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Vol.496 日本医師会は「医の倫理」を法律家(弁護士)に任せてはいけない(その1/2)

医療ガバナンス学会 (2012年5月24日 06:00)


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健保連 大阪中央病院
顧問 平岡 諦
2012年5月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「医の倫理」と「法」との関係について、国際的な常識は次のようなものです。
『医の倫理は、法と密接に関係しています。(中略)しかし、倫理と法は同一のものではありません。多くの場合、倫理は法よりも高い基準の行為を要求し、時 には、医師に非倫理的行為を求める法には従わないことを要求します』(「WMA 医の倫理マニュアル」、p.14)。医師は「遵法」とともに時には「法への非服従」が求められているのです。「法への非服従」を求められる職業はおそらく 医師だけでしょう。「法への非服従」を求められる時とはどのような時でしょうか。それは法が「非倫理的行為を求める」時、すなわち法が「患者の権利(人権)を侵害する」時です。医師には「法」よりも「患者の権利(人権)」を優先することが求められているのです。たとえば、アメリカ医師会の倫理綱領III 文はつぎのようになっています。「遵法」と「法への非服従」を謳っているのです。「A physician shall respect the law and also recognize a responsibility to seek changes in those requirements which are contrary to the best interests of the patient」。

このような国際的常識はどこから出てきたのでしょうか。
第二次世界大戦の直後より、主要国の医師会の代表が集まって新しい「医の倫理」を考え、宣言などとして発表してきました。それが世界医師会(WMA)で す。WMAは、「1947年の設立当初から、ナチス・ドイツなどにおいて医師が犯した非倫理的な行為の再発防止に取り組んできました」(同マニュアル、 p.22)。WMAが最初に採択したのがジュネーブ宣言(1948)です。その中(第10項)で、医師はつぎのように宣誓します。「I will not use my medical knowledge to violate human rights and civil liberties, even under threat. (私は、たとえいかなる脅迫があっても、人権や国民の自由を犯すために、自分の医学的知識を利用することはしない)」。この宣誓が、ジュネーブ宣言の中で 最も重要な宣誓である理由はつぎのとおりです。「ナチス・ドイツなどにおいて医師が犯した非倫理的な行為」の大半が合法的なものでした。前もって決められ ていた法や命令の内容が非倫理的(非人道的)だったのです。「悪法も法である、遵守すべき」という考えが成り立ちます(これを「悪法問題」と呼んでいます)。「合法的だが、非倫理的な行為」の再発を防止するためにはどうすればよいでしょうか。すなわち、「悪法問題」を解決するためにはどうすればよいで しょうか。WMAは、「医師に非倫理的な行為を求める法には従わないこと」を要求したのです。そして、これが国際的常識になっているのです。
これまでの「医の倫理」は医師・患者間の関係を規定してきました。そこに、「悪法」という第三者の問題が出てきたのです。「医の倫理」が医師・患者・第三 者間の関係を規定する必要がでてきました。それが上記のジュネーブ宣言の第10項の「under even threat(たとえいかなる脅迫があっても)」です。「患者の権利(人権)を侵害する」のは「法」だけではありません。WMAは一般的な記載をしている のです。ジュネーブ宣言の「たとえいかなる脅迫があっても、医学の知識を用いない」は、WMAがつぎに採択した「国際医の倫理綱領」では「A physician shall be dedicated to providing competent medical service in full professional and moral independence, with compassion and respect for human dignity.(専門家としての、そして道徳的に完全な独立性において)」という表現になっています。ジュネーブ宣言の否定文を肯定文に言い換えていま すが、内容は同じことです。なお「with compassion and respect for human dignity」はジュネーブ宣言の第9項の「I will maintain the utmost respect for human life.」に対応しています。

それでは、日本医師会の考え方はどのようになっているでしょうか。そしてどのような影響を日本の医療界に与えているのでしょうか。
日本医師会の「医の倫理」は『医の倫理綱領』および『医師の職業倫理指針』です。記載されている内容は日本医師会の基本理念とその具体的内容です。会員医 師に示すとともに社会に向かって宣言しているのです。そこに示されている日本医師会の考え方はどうでしょうか。『医の倫理綱領』では「法規範の遵守および 法秩序の形成に努める」となっています。『医師の職業倫理指針』では「法律の不備についてその改善を求めることは医師の責務であるが、現行法に違反すれば 処罰を免れないということもあって、医師は現在の司法の考えを熟知しておくことも必要である」となっています。すなわち、日本医師会は「遵法」のみを医師 に要求し、「法への非服従」を医師に求めていないのです。このことは、日本医師会が「悪法問題」を解決していないことを示しています。
「悪法問題」を解決していない日本医師会は、「患者の権利(人権)を侵害する」法に対応ができません。その典型例がハンセン氏病患者の長期隔離政策です。 不必要な隔離(という人権侵害)が長年行われてきましたが、日本医師会はまったく対応しませんでした。日本医師会は今後も同様の問題が起きた時には対応す ることができないでしょう。人権意識が高まった今日、「患者の権利(人権)を侵害する」法に対応できない日本医師会が社会から信用されるはずがありません。日本医師会のこの考え方が医療不信の底流にあるのです。

なぜ、日本医師会はWMAの「医の倫理」を受け入れないのでしょうか。
日本医師会もWMAに参加しています。しかし、日本医師会はWMAの「医の倫理」を受け入れていません。その理由は日本医師会がWMAの「医の倫理」の日 本への導入を法律家に任せているからです。「法への非服従」を求められる職業はおそらく医師だけと言いました。それでは法律家はどうでしょうか。「かれ (法律家)の職務とするところは、たんに現行法を適用することで、現行法そのものが改善の必要がないかどうかを探求することではない」(カント著「永遠の 平和のために」、宇都宮芳明訳、岩波文庫、74ページ)のです。法律家は原理的に、「法への非服従」を含むWMAの「医の倫理」を日本へ導入できないのです。日本医師会はその導入を弁護士である畔柳達雄・参与に任せています。だから、日本医師会はWMAの「医の倫理」を受け入れずにいるのです。

つぎに、弁護士である畔柳達雄・参与がWMAの「医の倫理」をどのように日本へ紹介しているかを見ていきます。
まず、畔柳達雄・参与がWMAの「医の倫理」の日本への紹介の中心人物であることを示します。日本医師会雑誌の平成24年3月号は特集「医師の倫理・資質向上に向けて」を組んでいます。「座談会」につづく最初の論文「医の倫理の変遷‐世界医師会の取り組みから」を書いているのが畔柳達雄・参与です。また、 「WMA 医の倫理マニュアル」のあとがきを書いているのも畔柳達雄・参与です。このマニュアルはWMAが「すべての医学生と医師を対象とした、医の倫理の基礎教材」として作成したWMA Medical Ethics Manual 2005の日本語版(日本医師会発行)です。これから見て氏がWMAの「医の倫理」の日本への導入の中心人物であることは間違いないでしょう。
つぎに、上記「特集」の氏の論文について検討します。もちろんジュネーブ宣言、国際医の倫理綱領について解説しています。しかし、そこにあるのは医師・患 者関係についての解説だけです。最も重要な、「法」を含む第三者との関係についての解説が無いのです。「法」を含む第三者との関係を解説するためには、 「法への非服従」について解説する必要が出てきます。弁護士である氏にはこの重要性が理解できないのでしょう。あるいは、おそらくこの重要性を知りながら 隠しているのでしょう。いずれにしろ畔柳達雄・参与はWMAの「医の倫理」を誤って日本へ紹介していることは間違いありません。
また、上記マニュアルの「あとがき」で、氏は次のように記しています。「この作業の過程(第二草稿の完成過程のこと)で、私は法律家および一読者の立場か ら文章を読み、意訳も加えて多少の手直しをした」。ジュネーブ宣言、国際医の倫理綱領に書かれた、「法」を含む第三者との関係の重要性を理解していない法律家の氏が、「多少の手直し」をしてもらっては困るのです。このマニュアルの元は、WMAが「すべての医学生と医師を対象とした、医の倫理の基礎教材」として作成したWMA Medical Ethics Manual 2005です。その日本語版を勝手に「多少の手直し」をしてもらっては困るのです。氏は「多少の手直し」をした箇所を公表すべきです。

平成24年4月、日本医師会の横倉義武・新会長は所信表明で次のように述べています。「現在の日本医師会に課せられている使命は、国民の健康と生命を守る 強い専門家集団になることであります。そのような思いから十項目にわたる提言をさせていただいておりました。その第一に、『日本医師会の基本理念の明確化と発信』を挙げました。基本理念として私は『日本医師会の綱領』を検討し、組織としての目的、目標、理想を会員のみならず国民の皆様に示したいとおもいます」(日医ニュース、平成24年4月5日、20日合併号)。
日本医師会の「医の倫理」は『医の倫理綱領』と『医師の職業倫理』でできています。日本医師会の基本理念がその中に記載されています。会員医師に示される とともに、社会に公表されているのです。新会長は「医の倫理」の変更を所信として表明されたことになります。日本医師会の「医の倫理」を世界標準に変更することが必要だと思います。変更時の問題点を以下に示します。
第一に、法律家に任せないことです。世界標準から遅れたものになるからです。
第二は、世界標準になっているWMAの「医の倫理」を受け入れることです。まず、「患者の権利(人権)を最優先する」ことを「医の倫理」の第一目的にすることです。それを守るための「個々の医師のあり方」を示すとともに、「患者の権利(人権)より第三者の意向を優先する」医師を処罰するための「自己規制シ ステム」を持つことです。このような「医師集団のあり方」をWMAは「Professional autonomy(医師集団としての自律)」と呼んでいます。なお、日本医師会の示すカタカナの「プロフェッショナル・オートノミー」は「個々の医師のあ り方(医師としての姿勢を自ら律する)」を示しているにすぎません。

WMAの「医の倫理」については、MRIC Vol. 451.「日本医師会は『医師の職業倫理』の抜本改正を;患者の権利を『尊重するだけの医療』から『最優先する医療』へ」(2012.4.2. 掲載)を参照してください。
ご意見などbpcem701@tcct.zaq.ne.jp へ頂ければ幸いです。

(その2/2へつづく)

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