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Vol.469 医療関連の諸規則と災害医療における諸問題

医療ガバナンス学会 (2012年4月26日 06:00)


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この記事は日本医師会雑誌(平成24年4月1日号)79頁より転載です

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年4月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. 医療関連の諸規則―通常時の組織法規・規制法規・根拠法規
医療関連の諸規則の大部分は行政法規であり、医療法、健康保険法、医師法、薬事法が代表例である。しかし、それらは非常事態を前提にして制定されたもので はなく、あくまでも通常時(平常時)を想定したものにすぎない。通常時における医療組織のあり方、医療者への規制、行政の規制権限の根拠を定めた組織法 規、規制法規、根拠法規の集まりである。それら以外も広くみれば、業務上過失致死傷罪を定めた刑法、不法行為や債務不履行による損害賠償を定めた民法も、 医療関連の諸規則の一つに数えてもよいであろう。

2. 非常時の災害医療における法規範の変容
一般に、法規範が額面のとおりに適用されるケースは、その法規範があらかじめ想定していた前提状況の範囲内に限られる。つまり、通常時を想定して作られた 法は、想定外の非常時には変容せざるをえない。もっと端的に言えば、非常時にはそのままでは適用できない、と言えよう。すなわち、東日本大震災のような想 定外の非常時の災害医療では、医療法・健康保険法・医師法・薬事法・刑法・民法の適用が、大きく変容される。
被災者の生命・健康に直結し有効適切さに優れる医療の原理が拡大し、逆に、主として諸々の利害関係を調整する政策原理に優れる行政の法的論理が縮小してい く。つまり、想定外の非常時の災害医療においては、行政の権限が小さくなり、医師の権限が大きくなるのが自然なのである。

3. 正当業務行為と緊急事務管理
非常時の災害医療における法的な原理を表わすのに適したものは、刑法第35条の正当業務行為と民法第698条の緊急事務管理であろう。刑法第35条は、 「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」と規定している。極めて包括的抽象的な法文ではある。しかし、その意味するところは、非常時の災害医療に おいて医師が必要と判断して行った医療はほとんどすべて正当なものとされる、と言えよう。これは医師の萎縮や躊躇を取り払う実際上の政策効果を持つ。
また、民法第698条は、「管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるの でなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」と規定している。災害医療に置き換えると、「医師は、患者の生命、身体に対する急迫の危害 を免れさせるために災害医療をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」ということになろ う。緊急事務管理は、非常時の災害医療のみならず、救急医療一般、さらには医療一般にも通ずる法の一般原理とも考えられる。

4. 医師の権限拡大と規制縮小
想定外の非常時の災害医療においては、医療法上の施設基準をはじめとする諸々の組織的規制は、事柄の性質に応じて一時停止されることもあろう。健康保険法 上の保険診療の規制も緩和され、患者の一部負担金が行政の肩代わりとなることもある。医師法上の応招義務も、医師側の実情に応じて免除されることが多い。 薬事法上の医薬品の流通規制も大幅に緩和されよう。つまり、医師への規制が縮小されるのである。そして、その裏返しとして、医師の災害医療の現場における 権限は一気に拡大していく。往々にして非常時にも行政は法の規制をそのまま維持することに固執し、このような法の一般原理に反する動きをしようとする。し かし、医師は患者の生命・身体の救済を第一義とし、現場の司令塔として医療の原理に忠実に行動しなければならない。たとえば、絶対的医行為すらも、非常時 の災害医療においては時には相対的医行為への変容も許されることがあろう。

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