最新記事一覧

Vol.590 南相馬市に日産”リーフ”がやってくる

医療ガバナンス学会 (2012年9月10日 06:00)


■ 関連タグ

南相馬市立総合病院・神経内科
小鷹 昌明
2012年9月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


南相馬市立総合病院に、日産”リーフ”がやってくる。
日産自動車の子会社で、レンタカー事業(日産レンタカー)を運営する株式会社日産カー・レンタル・ソリューションから、暫定的に1年間、無償にて、電気自動車”リーフ”をお借りすることになった。その使用目的は、ずばり”往診”である。
当院では、4月から”在宅診療科”が立ち上がったわけだが、訪問診療を行うための公用車がなかった。在宅診療科医師たちは、自身の自家用車を用いて診察に向かっていた。
「事故ったときの保証や保険などで、往診にも公用車が必要だ。でもどうせなら、この街に相応しい新エネルギー車がいいよね」という話しを、いつもしていた。
私は、何とかならないものかと考え、大胆な行動に出た。日産自動車のホーム・ページにアクセスして、「お問い合わせ」欄に以下のメールを書き込んだ。
私が勤務してから、わずか3ヵ月後のことだった。

————————————–
日産自動車株式会社 御中

拝啓

日産自動車工場、およびゴーン氏におかれましては、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。はじめてご連絡をさせていただく失礼の段をお許しください。
私は、福島県南相馬市の「南相馬市立総合病院(金澤幸夫院長)」で神経内科医をしております、小鷹昌明と申します。

当病院は福島県浜通りに建ち、福島第一原発から23 kmの距離にあります。現在機能している病院の中では、原発にもっとも近いところに存在しています。
沿岸部は津波で壊滅的な打撃を受け、市民は放射線汚染を心配して一斉に避難いたしました。このため、特に若い人たちが地元を離れ、介護や福祉の担い手が激減いたしました。
現在、少しずつ住民と医師は戻ってきておりますが、看護師と介護士の復帰がまったく追い付かず、医療、福祉、介護は完全に崩壊してしまいました。
この市立病院に入院したとしても、その後に療養できる施設はまったく足りておらず、多くの患者は県外など遠方の病院に転院するか、在宅に返されるかの選択を迫られ、寝たきりのお年寄りや障害者の多くは、在宅での療養を余儀なくされております。
家族は疲弊し、一部の住民は充分の医療が受けられずに亡くなっております。

このような悲惨な現状を目の当たりして、私たちは有志を募り「在宅診療科」を立ち上げ、通院できない患者に対しては仮設住宅を含めて、往診に回ることにいたしました。既に何件かを訪問し、癌の末期や難病の看取りなども行っております。
しかしながら、病院の財政赤字のために往診する車が手配できず、医師個人の所有する自家用車を使用せざるを得ない現実があります。このような体制の往診医療が、長く続くとは思いません。

津波で破壊された土地は、東芝との提携でソーラーパネルを張り巡らす計画が進められています。この街は、新エネルギーの開発地として生まれ変わる成長戦略を打ち出しております。

単刀直入に申し上げます。
大変厚かましいお願いなのですが、貴社の”リーフ”を1台でもよいので、お譲りいただけないでしょうか。新エネルギーの開発地で電気自動車を走らせながら往診できれば、スタッフを含めた私たちの士気も上がります。車の宣伝効果も絶大だと考えられます。
不躾なことは十分理解しておりますが、無理を承知でお願いに上がりました。よろしくご検討いただけますよう、お願い申し上げます。

敬具

平成24年7月4日

小鷹昌明 ”在宅診療科”スタッフ 一同
————————————–

そうしたところ、すぐに以下のメールが、第1報として届いた。

————————————–
南相馬市立総合病院 小鷹昌明 様

日産自動車”お客さま相談室”の山本(仮名)と申します。
平素より日産自動車をご支援賜り、誠にありがとうございます。先日、表題(”リーフ”のご供与のお願い)の件についてお申し出をいただいておりますが、現在確認しております。回答につきましては、もう少しお時間をいただきたいと存じます。
被災地における医療業務は、われわれには想像できないほどの壮絶な日々を過ごされていらっしゃることと思います。1日も早い復興を願っております。
お申し出の内容につきましては、改めてご連絡いたします。
————————————–

メールを取り合ってくれただけでも、深い感謝である。
やがていただいた結果は、直接電話での回答であった。したがって、紙面での記録は残っていないが、要約すれば、「無償での供与は出来かねるが、中古車なら安値で販売することができるかもしれない」という内容であった。
当たり前である。そんな虫の良い話しがどこにあるであろうか。しばらく迷っていたが、「それでも安値で買えるなら、交渉余地あり」と判断し、次の手を打った。

————————————–
日産自動車株式会社 山本 様

先日は、とてもご丁寧はご返答をいただき、ありがとうございました。お取り計らいいただけたことだけでも、感謝いたしております。
「中古車であれば、低価格でご提供できるのではないか」とのご回答をいただきました。
病院長と相談しましたところ、「商談させていただけないか」とのことでした。今一度、詳しくお話しをさせていただくことは可能でしょうか? よろしくご検討くださいますよう、お願い申し上げます。
————————————–

それに対する日産の反応は、意外なものであった。

————————————–
南相馬市立総合病院 小鷹昌明 先生(このメールから、”先生”という敬称で呼ばれた)

日産自動車の山本でございます。
先日は、突然お電話をしてしまい、申し訳ございませんでした。
良いお知らせができなかったことについて、担当部署共々「非常に残念」と、話していたところでありました。
そんな矢先の小鷹先生からの「ご商談希望」とのお申し出につきましては、本当にありがたいお話しでございます。
つきましては、改めてメールにてご連絡いたしますので、お待ちいただきますようお願い申し上げます。
————————————–

私たちは、首を長くして待った。
3週間程度が経過して、最終的にいただいた結果は、(これまた電話連絡であったが)「日産本社からの提供は、やはり難しい」であった。しかし、「”日産レンタカー”から、できるだけの対応をしていただけることになった」と告げられた。
すぐに、株式会社日産カー・レンタル・ソリューションの岡山(仮名)様からメールをいただいた。

————————————–
南相馬市立総合病院 小鷹昌明 様

突然のメールにて失礼いたします。
私は、”日産レンタカー”ブランドでレンタカー事業を展開している、日産自動車の関係企業”日産カー・レンタル・ソリューション”の岡山と申します。
小鷹様より、日産自動車宛にご相談を受けました電気自動車”リーフ”のご提供について、差し出がましいこととは存じますが、弊社にて何かしらのご協力ができればと思い、ご連絡を差し上げた次第です。
私どもは、全国でレンタカー事業を展開しておりまして、東日本大震災とそれに関係する原発事故において、弊社自身も店舗や車両に甚大な影響を受けましたし、お客様にも大きな被害がありました。
弊社では被災地の復興に対して可能な限りのご協力をしたいと思っておりまして、小鷹様からのご依頼について、弊社として以下のようなご協力ができないかと考えております。

1. 電気自動車”リーフ”の、長期レンタル無償提供1台(まずは1年間を考えております)

2. 電気自動車運用のための、普通充電設備の設置を弊社負担にて実施すること

このような内容で、小鷹様のご要望に沿えるものかどうか、ご検討をいただけないでしょうか。一度お伺いいたしまして、具体的な進め方についてご相談させていただきたいと存じます。
————————————-

嬉しいお返事をいただいた。差し出がましくなんか、まったくない。こちらから我儘なお願いをしたのに、なんて低姿勢な。
私は、感謝の気持ちを伝えた。

————————————–
株式会社日産カー・レンタル・ソリューション 岡山 様

この度のお申し出に関しまして、大変嬉しく、また、とても感謝しております。
この原発被災地におきましては、圧倒的に介護・福祉施設が不足し、その中で在宅にて療養されている患者さんがとても多くおります。私たちは、施設に入所できない患者さんに対しまして、往診での診療を始めました。
医師個人の車で往診しておりますので、「公用車として電気自動車でもあればなぁ」と切望しておりました。そうした矢先での、今回のお願いでございました。
実際のところでは、往診は永続的に行わなければならない状況にありますが、まずは1年間のご契約のこと、もちろん、大変ありがたいことだと思っております。ぜひ、ご検討させていただければと存じます。
————————————–

日産の対応に、私たちは嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しかった。私の医師人生の中で、このようなお願いをしたことがあったであろうか。もちろん初めてである。
この病院に来て驚いたことは、「医療者は、自分のできないことでもすることができて、自分の知らないことでも教えることができる」という、その可能性であった。

街のためにしなければならないことは、”出力過剰”のシステムである。限られた資源と人員との中での、想定以上の運用効果である。
震災後の復興などというものは、皆、経験がない。未経験の中での経験値の積み上げは、視界不良の中で、手探りだろうが、おそるおそるであろうが、試行錯誤をしていくしかない。
日産の太っ腹な決断が、私の医師としての、被災地での外部者としての、想像すべき範囲を広げてくれたような気がした。それは、ひとりの人間として、経験的 にできることをしていくだけでは不十分で、「できないことでも、できるように仕向ける」、そのノウハウであった。人間の発揮できる創意工夫のレベルを、引 き上げていくことの重要性であった。

これから、この街はどのように再生していくのであろうか。
自給自足的な共同体を維持することは、現代日本ではきわめて困難なことである。すでにこの地においては、一次産業では雇用を賄えない。職を求めて若者たちはどんどん都会に出てしまい、村落は限界集落化していく。
だから、起死回生を願う人たちは、しばしば企業を誘致したり、公共事業による「ばらまき」の恩恵を求めたりする。でも、それは朝三暮四の喩え通り、一過性 には潤うが、いくら被災地とはいえ、長期的には「長いものには巻かれる」以外に生き残ることのできない、依存体質の地域を創り出してしまう恐れもある。
そういう因習的なやり方とはまったく違う方向で、過疎とか、高齢化とかからの再生を図らなければならない。困難でも夢のある未来を志向していくのか、先のことなど考えている余裕がないから、安易な道を選択していくのか。私たちは、今、それが問われている。

結局のところ、私のようにひとりで支援に来た人間は、自分のことはとにかく一から十まで己で操るしかなく、やろうとしていることが、市民の啓発であった り、資源の供与システムであったりしたとしても、自分の考えをきちんと把握して、方向性を定めて自己誘導しながら、適宜、軌道修正していくしかない。
この地でやるべきことのひとつは、「真の要求に対して俊敏に反応する機動性」であった。大袈裟かもしれないが、日産の対応は、私にそれを教えてくれた。

日産自動車株式会社に感謝の意を評したくて、”リーフ”が来るまでの経緯を述べさせていただきました。この場をお借りて、関係者一同深く深くお礼を申し上げます。

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ