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Vol.588 オバマ大統領はなぜ内視鏡ではなくCTで大腸検査を受けたのか?

医療ガバナンス学会 (2012年9月5日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2012年9月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


日本ではあまり知られていませんが、オバマ大統領は健康診断の際に大腸を内視鏡ではなく、CT(3D-CT内視鏡)でチェックしています。
オバマ大統領の健康診断結果はこちら(http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/rss_viewer/potus_med_exam_feb2010.pdf)から確認できます(これを見ると、オバマ大統領が喫煙者であったことが分かったりもします)。

アメリカでは大腸がんはがんによる死亡原因の2位を占めています。日本でも年間10万人が発症し、特に女性においてはがんの死亡原因のトップです。
とはいっても、大腸がんの多くは成長が遅いため、早期発見すれば90%以上の確率で完治します。内視鏡検査を数年おきに受けていれば、大腸がんによる死亡リスクをほぼゼロにすることができると言っても良いでしょう。
ですが、日本においては、大腸がんの便検診(便潜血検査)を受けている人は、約30%程度です。さらには、検便検査で陽性でも、大腸内視鏡検査や注腸検査などの精密検査(2次検査)を受けている人は60%程度です。
つまり、検便検査を受けて癌の疑いありと診断が出ても、半数近くの人が「痔からの出血だと思うから」「大腸検査がつらいから」などの理由で、精密検査を受けていないのです。
大腸がん検診をきちんと受けている人口の割合が低いというのは、アメリカでも事情は同様です。
以上のような状況の中で、オバマ大統領が大腸検査をしっかり受けるのは当然でしょう。
でも、なぜ、大腸内視鏡検査ではなく、CT内視鏡を受けたのでしょうか?
消費税増税決定後、医療を成長分野に掲げている日本において、この理由をもう一度考え直すのは、非常に有益なことだと私は思うのです。

●大腸内視鏡とCT内視鏡の違い
大腸がんの精密検査において、現在の主流は大腸内視鏡検査です。これは直径11~13ミリ程度の細長い内視鏡を肛門から2メートル近く挿入して、大腸全体を観察する精密な検査です。
大腸内視鏡による検査の動画はこちら(https://www.chugaiigaku.jp/modules/shop/index.php?main_page=product_info&products_id=1097)で確認できます。内視鏡で撮影した実際の大腸内部の様子です(閲覧にご注意ください)。
一方、CT大腸内視鏡は、体の断面図を撮影するCT機器の筒の中に入り、15秒ほどの撮影を2回行う方法です。撮影した画像をワークステーションで分析の上再構築することで、大腸内視鏡検査と同じような画像を作り出します。
3D-CT内視鏡の動画はこちら(http://www.radiologyinfo.org/en/photocat/gallery3.cfm?pid=1&image=vcoloMovie.jpg&pg=ct_colo)から確認できます。こちらはコンピューターグラフィクスによる大腸内部の様子です。
動画を見比べていただけば一目瞭然ですが、CT内視鏡では、色合いが全く再現できません。そのため、ほとんどの消化器病専門医は「CT内視鏡より大腸内視鏡検査の方がより正確に細かいところまで診断できる」とコメントすることでしょう。
でも、それではなぜオバマ大統領が大腸内視鏡検査ではなくCT内視鏡の方を選択したのか説明がつきません。

●検査を受ける側からの立場で考えると優位性は一変する
視点を変えて、医師の側からではなく検査を受ける患者の側から考えてみましょう。
近年の16列以上のCT機器で撮影したCT内視鏡においては、6ミリ以上の大きさの病変の発見率(感度)は90%以上になります。この数値は、現在の大腸内視鏡検査と比べて同等と言っても良い正確性です。
さらには、CT内視鏡においては、穿孔(腸に穴があくこと)などの合併症はゼロです。もちろん、横になって撮影を受けるだけなので、内視鏡がお腹の中を何メートルも進むことによる痛みも全くありません。
鎮静剤投与も必要ないので、10~15分ほどの撮影後、すぐに仕事に行くこともできます。また、他の腹部臓器も同時にすべて撮影するので、腹部動脈瘤や胆石などの診断もできます。
唯一の欠点は、ポリープなどの腫瘍が見つかった場合、組織検査ができないために、大腸内視鏡検査を再度受けなければならない(二度手間になる)ことだけです。
このように考えると、オバマ大統領がCT内視鏡で大腸をチェックする選択をしたのも理由も納得できるのではないでしょうか。

●高度な職人技による高精度検査は今後も成り立つのか?
大腸内視鏡検査で発見できる平坦型(高さが2ミリ未満の)ポリープは、CT内視鏡では半分も発見できません。また、数千件以上の修行を積んだ熟練した医師が行えば、大腸内視鏡検査による穿孔確率はほぼゼロでしょう。
しかし問題は、熟練医師の養成には時間がかかるということです。
「大腸がん検診」として数年に一度でも全国民に行うことを視野に入れた場合、大腸内視鏡検査の普及スピードがCT内視鏡に勝つことは、不可能でしょう。なぜならば、熟練した内視鏡医師の養成には、少なくとも5年かかるからです。
一方、CT内視鏡の、熟練した職人の技術は全く必要ありません。コンピューター制御によるCO2送気で腸を膨らませて、型通りの撮影を行うだけです。
私は大腸内視鏡を行う医師であり、技術には自信があります。ですから、「CT内視鏡は、熟練した医師が行う高精度の大腸内視鏡検査に取って代わるものではない」と断言できます。
でもこれは、かつてソニーの社員がアップルの「iPod」を評して「音質はウォークマンの方が良い」と言っていたのと同じではないのか、という危惧も同時に抱くのです。
確かに、ソニーのウォークマンの方が、音質はiPodより上だったかもしれません。でも、電車や町の雑踏の中などで聞いている限りは、ウォークマンとiPodとの音質の違いを消費者は感じることができなかったのです。

●医療を成長分野とするために必要なのは「世界で勝つ戦略」
オバマ大統領がCT内視鏡の検査を選択したのは、政治的な意図とは決して無関係ではないでしょう。
オバマ大統領が示したのは、現状でベストとされている方法(この場合は大腸内視鏡検査)をあえて否定し、イノベーティブな方法に身を委ねる勇気だと思います。
日本には、世界シェア7割を誇るオリンパスの内視鏡技術や、内視鏡医師たちの世界最高水準の職人技があります。
それに対してアメリカは、それ以上の内視鏡機器を開発したり内視鏡医師を養成したりはしない、全く別の角度で日本の優位性を無効にする戦略を取る、という方針を示したとも考えられるのではないでしょうか。
現状でも、品質にこだわった大腸内視鏡は保険制度の元では採算が成り立たず、保健診療を辞めて自由診療に変更した高名な先生が数多くいらっしゃいます。
これに対して何の手も打たず、手軽で安全で特別な技術も必要なく同等の正確性の検査が施行可能なCT内視鏡が広まれば、世界に誇る日本の大腸内視鏡技術は絶滅寸前にまで追い込まれるでしょう。
医療を成長分野として世界と戦うことを目指すのであれば、品質へのこだわり、職人技術へのこだわりだけではなく、利用者の利便性、普及のしやすさなどを考慮したトータル枠組みを改めて考え直す必要があると思います。

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