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Vol.568 生きたガレキ~福島県浪江町の牛と会う

医療ガバナンス学会 (2012年8月11日 06:00)


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ハーバード大学リサーチフェロー
大西 睦子
2012年8月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


みなさん、これまでの人生で、どんな絶望感を経験されましたか?その時、何を考えて、どう行動されましたか?諦めましたか、それとも意地でも問題に立ち向かいましたか?
私は、福島第一原発の事故発生後、被ばくした牛を守るために、命がけで戦っている人たちと出会う機会に恵まれました。彼らの経験は決して他人事ではなく、 私たち誰もが抱えたことがある心の葛藤と似ていると思いました。今回ご紹介するお話を通じて、あなたも絶望感から希望に向かって一歩踏み出せるかもしれま せん。

◆2011年3月11日、悲劇の始まり
福島第一原発から北西14キロの警戒区域に、吉沢正巳さんの『希望の牧場』があります。吉沢さんは、ここで約300頭の和牛を飼育しています。
3月11日、東日本大震災があり、翌日12日の早朝に1号機の水素爆発が起こりました。さらに14日、3号機が爆発し、吉沢さんは自宅から白い噴煙を見ました。このときから悲劇は始まったのです。
吉沢さんは、線量がいつもの1000倍に上がっているため、警察官から避難警告を指示されました。牧場に行くことも禁止されました。しかしながら、吉沢さんは牛に餌を与え続けました。
——赤いレッテルをはられた、原発で汚染された浪江の地図をみるたびに、俺は泣き出し、もう駄目と思った。でも、俺は放射能なんかで死なない。牛がいるんだ。

◆福島県人で最初の抗議
吉沢さんは、17日、牧場にある廃車からガソリンを集めて車1台分のガソリンを確保し、東京に向かいました。
『300頭の牛がいる。東電本部で話を聞いてくれ。』といい、泣き出した吉沢さんを、警察官は東電本部に連れて行きました。吉沢さんは、東電の方と会い、 東電の人も泣いてしまいました。警察官に、『おめえの根性はわかる。でも、今は津波で亡くなった人がいっぱいいて、許可証は出せない。』言われました。そ の後、東京に1週間の野宿生活で、抗議活動や街頭募金を続けました。
——情報は自分で集めるべきだ。大事なのは行動だ、議論じゃない。

◆生きたガレキ
4月22日、福島第一原発から半径20キロ圏内が警戒区域に指定されました。吉沢さんは、警戒の手薄な場所から、牧場に餌を運び続けました。4月25日、警戒区域の家畜、所有者同意で殺処分緊急的措置が命じられました。
——出荷できない。商品価値がない、被ばくした牛の意味、何なの、この牛たち、生かす意味は何なんだ?でも、これで俺たちは逆のスイッチが入った。

◆牛たちの第3の生かす道
警察と対立しながら、吉沢さんはなんとか牛の餌をやり続けました。高邑勉前衆議院議員が、相馬の馬、小高の豚、そして牛を見にやってきました。そして、南 相馬市からの立ち入り許可証を発行して頂き、みんなで『生きたガレキ』といわれた牛の価値を必死で議論しました。そこで見いだした意味は、『ここに生き 残った牛は、原発事故に生きた証拠。貴重な科学データを調査できる。』。こうして『希望の牧場プロジェクト』が始まったのです。代表は、そう、吉沢正巳さ んです。
——深い絶望感は人間にとって大切なんだ。俺には意地がある。今、人生最高の場面がきたかもしれない。希望があるんだ。俺は、エネルギーを使って、みんなからエネルギーをもらうんだ。

◆決死救命団結、そして希望へ。
事故発生前の牛約3500頭、豚約3万頭、鶏約44万羽から、過半数は餓死しました。生き残った家畜も、豚と鶏はほぼ殺処分が終了しました。今は、10数件の残った農家の約1000頭の牛が元気に暮らしています。
——俺は最後まで牛をみる。警戒区域から守る。俺は、牛なしで生きていけない。

◆みんなの意識を変えて行く、『実力実行』
現在、吉沢さんの牧場では、ボランティアもいっしょに頑張っています。吉沢さんは、写真展の開催、牧場のライブカメラの設置、ラジオ出演、毎月東京で演説 も始まりました。200人のサポーターもいます。それでも、今年は冬のえさの準備がないままの冬を迎えることになります。
——希望の牧場はいろんな人が集まる場所なんだ。俺の残りの人生、あと20年どうすんの?みんなに、『いかにも吉沢らしい、あいつらしい生き方だ、行動、発言だ。』って、言わせてやるんだ。今、こんな目にあったけど、俺は楽しい。それは『人とつながるから』なんだ。

牛たちは、吉沢さんの大きな優しい手で、深い愛情を受けて育っています。福島は、農業や漁業がさかんで、私たちは彼らの愛情がいっぱいの食材をもとに暮ら してきました。そうした素晴らしい食材は、私たちの健康や幸せを支えてきました。今回の災害で、『生きたガレキ』と言われた牛を守るために戦う吉沢さん の、『絶望感から見つけた希望』、私は、吉沢さんの生命に対する深い愛情から生まれたんだと思います。

悩めるみなさん、牛と吉沢さんに、是非お会いしてみて下さい。何か希望が見つかるかもしれませんよ。そうそう、その時は、軍手と長靴は持参して下さいね。

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