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Vol.454 日本弁護士連合会声明と新型インフル対策法

医療ガバナンス学会 (2012年4月4日 06:00)


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この原稿は『集中』4月号掲載「経営に活かす法律の知恵袋」第32回より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年4月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.日本弁護士連合会の会長声明
1月17日に、内閣官房新型インフルエンザ等対策室より「新型インフルエンザ対策のための法制のたたき台」が公表されている。そこには、「医療関係者への 医療従事の要請・指示」をはじめ、集会制限や土地収用、政策金融、予防接種など国民生活に広範な影響を及ぼす措置の実施が含まれていた。
日本弁護士連合会は3月2日、「新型インフルエンザ対策のための法制に関する会長声明」を発表している。内容は、「『新型インフルエンザ』の危険性の程度 や流行の可能性については、科学的にも意見が分かれているところである。衛生状態や環境の異なる海外での事例を我が国にそのまま当てはめることもできない。さらに、『たたき台』では、『新型インフルエンザと同様の影響を持つ未知の新感染症にも適用する』とされているが、『同様の影響を持つ未知の新感染 症』の範囲も不明確である。新型インフルエンザ等について、科学的な根拠が十分でないまま、予防接種が強制されたり、集会の自由を始めとする各種人権が制 限される懸念を払拭できない」「09年インフルエンザの経験に照らすと、新型インフルエンザ特措法についても、その拡大適用が懸念されるところであり、仮 に新たな新型インフルエンザ対策が必要であるとしても、その適用の要件及び手続、制限される人権の範囲及び程度等について、具体的内容を定めた法案に基づ く十分な検討が必要であるが、今なお、政府が示しているのは極めて抽象的な『たたき台』のみであり、具体的な検討は全くなされていない。にもかかわらず、 政府が3月中の法案提出を予定しているのは、あまりにも性急に過ぎる」「当連合会は、新型インフルエンザ対策のための法制が、科学的な根拠が不十分なまま、各種人権に対する過剰な制約を伴うものとならないよう政府に求めるとともに、上記問題点を十分に検討することなく性急な立法を目指すことには反対する」というものであった。

2.医師への診療従事の要請・指示
日弁連は科学的根拠が不十分、人権制限が過剰、立法が性急のゆえをもって、新型インフルエンザ対策法制に対し反対の意思を明瞭に表明している。
ところが、政府は会長声明のわずか1週間後の3月9日、「新型インフルエンザ等対策特別措置法案」を閣議決定し、衆議院へ提出した。その中には、罰則こそ 外されたものの、海外発生時の水際対策での医療動員や、医師への診療従事の要請・指示が含まれている。特に問題のある箇所は、第31条第1項から3項であ ろう。
第31条(医療等の実施の要請等)
(第1項)都道府県知事は、新型インフルエンザ等の患者又は新型インフルエンザ等にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者(以下「患者等」とい う。)に対する医療の提供を行うため必要があると認めるときは、医師、看護師その他の政令で定める医療関係者(以下「医療関係者」という。)に対し、その場所及び期間その他の必要な事項を示して、当該患者等に対する医療を行うよう要請することができる。
(第2項)厚生労働大臣及び都道府県知事は、特定接種を行うため必要があると認めるときは、医療関係者に対し、その場所及び期間その他の必要な事項を示して、当該特定接種の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
(第3項)医療関係者が正当な理由がないのに前2項の規定による要請に応じないときは、厚生労働大臣及び都道府県知事は、患者等に対する医療又は特定接種 (以下この条及び第62条第2項において「患者等に対する医療等」という。)を行うため特に必要があると認めるときに限り、当該医療関係者に対し、患者等に対する医療等を行うべきことを指示することができる。この場合においては、前2項の事項を書面で示さなければならない。

3.医師への人権制限を正当化し得る公益
これらの医師に対する人権制限に関し、新型インフルエンザ等対策室では、罰則を設けるものではないけれども観念的には法的義務である、と述べているらしい。
診療治療の求めをするのは「患者」ではなく「行政」であって、その点で応招義務と異なっている。しかし、診療治療の求めを拒めない観念的法的義務を負わされる点では、医師法第19条第1項に定める「応招義務」と変わりはない人権制限だと思う。
このような医師への人権制限が憲法に適合しているというためには、立法の規制目的との合理的な因果関係がエビデンスをもって基礎付けられなければならない。規制によって実現しようとする公益との間に、きちんとした規制手法との関連性がなければならない、というのが日本国憲法の要請なのである。
ところが、例えば、水際対策一つをとっても、インフルエンザ対策としては水際対策無用論も有力であろう。09年の新型インフルエンザ水際対策について、当 時の厚生労働大臣であった桝添要一氏も、その著書『厚生労働省戦記』(中央公論新社)で、「今から振り返ると、水際対策を重点的に実行したため、渡航歴重 視の検査態勢となってしまっていたし、国民もメディアも当然ながら水際作戦を前提にした思考方法に染まってしまっていた。(214頁)」「ただ、行政の責任者の立場から見ると、もし仮に検疫などの努力をしなければ、国民からは、『なぜ水際で食い止める努力をしないのか』という批判が起こることは必定であり、国民の心理的不安は増幅されたと思う。(224頁)」と本質的な疑義を呈している。これでは科学的根拠を十分に持った公益的規制手法とは言えない。日弁連もまさに、このような点を問題にしているのである。単に、新型インフルエンザ等(新感染症も含む)対策だけだったら、09年の例を見ても明らかな通り、医師や郡市区医師会などの医療関係者間の自立的な連携のみで十分であるといえよう。
つまり、新型インフルエンザ等対策法案は、全般的にあまりにも重装備すぎる法構造になっているのである。純粋に法技術的に見れば、例えば強毒性の鳥インフ ル遺伝子を改造した生物兵器のテロ対策を人権制限の公益目的に据えたらちょうどよい程度、とすら評し得るハイレベル規制のように思う。もしもそうだとする と、法案の名称を「新型インフルエンザ等およびこれに類する生物兵器を用いたテロリズム等に対抗するための後方支援対策特別措置法」と変更するなどした上 で、国会で開かれた議論が行われて採決されることが望まれる。

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