医療ガバナンス学会 (2012年10月24日 18:00)
医療事故調&産科無過失補償
*このシンポジウムの聴講をご希望の場合は事前申し込みが必要です。
2012年10月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
セッション2: 11月10日(土)13:45~14:45
大磯 義一郎
小島 崇宏
井上 清成
会場:東京大学医科学研究所 大講堂
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医療事故調と産科無過失補償
大磯 義一郎
1999年に起きた都立広尾病院事件、横浜市立患者取違え事件、杏林大学割箸事件を契機に、メディアによる医療バッシングが苛烈を極めると同時に、医療現 場への司法介入が加速度的に進みました。民事医療訴訟は5年で倍増し、医療者にとって、訴訟は身近なリスクとなりました。特筆すべきは、世界的に類を見な いほど刑事司法が医療現場に介入したことです。そして、福島大野病院事件における医師逮捕・勾留を契機に我が国の産科医療は崩壊の危機に瀕しました。
このままでは、司法により我が国の医療は壊滅してしまうという危機感から、2007年10月に、いわゆる厚生労働省医療事故調第二次試案は作成されまし た。当時の医療者は、医師法21条の解釈が広尾病院事件により診療関連死も含むよう変更され、日常的に警察が病院に土足で踏み込む日々に怯えきっており、 何を犠牲にしても刑事司法の介入を免れたいという一心でした。
このような情勢の中で生まれた第二次試案は、皆さんもご存じのとおり、医療者の人権を全く無視した現代国家では考えられない内容であり、そのあまりの惨た らしさに、人権侵害の対象となる現場で働いている医療者を中心に大反対運動が起こり、医療事故調の議論は中断に追い込まれました。
一方、事故調論議の裏で、特に司法によるダメージの大きかった産科において、2009年に重度脳性麻痺児に対するいわゆる無過失補償制度である産科医療補 償制度が導入されました。近年、過度な医療訴訟は医療現場を破壊するという現実を踏まえ、世界的な潮流として、適切な無過失補償制度が創設されています。
ところが、産科補償制度も事故調と同様な生い立ちから作られたため、制度創設から4年目となり見直しが検討されている現在、さまざまな問題点が浮かび上がっています。
医療事故調も、モデル事業の予算削減の検討が契機となり、本年2月より再度厚労省内に検討部会がつくられました。
仕切り直しともいえる現在、総論賛成各論反対といわれる両制度の問題点を医療者の人権保護の観点から徹底議論したいと思います。
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医療事故調査委員会に求められるもの
小島 崇宏
医療事故調査委員会(以下「医療事故調」という。)設置の目的は、厚生労働省の大綱案によると「医療事故死等の原因を究明するための調査を適格に行い」、 「医療の安全の確保のため講ずべき措置について勧告等を行う」ことで、医療事故の防止に資することとされている。しかし、実際の医療現場で切望されている ことは、大野病院事件を教訓とし、通常の診療行為に対し刑事責任を問われることなく医療従事者が安心して診療行為を行えるということ、及び、裁判官という 医療の素人により医療行為の過失の判断がなされるという民事裁判から解き放たれ、医療従事者が裁判という無用な負担を強いられず診療行為に集中できるとい うことではないだろうか。また、これらを実現することは、結局、国民全体がより良い医療を享受できることに繋がるのである。もちろん、医療事故の原因を究 明し、医療事故の防止を実現するということも、医療事故の多くがシステムエラーによって生じていることなどから考えても重要なことであるし、医療事故調に ついての厚生労働省の大綱案においても、医師法21条との関係も含め警察への通知に対し謙抑的な立場をとることが明記されてはいる。しかし、制度において 目的は根本的なものであり、医療事故調の目的に、医療現場からの視点をしっかりと取り入れておく必要があると考える。いずれにせよ、様々な立場の者が意見 を交わしあい、より良き医療事故調の実現を切に願う。
もっとも、我が国の政治情勢や、国家の財政状況、医師不足などの現状に鑑みると、理想的な医療事故調の実現には、相当な困難があることが予想される。まず は、医師法21条の改正や医師による鑑定制度を拡充させることで現行の医療訴訟やADRの改善を図るなどといった、各論からの積み上げ作業を着実に行うべ きである。
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法律を改正して医療に合わせるには
井上 清成
医療と法律の間にはズレがある。多くの法律家は法律に医療を合わせるべきだと言うか何も言わないかだが、私は法律を改正して医療に合わせるべきだと思う。ズレた法律の下では、医師への恒常的な人権侵害を防げない。
医療と法律のズレの代表例は、医療事故を巡る刑法(業務上過失致死傷罪)・民法(損害賠償)・医師法(行政処分)での取り扱いである。ところで、裁判に は、事実認定と法律判断の2つの側面があるが、ズレの大きいのは多くは事実認定よりも、むしろ法律判断であると思う。その法律判断のズレの原因は、個々の 裁判官の法律解釈の誤りよりも、もともとの法律自体にある。
つまり、法律を改正しない限り、抜本的なズレの解消は望めない。
医療事故調の議論で大切なことは、「どうすれば副作用を少なく抑えながら、刑法・民法・医師法を改正することができるであろうか?」につき知恵を絞ることである。
かつての第三次試案・大綱案などの厚労省案の最大の問題点は、医師法21条改正だけに皆の眼をそらしつつ、刑法と民法には全く手を触れずに維持させて、し かも行政処分を増大しようと目論んで、中立的第三者機関たる医療安全調査委員会を創設しようとしたことにあった。現在の各医療団体の提案も結果もほぼ同様 のものが多い。
多くは、医療事故調で「事実認定のみ」を死因「究明」の名の下で事実上確定させてしまおうとしたり、「事実認定+医学的評価」で事実上、法律判断にも影響 を与えようと目論んでいる。その願望を否定するものではないが、実際上これでは副作用が多いし大きい。少なくとも、医師の人権への侵害の恐れを高めてい る。つまり、中立的第三者機関を創設することで、意図せざる結果ではあるが、医療界自らが医師の人権侵害への道を拓いてしまいかねない。さらに悲惨なの は、医師への人権侵害という副作用を甘受したにもかかわらず、刑法も民法も変えられないばかりか、医師法21条改正の副作用として、むしろ行政処分の増大 への道を拓いてしまう。
では、どうすればよいのであろうか?