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臨時 vol 189 「メディアは医療を殺すのか、それとも生かすのか??」

医療ガバナンス学会 (2008年12月9日 12:19)


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医療とメディアの新しい関係

日本対がん協会 がん対策のための戦略研究推進室 室長補佐
成松宏人
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●医療とメディアの関係について再考してみましょう

最近でこそ、いろいろなメディアで「医療崩壊」について取り上げられるよう
になり、勤務医の過酷な実態などが報道されるようになりました。しかし、つい
最近までは、メディア報道の多くは「医療不信」に関するもので医師がたたかれ
る場面も多くありました。もちろん、医療者側にも問題があったのでしょうし、
本稿の目的でないのでこのことについてこれ以上議論することはしませんが、医
師医療者にとってメディアとの距離が広がった時期であったことは否めません。
筆者自身も長く臨床現場で働いていましたが、「(うまくはいいあらわせないけ
ど)なんか違うな」というような漠然とした違和感を抱いていたことを覚えてい
ます。

このような、いきさつがあったからか、学会などで医療とメディアの関係を科
学的に議論する機会は、筆者の知る限りほとんどありませんでした。ところが、
最近、筆者らが医療とメディアに関して議論したボルテゾミブの事例研究が
Journal of Clinical Oncology誌(電子版)に、そして、ほぼ同時期にJournal
of the National Cancer Institute(JNCI)誌にがん医療に対するメディアの影響
と題したSharma氏による論説がそれぞれ掲載されました。両誌とも世界のがん研
究者に最も読まれている学術雑誌です。これは、世界のがん研究者が医療とメディ
アの関係について注目しはじめていることを意味しています。そして、私たちも
そろそろ医療とメディアの関係について考える時期になってきたのだと思います。
そこで、本稿では二つの論文の内容を紹介させていただき、今後の医療とメディ
アの関係について再考してみたいと思います。

●重大な副作用が臨床試験内・外の協力で克服されたボルテゾミブの事例

ボルテゾミブ(商品名:ベルケイドR)は多発性骨髄腫に対する有望な新規薬剤
で、2003年5月に米国FDAに承認されました。日本でも2004年5月より日本にお
ける発売元によって日本における承認を得るために臨床試験が開始されました。
ただ、臨床試験は非常に厳格な参加の基準で限られた施設で行われるため、臨床
試験に参加してボルテゾミブの投与を受けられるのはごくごく少数の患者でした。
臨床試験にエントリーできない、投与を希望する患者に対しては、適切だと考え
られる患者にのみ医師により個人輸入されたボルテゾミブの投与が行われました。

このボルテゾミブ投与後に一部の患者に肺障害が起こること明らかになったの
は2005年10月です。今までの海外の投与の実績からはほとんど報告がなく、日本
人特有の副作用かもしれないと大騒ぎになりました。このことは、まず、個人輸
入でボルテゾミブを投与していた宮腰重三郎医師(虎の門病院)らのグループが
この存在に気づき医薬審査機構(PMDA)や関連学会などに報告したことが発端で
した。この後臨床試験内でも同様な患者が発生していたことが明らかになりまし
た。

ボルテゾミブは日本で市販されたのはこの約14ヶ月後です。この短期間に医療
関係者、PMDA, 製薬会社、輸入代行業者などの連携で、投与の適正化が図られま
した。具体的には、製薬会社によって情報の公表、輸入代行業者による注意喚起
が行われると同時に、医師による自発的報告に加えて関連学会による肺障害に関
する全国調査が行われ、それら結果がインターネット上および学術誌上に速やか
に公開されました。それだけではなく、さらには、この合併症が朝日新聞紙上で
岡崎明子記者によって報道されました。

同時に、MRICや日経バイオテクなどの医療専門のオンラインメディアで報道さ
れました。結果として市販後には肺障害の発症率は激減しています。

この事例では、様々な種類のメディアが早い段階でこの問題を取り上げたこと
がこの問題の解決に大きな役割を果たしました。たとえば新聞一般誌のようなマ
スメディアは、医療者だけでなく、患者・家族がボルテゾミブの副作用を認識す
ることに貢献しました。また、医療専門のオンラインメディアは、対象は医療関
係者に限られますが、大衆メディアが提供する情報よりも、より正確で詳細な情
報を、専門分化した医療界に分野横断的に情報を伝えました。このように、様々
なメディアが既存の学会誌や学術集会を介した情報流通を補完した結果、短期間
の間に肺障害の情報が周知徹底されました。

●もちろんメディアが医療を扱うには欠点もあるーJNCIの論説

メディア報道は必ずしも、好ましい結果ばかりをもたらすわけではありません。
この点について最近のJNCIの論説でSharma氏はトラスツズマブ(商品名:ハーセ
プチンR)やオキサリプラチン(商品名;エルプラットR)などの例を挙げて議論
しています。トラスツズマブは乳がんの新規治療薬です。この登場は新聞やテレ
ビなどのメディアで期待をもってセンセーショナルに取り上げられました。しか
し、これらの大衆メディアはより多くの人々に情報を提供することができる反面、
その情報が不完全、不正確になる可能性があることがいままでの研究で指摘され
ています。実際のオーストラリア・シドニー大学のChapman氏グループによる研
究ではトラスツズマブの効果が実際よりも誇張されて報道されていたこと、また、
報道のほとんどが効果について費やされており、長期の安全性やコストなどの重
要な情報はほとんど取り上げられなかったことを明らかになりました。

さらに、この論説には松村有子医師(東京大学医科学研究所)らの日本におけ
るオキサリプラチンの事例研究についても触れられています。これは、2005年
NHKスペシャルで大腸がんの新規治療薬として取り上げられてから、不自然に医
師のオキサリプラチンの処方が増えた事例です。当時、多くの医師がNHKスペシャ
ルで取り上げられたオキサリプラチンの情報が不完全であることを危惧しました。
実際に、小林一彦医師(臨床医ネット代表 JR東京総合病院)らのグループは、
NHKに意見書を提出し、懸念を表明しました。もし、この番組が医師の実際の処
方に影響を及ぼしたとすれば、メディア報道が実地医療をミスリードした可能性
があるのではないか、上記の論説ではその点が指摘されました。

●これからの医療とメディアは?

このように、メディアが医療自体にも影響するようになった現代では、もう縁
を切ることは不可能でしょう。では、建設的な関係を作るためにはどうすればい
いのでしょか。筆者はまず、メディアの特性を理解することが必要だと考えます。
たとえば、新聞やテレビなどの大衆メディアは多くの人に情報を伝えることがで
きますが、どうしても興味を引くようなセンセーショナルなものになり、情報の
正確性や完全性は二の次になりがちです。このことを理解した上で、医療者は情
報を開示したり発信する必要があります。

最近急速に発展しているオンラインメディアは大衆メディアを補完することが
期待されます。ボルテゾミブの事例で取り上げられたMRICや日経バイオテクなど
のオンラインの業界メディアは、専門分野横断的に大衆メディアよりも正確でか
つ、詳細な情報を発信することが可能です。これらの重要性を認識してうまくつ
きあうことにより、大衆メディア報道の欠点を補完できる可能性があります。

医療とメディアの新しい関係はまだ始まったばかりです。今後も様々な試行錯
誤をつづけていく必要があります。

●今回詳細した研究の詳細は…

筆者らのボルテゾミブの事例研究
Narimatsu H, Hori A, Matsumura T, et al. Cooperative Relationship Between Pharmaceutical Companies, Academia, and Media Explains Sharp Decrease in Frequency of Pulmonary Complications After Bortezomib in Japan. J Clin Oncol. Nov 10 2008.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&dopt=Citation&list_uids=19001340

がん医療とメデイアの論説
Sharma SP. Media’s Influence Extends to Cancer Care. J Natl Cancer Inst. Oct 15 2008;100(20):1424-1426.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&dopt=Citation&list_uids=18840809

略歴:
1999年 名古屋大学医学部医学科卒業
1999-2004年 愛知県厚生農業協同組合連合会 昭和病院 研修医・内科医員
2004年 国家公務員共済組合連合会 虎の門病院 血液内科 受託研修医
2005年 豊橋市民病院 血液内科 医員
2008年 名古屋大学大学院医学系研究科分子細胞内科学(血液・腫瘍内科学)修了
2008年4月より現職

MRIC Global

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