最新記事一覧

Vol.546 医療ミスの刑事事件化進む?検察審査会問題

医療ガバナンス学会 (2012年7月20日 06:00)


■ 関連タグ

- 「異状死体届出→強制起訴」への懸念

この原稿は「キャリアブレインニュース」より転載です。

加治・木村法律事務所 弁護士、医師
大磯 義一郎
2012年7月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


現場の実情とは違う物差しで医療が裁かれ、医療者にとって納得できない判決が下されてしまう-。こうしたことが、現実に起こっており、司法に対する医療者 の不信が増大してしまっているのが現状と言えます。たとえ訴訟で勝てなくても、納得のいく判決なのであれば、医療者も不満はないはずなのですが、それもか なわないケースも、残念ながら存在してしまっています。
日本には、医療ミスが刑事事件化しやすいさまざまな要因があります。その一つとして、かねてから懸念されていたように、検察審査会が、医療と司法の関係に大きな影響を及ぼしかねない議決を行いました。社会全体で議論すべき内容だと考え、現状と、問題点をまとめます。

■「医療ミスで不起訴不当 さいたま検察審査会」
「埼玉県和光市の病院で2007年、医療ミスにより当時40代の女性患者に低酸素脳症の障害を負わせたとして業務上過失傷害容疑で書類送検された男性院長 (40)を不起訴とした、さいたま地検の処分について、さいたま第2検察審査会は26日までに不起訴不当と議決した」(平成24年6月27日共同通信社)

2009年に検察審査会法が改正された時から懸念されていたことが、遂に現実のものとなりつつあります。事案の詳細はわかりませんので、内容については言 及しません。医師法21条(異状死体等届出義務)の改正がなされていない現在、検察審査会の判断の如何が医療訴訟を大きく左右し、医療関連死が続々と刑事 事件化されていく恐れがあることに強い懸念を示します。
※医師法21条:医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。

■検察審査会とは
日本では、検察官のみが起訴できるという起訴独占主義が採られており、刑事事件として訴追するか否かは検察の専権事項でした。しかし、すべての事件につい て、検察のみに起訴権限を独占させてしまうと、検察内部の不祥事など身内の事件について、不当に不起訴処分がなされる恐れがあることなどから、検察が不起 訴処分とした事件について、被害者などが請求した場合には、無作為に選出された国民で構成される検察審査会において、不起訴が適切だったかどうかを審査す ることとなっています。

旧来の検察審査会法では、検察審査会において不起訴が不当であるとされても、検察はその意見に拘束されず、あくまで検察に再考を促す勧告的意義しかありま せんでした。そのため、旧法時に不起訴不当や起訴相当とされた事案はそれぞれ1万5092件と2334件ありましたが、当初の不起訴処分がひっくり返って 起訴処分となったのは1408件(8.1%)しかありませんでした。

ところが、司法制度改革により、国民の声を裁判に反映させるべきという観点から、裁判員制度が開始されるとともに、この検察審査会法も改正され、2009 年5月から検察審査会において、2度起訴相当(3分の2以上の賛成が必要)と判断された場合には、検察の意向にかかわらず、起訴されることとなりました (強制起訴)。

■医療への影響は改正当初より懸念
検察審査会のメンバーは、無作為に選出された国民です。当然、ほとんどの場合、法律にも、医療にも素人です。法的知識については、審査補助員として弁護士 が付きますが、それでも、国民にとって不慣れな作業であることに変わりはありません。痴情のもつれで殺人が起きた場合など、一般市民にもイメージしやすい 事案ならまだしも、医療事件のような、そもそもの場面が具体的にイメージできない事案においては、この二重の非専門性の壁は、誤った判断を誘発しやすいと 言えます。

もう一つの問題は、医療に過失致死傷罪のような過失犯を適用することです。業務上過失致死傷罪の要件は、(1)過失、(2)死傷という結果、(3)(1) の過失がなければ死傷することはなかったという因果関係です。しかし、人が死亡する場所はほとんどが病院です。2007年の人口動態調査では、死亡総数 110万8334人中、87万9692人(79.4%)が病院での死亡でした。すなわち医療現場とは、業務上過失致死傷罪の要件のうち、(2)死傷という 事態がごく日常的に頻発しているという、他にはない特徴があるのです。

医療現場において(1)過失というのは、医療水準に満たない医療行為とされ、非常に評価的・抽象的です。通常、患者が死亡した後に振り返って、「あのとき こうしていれば良かった」と言えることは複数あるのが当然です。それを、現状を知らない医療の非専門家が死という結果に引きずられて、「よりよい対処法が 存在した以上、医療水準に満たない」と評価すれば、業務上過失致死傷罪は成立してしまいます。

検察官は法律のプロですから、法律については、高度な専門性を有しますし、ほとんどの検察官は、まじめで優秀です。しかし、高度専門化社会である現在、残 念ながら医療のプロではない検察官は、同じく高度な専門性を必要とする医療については、素人です。こうした背景で福島大野病院事件や杏林大学割箸事件のよ うな事件が生じたことは記憶に新しいと思います。

医療をこれほどまでに刑事事件化している国は、世界の歴史上、今の日本だけです。改正検察審査会法により、二重に非専門家である検察審査会が、死という結 果に引きずられた結果、医療の特性を無視し、世界史上異常ともいえる医療への厳罰化が加速するのではないかということは、法改正当初から懸念されていまし た。

■今回は不起訴不当ではあったが
強制起訴となるためには、検察審査会で2回続けて起訴相当(3分の2以上の賛成が必要)となることが必要であり、今回は、不起訴不当(過半数の賛成で足 る)にとどまったため、強制起訴への階段は上っておりませんが、医師法21条の改正が未だになされていない現状では、「異状死体届出⇒検察審査会による強 制起訴」という、医療関連死が刑事事件化に直結する道が制度的に存在してしまうことは、大きな問題です。

福島大野病院事件や杏林大学割箸事件のような事件が繰り返され、医療不信が生まれ、「医療崩壊」が生じたにもかかわらず、一部の者の利益のために、医療事 故調のような様々な批判を浴びている制度と引き換えとして、未だ何らの手だてもされていないことは看過しがたい問題です。医療が完全に破たんする前に、早 急に真摯な議論が行われることを切に望みます。

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらにメールをお願いします。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ