医療ガバナンス学会 (2012年7月19日 16:00)
この原稿は「週刊 医療タイムス 7/16号」<医療改革道場>より転載です。
東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム 社会連携研究部門
上 昌広
2012年7月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
筆者は、この記事を読んで暗澹たる気持ちとなった。この制度が実施されれば、我が国の臨床現場は大きなダメージを受ける。こんな案が厚労省案としてまとま るくらいだから、政務三役は機能していない。おそらく、民主党のほうも根回しは済んでいるだろうと思ったが、とりあえず知り合いの国会議員に連絡してみ た。ところが、その返事は「初耳です」だった。この話、今からでも巻き返せる可能性がある。
ところで、専門医の育成にとって大切なことはなにか。それは現場でこつこつと努力を続けることだ。出来れば仲間と切磋琢磨できる環境が良い。
東大医学部6年の伊藤祐樹君が、過去三年間における各大学の常勤医師一名あたりの臨床論文(Pub Medで”Core Clinical Journal”に分類されているもの)の発表数を調べたことがある。図( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.545.pptx )を見ていただくと明らかだが、臨床研究の実力には大きな 格差がある。京都を中心に西日本の大学のレベルが高い。何れも医師が多い地域だ。現在、我が国の医学を牽引する山中伸弥、中村祐輔、審良静男教授らも、こ の地域の出身だ。言い古された言葉だが量が質に転化している。
この状況は専門研修にも通じるだろう。国家が強制的に偏在を是正すれば、我が国の医療レベルは満遍なく下がる可能性が高い。後期臨床研修の議論に、医師不足や偏在の辻褄合わせを盛り込むべきではない。
官僚が介入すると事態が悪化する可能性すらある。かつて「医療費亡国論」や「医師過剰論」を喧伝し、現在の医療崩壊を作り出したのは厚労官僚だ。彼らが、 医学部定員の削減を閣議決定してしまったから、撤回のための政治的コストが高くなった。ところが、厚労官僚は責任をとらず、頬被りだ。最近は医師の強制配 置を提言している。彼らがすべきは、政策判断の間違いの検証だ。
臨床レベルを上げたければ官僚に頼ってはだめだ。国家権力のもと、一致団結してもろくなことはない。ソ連や東欧を思い出せばいい。20世紀の歴史は統制の非合理性を証明している。
医療の進歩に必要なのは医療現場での努力の継続だ。自由な競争環境があれば、成長は加速する。一方、医師の暴走を防ぐため、情報公開を徹底し、ピアレビューの強化やメディアによる批判を可能にすることも重要だ。
医系技官の議論を聞いていると歴史観のなさを痛感する。あまりに低レベルだ。彼らは、大学時代、国家試験のための詰め込み教育だけを受けてきたのだろうか。彼らの言動を見聞きするに、医学部教育の抜本的な見直しが必要だと痛感する。