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Vol.470 『ボストン便り』(第37回)「ポリオのアウトブレイク、危機は今」

医療ガバナンス学会 (2012年4月27日 06:00)


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星槎大学共生科学部教授
ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー
細田 満和子(ほそだ みわこ)
2012年4月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


紹介:ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独 特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関 する話題をお届けします。
(ブログはこちら→http://blog.goo.ne.jp/miwakohosoda/)

*「ボストン便り」が本になりました。タイトルは『パブリックヘルス 市民が変える医療社会―アメリカ医療改革の現場から』(明石書店)。再構成し、大幅に加筆修正しましたので、ぜひお読み頂ければと思います。

●不活化ポリオワクチンへの9月切り替え
4月23日に、第3回不活化ポリオ検討会が国立感染症研究所で開催されました。それに先立つ4月20日に、小宮山洋子厚生労働相が「9月には接種開始できるよう準備を進めていきたい」と発言したからでしょうか、メディアがたくさん入り傍聴席もいっぱいでした。
最初に厚生労働省の担当者からいくつかの報告がなされました。まず、9月1日から全国一斉に生ワクチンから不活化ワクチンに切り替えての接種開始がアナウンスされました。当初は4月中に承認される見込みのサノフィパスツール社製の不活化ポリオワクチンの単独接種を使用し、やがて11月に承認見込みの4種混 合(DPTと不活化ポリオワクチン)が加わる形になるという事でした。
不活化ワクチンの場合、接種は4回(生後3ヶ月から開始して、3週間ずつあけて2回目と3回目を行い、4回目は追加接種)とする事や、生ワクチンを2回受 けている人はもう受けなくていい事、生ワクチンを1回受けている人は不活化ワクチンを3回受ける事なども報告されました。不活化ワクチンは、医療機関が個別にうつのでこれまでのような集団接種ではない事にも言及されました。

●この夏の流行期を乗り切れるか
この検討会には、座長(医師)と10人の構成員(医師、患者会代表など)、厚生労働省の職員が参加していて、不活化ワクチンの供給、ワクチンスケジュール、同時接種への対応などについて、報告や質疑応答などがされていました。
その中で、患者会代表の小山万里子氏は、「アウトブレイクの危機は、今ここにある」と発言されました。ポリオの流行期は夏であることが知られています。し かし今回、9月から不活化ワクチンが無料で受けられることになるので、多くの保護者はそれを待ってしまうことが予想されます。そこで小山氏は、不活化ワク チンを待つ子どもと、生ワクチンを打った子どもとの濃厚な接触があったらどうなるか、そこにはポリオ感染の危険があると危惧しているのです。
これは何も小山氏だけが心配している訳でなく、米国感染症専門医の青木眞氏も指摘しています。また多くの保護者達が、保育園などで感染することはないのか 心配する声をソーシャルメディア上であげたりしています。例えば2010年に神戸でポリオを発症した男児は、ポリオの予防接種を受けていた訳でなくても、 ポリオを感染してしまいました。原因は不明ということになっていますが、ワクチン接種者からの二次感染が疑われています。
感染症専門医の青木氏は、自らのブログに「たった1例でも、本来おこるはずのない感染症がおきたら『アウトブレイク』という」、と書いています。これは、 青木氏がアメリカの国立感染症研究所の実地疫学専門家養成コース(FETP)で学んだことだといいます。秋の不活化が始まるまで、ポリオ患者が発生しないよう祈る気持ちでカウントダウンしていると、青木氏もブログに記していました。

●「健康危機管理」という思想と実践
この国では、「アウトブレイク」という危機が起きないためには、祈るしかないのでしょうか。公衆衛生学の考え方の中には、ヘルス・リスクマネジメント、ヘ ルス・リスクアセスメントという概念があり、個人や集団に害のある影響を削減してゆくことは重要なことと考えられています。ポリオに関しては、ポリオワク チン接種に伴うワクチン関連麻痺型ポリオ (Vaccine-Associated Paralytic Poliomyelitis: VAPP)を防ぐことは、世界保健機構(WHO)のみならず各国が認識しており、いったんポリオ撲滅国となれば速やかに生ワクチンから不活化ワクチンへ変 更しています。
ポリオに関して第一人者である関場慶博氏は、4月中旬にインドを訪れ、インドではポリオの発症が1年3ヶ月も抑えられていて、あと1年9ヶ月続けると根絶 国と認定されると報告しています。そして、インド都市部では既に不活化ポリオワクチンが有料で接種されていて、2014年には全国で無料で不活ポリオワク チン接種が可能となるともツイッターで書いておられます。ポリオ根絶後に直ちに生ポリオワクチンから不活化ワクチンに切り替えるインドのこうした対応は、 ヘルス・リスクマネジメントという観点からは、特に称賛される実践ではなくて、当たり前のことなのです。
それではずいぶん前(2000年)にポリオ撲滅国になった日本で、どうして不活化ワクチンへの切り替えが行われなかったのでしょう。なぜ当たり前のことができなかったのでしょうか。

●数々の警告
実は日本でも従来から生ワクチンの危険性を指摘し、不活化に切り替えようとする動きはありました。
例えば、2005(平成17)年3月に出された厚労省の予防接種に関する検討会の中間報告では、「先進国の多くの国ですでにIPVが導入されており、ポリ オ根絶計画の進捗状況に鑑みれば、わが国でも極力早期のIPV導入が喫緊の課題となっている。IPVの早期導入に向け、関係者は最大限の努力を払うべきである」と書いてあります。また、国立感染症研究所感染症情報センターの発行する月報の2008年、「Infectious Agents Surveillance Report」においては、2007年末に北海道で男の子が生ワクチンによってポリオに罹患したケースを検討し、「今後、わが国におけるVAPPの発生リスクを抑えるため、不活化ポリオワクチンの早期導入が必要であると考えられた」と記されています。
日本医師会も20年前から不活化の導入を要求しています。2000(平成 12) 年 7 月、福岡県で発生した生ポリオワクチンによる副反応、および 2 次感染の事例を受けて、不活化ポリオワクチンの早期導入を強く要望する見解を公表し、その後も一貫して主張し続けてきたのです。
それならば、どうして不活化への切り替えが今日までできなかったのでしょうか。いろいろな理由が挙げられています。80年代から90年代のMMR (新3種混合)や日本脳炎のワクチン予防接種の被害に対する裁判を抱えていた事、国産ワクチンへのこだわり、不活化ワクチンに切り替えたことで生じるかも しれない問題への危惧など。しかし、既に生ポリオワクチンによるポリオ感染の危険性は専門家も行政も知っていたのですから、警告を発するだけで放置していた責任は重いと言わざるを得ません。

●動かない山を動かす
今回、ポリオワクチンに関わってきた中央政府や神奈川県の行政職員、保健所職員の方々にお話を聞く機会がありました。そして、従来の在り方を変えるということが、この国ではとても難しいこと、しかし、きっかけさえあれば変わるという感想をうかがいました。
ひとつの大きなきっかけは、昨年10月に神奈川県の黒岩祐治知事が、県内で不活化ポリオワクチンを打てる体制を整えることを宣言し、実施してきたことが指 摘されました。国ができないのなら県がやるということで、神奈川県では県立病院の協力の下、県の保健福祉事務所を会場に、希望者に対して有料で不活化ポリオワクチン接種を2011年12月中旬から実施してきました。ある会場を訪ねましたが、ゆったりとしたスペースで、保護者の方が安心した様子でワクチンを 赤ちゃんに受けさせていました。半数以上の方がカップルで来ていて、子どもの健康に父親も母親も一緒に取り組んでいこうとしている様子がうかがえました。
もうひとつの重要なきっかけは、小山万里子氏が代表を務める「ポリオの会」の活動でした。「ポリオの会」は、もう10年以上も前から不活化への切り替えを 求めてきています。ある厚労官僚は「ポリオの会の活動がなかったら、誰もワクチンを変えようとは思わなかっただろう」とおっしゃっていました。検討会も医師会も問題意識はあり警告を発してきたわけですが、なかなか変えられない状況の中、患者団体が声を上げることで、やっと変わっていったことは特筆に値する と思います。

●患者会のちから
9月1日から不活化ポリオワクチンに切り替えをすることを報告した検討会が終わった後、小山氏は「これでやっと会の本来の活動に戻れる」とおっしゃっていました。「ポリオの会」はそもそも、ポストポリオ症候群に悩む患者たちが、病気や障害との付き合い方、治療法、社会保障の取得の仕方などを情報交換した り、会員間の交流を深めたりする患者会でした。ところが、生ワクチン由来でポリオになって会の門戸をたたく若い人が後を絶たないのに業を煮やして、声をあ げざるを得なかったといいます。そもそも障害や病いを抱えているのだから、身体的につらいので、闘いたくてやっているわけではないのです。
ポリオに関して9月から不活化ワクチンへの切り替えが決まったとしても、この夏をどう乗り切るのかという問題、未だ世界標準とは隔たりのあるワクチン全体 の問題も残っています。3ワクチン(子宮頸がん予防、Hib、小児用肺炎球菌)、4ワクチン(水痘、おたふくかぜ、B型肝炎、成人用肺炎球菌)はこれから どうなるのか。同時接種はどのように進められるのか。こうしたことを解決してゆく為に、ポリオの会に限らない、いろいろな患者会の力、いわば市民の力が必 要なのだろうと改めて思いました。

<参考資料>
1)ロハスメディカル 第3回不活化ポリオワクチン検討会 なぜ導入は9月なの?

http://lohasmedical.jp/blog/2012/04/39.php

2)不活化ワクチン 秋まで祈りのカウントダウン

http://blog.goo.ne.jp/idconsult/e/03f48b6e1e962366aa759f28a6fe1511

3)ポリオワクチン接種後に発症した小児の急性弛緩性麻痺の1例-北海道
(Vol. 29 p. 200-201: 2008年7月号)

http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/341/kj3413.html

4)日本医師会 社団法人 日本医師会
ポリオワクチンに対する日本医師会の見解について 平成23年11月16日

http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20111116_21.pdf

略歴:細田満和子(ほそだ みわこ)
星槎大学教授。ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー。博士(社会学)。1992年東京大学文学部社会学科卒業。同大学大学院修士・博士課程の後、 02年から05年まで日本学術振興会特別研究員。コロンビア大学公衆衛生校アソシエイトを経て、ハーバード公衆衛生大学院フェローとなり、2012年10 月より星槎大学客員研究員となり現職。主著に『「チーム医療」の理念と現実』(日本看護協会出版会)、『脳卒中を生きる意味―病いと障害の社会学』(青海 社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)。現在の関心は医療ガバナンス、日米の患者会のアドボカシー活動。

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