医療ガバナンス学会 (2008年12月4日 12:24)
4:「医師法」に規定された「応招義務」による勤務医の悲劇;(2)「応招
義務」の強迫性;
現在の「応招義務」は罰則規定のない、訓示規定である。しかしながら勤務医
に対する強迫力は相当に強いものがある。それは以下の理由による。「医師法第
19条第一項の応招義務規定は、不応招から発生した結果の法的責任に関連して
重要性が見いだされるのである。しかも、この法的責任は医療の対象が貴重な人
命、重大な健康である、不応招による結果がその喪失であるだけに、きわめて重
くなりがちであるから、実際上も、医師法第19条第一項が単に倫理規定として
法律上軽視せられるべきものではなく、不応招による診療事故の法的責任の根拠
規定として重大な意味のあることを知らなければならない」(6)からである。
先に「医は仁術」の項で述べたように、「唯己を捨てて人を救わんことを願う
べし」は、医師にとっての最も重要な職業倫理であり、この目標に向かって最大
限の努力が期待されている。もちろん、この努力は他からの強制ではなく、最大
限という限界のある主体的な努力である。多くの医師にとって「習い性」となっ
ている職業倫理であると思われる。この様な「習い性」となっている精神的基盤
の上に、「応招義務」規定の強迫力が加わるとどうなるか。主体的努力の特徴で
ある「最大限という限界」を超えてまでも努力を強いる結果となる。「己を捨て
て」という努力目標においては、最大限の限界を超えるとその結末は過労死であ
る。すなわち、この「応招義務」規定は、医師の主体的努力を強迫的な努力に変
えることによって、すなわち、「唯己を捨てて人を救わんことを願うべし」とい
う最大限を期待される主体的努力を、「唯己を捨てて人を救うべし」という強迫
的努力に変えることにより、過労死の危険因子になり得る。
日本の勤務医(特に緊急医療を担う勤務医)はこの様にして、過労死の危険因
子を抱きながら医療を担っていることになる。ただ、危険因子があってもそれだ
けでは過労死は起こらない。過重労働が加わることによって現実の過労死が起こ
る。次に過重労働の理由を述べる。
5:勤務医過重労働の理由;
第1に、労働者である勤務医が労働基準法によって守られていないことである。
これは医師法と労働基準法を管轄する厚生労働省が見て見ぬふりをしているから
である。放置する理由は、第一に、「医は仁術」の精神的背景と「応招義務」規
定の存在により、勤務医が労働基準法違反の声を上げずらいこと、実際に殆ど声
を上げないこと、第二に、低医療費政策にとっても都合が良いからである。
厚生労働省「医師需給に係る医師の勤務状況調査」(平成18年3月27日現在の
調査状況)によれば、病院などの医療機関の勤務医の1週間当たりの勤務時間は、
平均で63.3時間に及んでいることが示されている。1週間に40時間を超える時間
を時間外労働とする「(いわゆる脳死)認定基準(平成13年12月12日基発第1063
号)」の考え方に基づけば1カ月当たり約100時間の時間外労働に相当することに
なり、「業務と過労死との関連性が強い」とされる長時間の時間外労働の下で勤
務をしていることになる(次に示す「申し入れ」より;著者一部改変)。これを
受けて、「過労死弁護団全国連絡会議」は枡添要一厚生労働大臣に申し入れを行っ
た(2007年11月14日付け)。労働基準法を順守する視点から以下の4点が特に重
要であるとした。1;医師の労働時間の適正は把握、2;「36協定」の適正な内
容による届け出、3;「サービス残業」の是正、4;宿日直勤務の許可(労基法
第41条)の適正な運用、である。(労働基準法の問題点については、江原朗氏の
ホームページ記載の「研修医のためのやさしい労働基準法」に詳しく解説されて
いる。)
当事者である勤務医からの声が上がらない、あるいは上がっても小さいもので
あれば、この申し入れに対しても厚生労働省は見て見ぬふりをするのだろう。
第2に、需要・供給量の決定のされ方が、医業と他の独占企業とで異なるから
である。他の独占企業では、そのサービス量は主体的な努力により決まってくる。
限界を超えた需要の増大は、消費者の不便となって現れる。例えば、夏場の電力
供給制限と停電、渇水期の上水道供給制限と断水、などである。このように消費
者の不便がある種のフィードバックとなる。一方、医業におけるサービス量は、
「応招義務」規定を介して、患者からの需要量により強制的に定まる。「皆保険
制度」により患者の需要は量的には無限増大傾向にあり、質的には「コンビニ受
診(本来救急患者でないものも救急患者扱いを強いる)(後述)」の日常化であ
る。その為、特に緊急医療を担う勤務医の過重労働に歯止めがかからない。
第3に、「応招義務」を回避する医師の増加である。例えば、オフィス開業に
よる診療時間内のみの開業医、「応招義務」が生じない「専門」分野での医業
(「美容整形専門病院」や「透析専門病院」などが相当するか)などである。総
医師数が変わらなければ、必然的に「緊急医療」に携わる勤務医が減少し、しわ
寄せが起こる。
上記を主たる理由として、勤務医、特に緊急医療に携わる勤務医に、歯止めの
かからない過重労働が起こっている。その結果は勤務医の過労死の増加であり、
医療ミスの増加である。その前に、過労死・医療ミスの危険を感じての勤務医の
病院からの立ち去り、すなわち、「医療崩壊」である。
6:勤務医過重労働の過去・現在と喫緊の課題;
「病院運営を経営といった面よりみると、現行の社会保険診療機構の中には拡
大再生産の余裕を見込んでいないために、病院経営は苦しいところが大部分であ
る。とくに自治体病院はその大半が赤字運営であることはいまや周知の事実であ
る。ところが、赤字問題の本質を究明し医療制度の抜本改正を図るというより、
その営利性をより強化することによって切り抜けようとする」。 「しかも
その赤字も医療法に定められた科学的診療に必要な最小限の基準を心ならずも無
視しての結果である。”心ならずも”といったのは、病院経営者の側では医師・
看護婦などの充足を軽視しているわけではないが、いまの実情では採用したくて
も就職希望者がいないのでどうにもならない状況を示している。(中略)国・自
治体の病院さえも違法行為の上にやっと運営されている状況がはっきりさせられ
ている。(中略)医療においても、従事者の犠牲と安全性の軽視によってのみ、
はじめて運営されているということである」。
この文章は、1971年(昭和46年)発行の、川上武著「医療と人権;医療の新た
な課題」(p.192-193)に述べられているものである。「拡大再生産の余裕を見
込んでいない(低医療費政策のもと;筆者追加)、病院経営は従事者の犠牲と安
全性の軽視によってのみ、はじめて運営される」という基本的な構造は、40年近
くたった現在もまったく同じである。
「21世紀に登場した小泉内閣の新自由主義国家観ないし経済政策により、2
0世紀中葉の連合国占領下の民主主義改革によってもたらされた『平等社会』は
崩壊し、著しい『格差社会』が現出した。この『格差』は医療福祉分野において
も然りである。つまり医療費や介護保険料の値上げにより国民の大多数は負担の
増加に苦しみ、『貧乏人も金持ちも等しく良質な医療を受けられるシステムの構
築』というGHQ公衆衛生福祉局長クロフォード・F・サムス准将の改革理念とは正
反対の状況になっている。(中略)これらの問題(地域格差、無医村の存在、産
婦人科医や助産師不足の問題、医療費の増大をどう抑制するかなどの問題など;
著者一部改変)を解決するためには、戦前の劣悪な公衆衛生福祉状態を革命的に
改革し、戦後の民主的医療福祉システムを構築した諸政策を再検討してみること
が喫緊の課題となろう」(3, 訳者「新版の出版に寄せて」より)。
まさに、「戦後の民主的医療福祉システムを構築した諸政策を再検討」し、
必要なら法律改正もする必要があろう。
昭和23年7月30日、医師の資格基準を規定した医師法(法律201号)、病院基準
を規定した医療法(法律205号)が国会を通過した。これら2法の制定に加え、占
領期のもろもろの医療改革により世界一の長寿国・健康長寿国になった。医師法
の立法主旨は、「国民の生活と健康に危険のある行為を禁止すること」にあり、
違法行為の取り締まりを目的とする意味合いの強い法律である。医師以外の医業
を禁止するとともに、医師の業務も義務付けられており、ともに、罰則規定が設
けられている。第19条、いわゆる「応招義務」規定には罰則がなく、訓示規定で
ある。しかし、その存在が現在の「医療崩壊」と呼ばれる医療危機をもたらして
いる。この規定を再検討することが喫緊の課題であろう。
なお、第21条、異状死体を検案した時の、警察への届け出義務も同様に罰則の
ない訓示規定である。敗戦直後に規定された第21条についても同じく、再検討す
ることが喫緊の課題であろう。
7:「応招義務」規定の見直し私案;
第1;「応招義務」規定を「医師法」から「医療法」へ移動する。「応招義務」
規定の対象となる医師が開業医から勤務医に変わったからである。したがって、
独占企業に相当するのは緊急医療を担う病院となり、病院基準を定める「医療法」
において規定するのが妥当である。病院管理者に対して、勤務医をして緊急医療
業務を行わせるよう規定する。医師一般への応招義務は、医師の「職業倫理」
(「医は仁術」)に委ねる。
第2;勤務医の過重労働は医療ミスにつながる。すなわち医療安全の脅威とな
る。「医療の安全」については、平成18年に「医療法」に条項が追加された。
「医療の安全」の条項に、病院管理者に対する、勤務医の過重労働防止義務を追
加する。この様にして初めて、航空会社のパイロットと同様に、勤務医が過重労
働から守られることになる。「パイロットの場合、乗務に関わる時間は月85時間
と決められているという。また長時間の連続勤務をしないこと、勤務後の適切な
休養が与えられなければならないこと、が会社の運航規定で定められている」(7)。
第3;上記が実行されると、「医療崩壊」、特に公立病院の崩壊が進む可能性
があるが、これは一時的なものである。病院崩壊が進むと独占企業の姿が現われ
てくる。すなわち、病院崩壊は、電力会社の停電、水道会社の断水と同様である。
困るのは消費者である。電気や水道の使用を出来るだけ控え、ある程度の電気代
・水道代の値上げはやむを得ないと考え、設備投資が行われ、増加した需要を賄
うようになる。これが資本主義社会における需要と供給の本来の姿である。現在
では、消費者である患者が「医療は無限のもの、医師の過重労働は当たり前」と
考え、医師の過重労働から「医療崩壊」が引き起こされているのである。このま
までは無限に続く。患者にとっても医師にとっても不幸なことである。
現在の医療崩壊の根源は「応招義務」規定が「医師法」にあるからである。一
刻も早く「医療法」に移す必要がある。
8:「コンビニ受診」への対応;
Wikipediaでは「一般的に外来診療をしていない休日や夜間の時間帯に、救急
外来を受診される緊急性のない軽症患者の行動のこと」とされている。「大丈夫
だと思うけど、病院は24時間やってるし、安心のために」と夜間受診する人は少
なくない。また「昼間は仕事で行けないから」と時間外に受診する人もいる。こ
の様な患者心理も理解できるし、「応招義務」規定を考えるとこの様な患者を断
るわけにもいかない。その結果は、当直医師の過重労働と救急外来の診療体制の
崩壊である。
新聞報道(毎日新聞「時間外救急;軽症者から8400円特別徴収;埼玉医大計画」
(2007年11月11日)、毎日新聞「時間外料金、全額自己負担へ;「緊急性ない患
者抑制;福島県立医大」(2008年4月4日))によると、埼玉医大や福島県立医大
では、軽症救急患者の急増に歯止めをかけるために、軽症患者には時間外料金の
全額自己負担を考えているという。厚生労働省は、時間外診療について、病院の
裁量によって健康保険を適用せず、特別料金を上乗せできる制度を設けており、
地元の社会保険事務局に届け出れば実施できることになっている。しかし、「特
別料金を徴収できる制度は、時間外受診の希望や保険で決められた回数以上の検
査など患者の多様なニーズにこたえるためのもの。受診抑制を目的とされると趣
旨に合うか微妙だ」と云う厚生労働省保険局の談話を載せている。
この対応を、他の独占企業と比べてみると問題点が明らかになる。電力会社が
停電を起こさないようにするため、節電を呼び掛けるとともに、需要増加に必要
な発電量を維持するためには発電量をあげるための設備投資を行う。それに必要
な資金は電力料金の値上げで賄う。水道会社が断水を起さないようにするため、
節水を呼び掛けるとともに、需要増加に必要な上水道量を維持するためには給水
量を上げるための設備投資を行う。それに必要な資金は水道料金の値上げで賄う。
医療機関は軽症患者を含む救急医療体制が成り立つようにするため、軽症患者の
時間外受診を減らすよう呼び掛けるとともに、軽症救急患者の急増という需要増
加に対応できる医療体制のための設備投資を行う必要がある。それに必要な資金
を医療費の値上げで賄う必要がある。
厚生労働省が決めている特別料金制度の趣旨から考えると、軽症患者の時間外
受診希望というニーズにこたえるためには、その需要増加に対応できる医療体制
のための設備投資に必要な資金(勿論、人件費を含む)を、保険診療の診察料と
は別枠で、特別料金として徴収する方法を考えることが正道と思われる。しかし、
臨床現場では軽症・重症の線引きが非常に困難である。医者・患者間のトラブル
に繋がる。また、軽症患者の時間外受診が常態化することを考えると、この常態
化に対して”特別”料金という考えではやって行けないであろう。したがって、
増加する時間外診療を成立させるためには、それに見合った設備投資に必要な資
金(勿論、時間外労働のための人件費を含む)が保険診療で賄えるように、時間
外料金を設定しなおす必要がある。
なお、新聞報道では、「従来は健康保険から徴収していた時間外料金を全額自
己負担に変え、受診者数を抑える狙い」となっている。事実とすると、病院への
収入は全く増えず、医者・患者間のトラブルの増加が考えられる。その結果は、
勤務医を増やすこともできず、しかもトラブル対応で勤務医のますますの過重労
働となる。病院管理者が勤務医の過重労働を減らすための善意の行動かもしれな
いが、その結果は勤務医のさらなる過重労働となる対策である。
現在の構造では、善意の病院管理者の行為もが、勤務医の過重労働となるので
ある。「医師法」に規定された「応招義務」が諸悪の根源である。この規定を
「医療法」に移すことが喫緊の課題である。
文献;
(1)医療崩壊;『立ち去り型サボタージュ』とは何か」小松秀樹著、朝日新
聞社、2006。
(2)「『医療崩壊』と職業倫理;医者にとってのインフォームド・コンセント」
平岡 諦著、(印刷中)
(3) 「GHQサムス准将の改革;戦後日本の医療福祉政策の原点」C.F.サムス著、竹前栄治編訳、桐書房、2007。
(4) 「医師の職業倫理指針」日本医師会制定、平成16年2月。
(5) 「医の倫理;ミニ時典」日本医師会発行、2006, p.54。
(6) 「医家のための診療事故紛争のはなし」高田利広著、メジカルビュー社、昭和46年、p.131。
(7) 「研修医はなぜ死んだ?」塚田真紀子著、日本評論社、2002、p.104。