医療ガバナンス学会 (2008年12月23日 11:42)
前回は、メディアキャンペーンの組み立てについて、骨子となる必要事項を紹
介しました。今回は、具体例も交えながら、解説していきます。
Richard Earl氏の著書に基づいて前回説明した事項を使って、実際に行われた、
アメリカ合衆国マサチューセッツ州(ボストンがある州です)のたばこ広告を見
てみましょう。広告代理店では、各社によって、これらの項目の呼称などは異な
りますが、大体どこの代理店もこういった項目の分析を行います。
以下の項目は、通常、プランナーと呼ばれるこのような戦略を考える部署の人
たちがまとめるものです。5のサポートシステムを除き、各項目に関して一言で
説明できるような簡潔さが求められます。大体これらは1枚の紙にまとめられ、
今後この戦略に携わる関係者(実際に広告のデザインを作るクリエーターや、ター
ゲットの調査をするリサーチャーや、資金調達を担当したり、この場合は州との
やりとりの窓口となる営業担当など)すべてが、考えを共有できるようにします。
※以下The art of Cause Marketing, Richard Earle, p.38より
1. マーケティングの目的:自動販売機を通じての若者のたばこ購入に関する消
費者のディスカッション、ディベートやアクションを生み出す。
2. 広告(コミュニケーション)の目的:実際に、多くの場所で、子どもたちが
自動販売機で違法にたばこを手に入れることを予防する方法がないという事実に
対しての意識を高めさせること。
3. ターゲットバックグラウンドとターゲットのもつ思想:マサチューセッツの
18歳以上の人々。社会的な階層としては中流から上流層。
4. ライバルとなるようなキャンペーンのメッセージ(ライバルとなるような組
織、団体の状況等):たばこ産業からのたばこへの「自由アクセス」問題。自動
販売機や、自動販売機関連を生業としている企業からの経営危機に対しての要求。
5. ターゲットの利益となるような、一番大切なメッセージ:(若い時のたばこ
への)アクセス防止が予防の鍵。もし子どもたちが若い時にたばこに手をださな
ければ、大人になってからたばこを吸い始める確率は低くなる。
6. 5を聞いたターゲットの行動変容を支えるような社会的なサポートシステム
や、証拠となる様な情報の有無(抜粋):
・喫煙者の多数(75%)が18歳になる前にたばこを吸い始める。
・たばこの小売業者に関して、もし(18歳以下に)たばこを売ったら違反となり、
販売の資格を失うことになるが、彼らへの年齢制限に関する規制はほとんど強制
されていない。自動販売機に関する法律は全くない。
・約100万人の子どもたちが毎年煙草を吸い始める。
・成人の喫煙と、子どもたちの薬物およびアルコール使用が減少しているにもか
かわらず、若者の喫煙は増加している。
・たばこ産業は、マサチューセッツで毎年300万人の喫煙者(禁煙するかたばこ
を原因とする病気で死ぬかという岐路に立っている人々)を何とかする必要があ
る。
*すべてを広告のメッセージとして使用する必要はないが、これらの情報があり、
必要であれば入手可能だということが重要である。
7. 期待する行動変容:もし、子どもたちがたばこを買うことを阻止できれば
(特に自動販売機を通じて)、彼らが喫煙者にならないでいることを手助けでき
る。→それぞれのコミュニティー(地域)で新しい規制や、より厳しい規制を作
れるように、人々を巻き込むこと。
8. メッセージを流布する際のトーンとスタイル
・シリアスな
・緊急性のある
・子どもにたばこを吸ってほしいと思う人は一人もいないという気持ちを伝える
*あいまいではだめ。この戦略においてはユーモアのあるようなCMは合わない。
9. キャンペーンを実施する際の条件
・30秒のテレビCM
・白黒の新聞広告
・プリント広告(紙媒体の広告)には、それぞれの地域のサポート団体のロゴを
入れる
(抜粋終了)
彼が講義中に強調していたのは、8のトーンとスタイルについて、ここがキャ
ンペーンの鍵となるとのことでした。明るいユーモラスなトーンでキャンペーン
を組み立てるのか、またシリアスな感じで現実味やたばこの弊害を伝えることで
行動変容を促すのか、この決定がキャンペーンの成功を左右するということでし
た。
実際、私自身、広告代理店に入る前は、このような広告のトーンは、「思いつ
き」のような感じ(つまり、プランナー個人の直感とセンス)で決められている
と思っていました。しかし、実際にこのようなストラテジーを組み立てる作業を
していくと、それは大きな間違いであることに気がつきました。「ひらめきだけ
で戦略を組み立てるのはプロじゃない」ということを何度も言われました。
どの項目に関しても言えることですが、これらの戦略を1枚にまとめるその過
程では、膨大な量の資料の読み込み、情報の収集、調査などが求められます。
参考文献
※The Art of Cause Marketing: How to use advertising to change personal behavior and public policy, Richard Earle
林 英恵(はやし はなえ)
早稲田大学社会科学部卒業。ボストン大学教育大学教育工学科修了後、株式会社
マッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンにて、アソシエイトプランナーと
して勤務。2008年秋よりハーバード大学公衆衛生大学院修士課程(ヘルスコミュ
ニケーション専攻)進学。