野先生は自信があるのか、胸にはドレーンは入れていないようだが、ドレーンを入れていれば術後の胸水はなかった可能性は十分あります。結果としてこれは失点というべきでしょう」という批判的な見方をする心臓外科医もいる。
もし、ドレーンを入れていなかったのなら、手術のdecision makerである執刀医に、ここでその理由を質すべきだった。
ところが記者はこの問題には一切触れていない。心臓手術の標準的な手順についての知識がない、従って、何の疑問も持たなかったのだろう。朝刊一面トップと なれば、記者が書いた記事について、デスクをはじめ編集局長に至るまで多くの関係者が眼を通したに違いないが、全員が心臓手術については同じレベルの知識 しか持っていなかったのだろう。
さらに、天野教授は「(胸水は)時間と気候が解決すると思う」と見通しを語ったと報じ、これを根拠に産経新聞は「天皇陛下5月のご訪英 可能」と断定して大見出しに採っている。
しかし、手術後の患者の予後、ケアに責任を持つのは、この場合東大循環器内科のはずである。執刀医である天野教授が、願望として「訪英できるほど回復され るように」と期待するのは無理もないが、術後の現状や今後の見通しについてなら、東大の永井良三循環器内科長に聞くべきだ。予後、手術後の患者管理体制に ついて、どこが責任を持つのか、最新の情報を持っているのは誰か、記者はわかっていなかったのではないか。見通しについてまで執刀医に質すのは、医学的に は筋違いというものである。
術後の健康回復の見通しは、同じ手術を受けた患者でも1人ひとり、異なる。この国のMVIPのご回復への経過について、多くの国民が関心を持っているのは 間違いない。それだけに、医学的にちゃんとした知識を持った記者がきちんと相手を間違えず問い正さなければ、読者の期待には応えられまい。
医療の世界ではEBM(Evidence-based Medicine)、つまり「医学的に根拠のある科学的な治療」が強く求められている。新聞記事もまたしっかりした根拠のあるものであってほしい。