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Vol.625 「医療事故調査」を含む自浄システムを持つのが、あるべき日本医師会の姿

医療ガバナンス学会 (2012年10月25日 06:00)


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健保連 大阪中央病院
顧問 平岡 諦
2012年10月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●日本医学会の主体性(自律性)の無さが「医療事故調」迷走の原因
平成16年(2004年9月30日)、日本医学会基本領域19学会は共同声明「診療行為に関連した患者死亡の届出について~中立的専門機関の創設に向け て~」を出しました。その背景には、都立広尾病院事件(1999年)の最高裁判決(2004年4月)があります。「異状死体を検案した医師は24時間以内 に警察に届けなければならない」とする医師法21条違反で病院長が有罪となりました。医療ミスによる兆候があったにもかかわらず、それを隠ぺいして警察に 届けなかったからです。この最高裁判決によって治療関連死も異状死に含まれ得ることが法的に確定しました。その後、異状死届け出に関する議論が巻き起こり ました。
厚労省は共同声明に答える形で「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を開始し(2005年8月)、2010年2月には日本医学会はこの事業の継続とモデル事業を原型とする中立的第三者機関の制度化を厚生労働省に要望しています。
モデル事業が開始された翌年、福島県立大野病院事件(2006年2月)がおこりました。まれな妊娠合併症で手術中に妊婦を死亡させたとして産科医が逮捕さ れました。産科医だけでなく医療界全体を震撼させました。その後、まれな手術・治療合併症で死亡した場合に警察に届け出るケースが増加しました。
厚労省は2007年3月から「診療行為に関連した死亡に係る死因究明等の在り方に関する検討会」を立ち上げ、試案を数度にわたってまとめました。日本医師 会などは賛同しましたが、現場医師たちの強い反発にあい頓挫しました。現在も「医療事故に係る調査の仕組み等の在り方に関する検討部会」(2012年2月 立ち上げ)で検討されていますが、いまだに、医療界の一致を得ていません。

以上の経過をまとめると次のようになります。
日本医学会は厚生労働省に「中立的第三者機関の制度化」を要望しました。厚生労働省はモデル事業を行いつつ試案を出しましたが医療現場の強い反発により頓挫しました。現在は患者側・医療側の双方に都合のよい制度を考えようとしています。
ところで、強い医療不信が存在する現在、「中立的第三者機関の制度化」が可能でしょうか。答えはノーです。なぜなら、医療側は「刑事訴追の無い制度」を望 みますが、患者側はそれでは満足しないからです。医療不信の存在下では「中立的な制度」はあり得ないのです。問題解決には「中立的第三者機関の制度化」よ りも前に「医療不信を払しょくするための制度」が必要なのです。それがつぎに述べる「日本医師会の在るべき姿」です。日本医学会は主体性(自律性)なく厚 労省に頼るのではなく、自律した日本医師会の制度化を図るべきなのです。「医療事故調」問題の迷走は、日本医学会のこの主体性(自律性)の無さに原因があ るのです。

●日本医師会のあるべき姿
日本医師会はその中に日本医学会を置き、「医道の高揚」を設立第一目的に掲げています。これを素直に読むと「日本医師会の第一目的は医学・医療の暴走を医 療倫理でコントロールする」ことになります。現在の日本医師会がその目的を果たしているでしょうか。果たしていないために医療不信と医療危機をもたらして いるのです。以下に日本医師会の本来の姿を示します。

1:「患者第一;To put the patient first」、すなわち「患者の意向=自己決定=人権を最優先する」ことの宣言。
現在の日本医師会は「患者の人権を尊重する」と宣言しています。これでは「患者の人権を尊重する、が時には他の意向を優先する」ことになります。そして医 師が「他の意向を優先」させては「患者の人権侵害」を起こしてきました。たとえば、「国の意向」を優先させてハンセン病患者の長期隔離政策に加担した専門 医師たち、「研究者としての意向」を優先させたと思われる「和田心臓移植事件」の和田壽郎医師や「薬害エイズ事件」の安部英医師、そして、「学会の意向」 を優先させて「患者への人権侵害」として訴えられている「修復腎移植事件」の移植学会の幹部医師たち、などです。日本医師会は自浄システムを持たないため これらの「患者の人権侵害」を起こした医師たちに対して何ら対応をとりません。その結果が医療不信です。人権意識の高まった現在、「患者の人権を尊重す る」だけの日本医師会が患者・社会から信用されるはずがありません。日本医師会の医療倫理とそのあり方が医療不信、医療危機の元凶となっているのです。
そもそも日本医師会の医療倫理がこのようになった理由は、「国の意向」を優先させた「満州における石井部隊(731部隊)の人体実験」に対する反省が無 かったからです。日本医学会はこの事実を何度も何度も社会に公表する必要があります。そして、日本医師会は「患者の人権を最優先する」ことを宣言すること です。
2:強制加入と加入時の宣誓。
日本医師会が医学・医療の暴走をコントロールするためには、日本医学会(の分科会)に加入する会員を全員、日本医師会に強制加入させることです。加入時には日本医師会の医療倫理の遵守を宣誓させます。
会員は日本医学会(の分科会)に対して年会費を納めています。その一部を日本医師会の運営費に充てます。自身の暴走をコントロールしてもらえるわけですか ら、年会費の一部を日本医師会の運営費に充てることは妥当なことです。これにより現在の日本医師会とは全く異なる組織となります。現在の日本医師会の大部 分は医師政治集団として切り離し、別組織にすれば済みます。
3:「患者の人権侵害」を判断基準とする自浄システムの構築。
いくら宣誓をしても、医療倫理に反する会員は現れるものです。彼らに対する自浄システムを日本医師会内に構築することが必要です。判断基準の中心は「患者の人権侵害」があるか否かです。
医師側(主治医、あるいは病院)の説明に納得できず、「患者の人権侵害」があると疑っている患者側からのクレームの窓口となり、「患者の人権侵害」の有無について判断することになります。
「患者の人権侵害」がある場合は、倫理違反を犯した会員を処罰(最高は除名)、再教育することになります。

「医療事故調査」も自浄システムの中に含まれます。「医療ミスを隠す」ことが「患者の人権侵害」になるからです。「医療事故調査」を医療倫理から見ると次 のようになります。「医療事故」の中には「医術に伴う有害性(合併症、副作用)」と「医術師に伴う有害性(医療ミス)」が含まれます。医師側が「医療事 故」を「医術に伴う有害性(合併症、副作用)」であると説明しても、患者側が納得せず、「医術師に伴う有害性(医療ミス)」を隠しているのではないかと疑 うところから始まります。
「医療ミス」は医術に必然的に伴うものです。それに対する謝罪、賠償があれば「患者の人権侵害」にはなりません。「医療ミス」を隠すことが「患者の人権侵 害」となるのです。「医療事故調査」では「医療ミス」が隠れていないかどうかの判断をすることになります。「医療ミス」が隠れていると判断されれば、医師 側の謝罪と賠償を促します。また、自浄システム内の再教育システムで対応します。

●「医療事故調査委員会」の具体的な姿
自浄システムの大部分は「医療事故調査委員会」になると思われるのでもう少し具体的な姿を示します。
まず、主治医の説明、院内事故調の結果に納得できない患者側からのクレームを受けつけることから始まります。患者側からのクレームのそれぞれに対して「医 療事故調査委員会」を立ち上げます。委員には日本医学会の会員の中からクレーム内容に対応できる専門医師を任命します。必要であれば弁護士、その他の非医 師委員を依頼することになりますが、患者側委員を含む必要はありません。
委員会がすることは「院内事故調のプロセスと内容をトレースし、不備や不足をチェックして院内事故調自らにやり直させること」です。「もちろん、不備や不 足がなければ、そのままでオーケーだと追認してあげる」ことになります。委員会の役割は「自らが乗り出してきて、自らが調査して自らが認定してはならず、 あくまでも主役は院内事故調である」こと、すなわち、「院内事故調に不備・不足を指摘しつつ差し戻して自身でやり直させることに徹する」ことです。
あくまでも院内事故調の主体性(自律)を第一に考え、日本医師会内の「医療事故調査委員会」がそれをバックアップすることです。これは世界医師会の医療倫 理遵守の方法です。井上清成・弁護士が「事故調創設で信頼回復すべき者は誰か」(MMJ 8(3),164-165,2012)の中で述べている方法です。
中立性を保つために、最終結果およびそれに至った思考過程を患者側へ回答するだけでなく、公表して日本医師会内外からの批判を受けるようにします。また、もし裁判になった時には患者側、検察側、医師側のいずれの裁判資料としても用いることを可能としておきます。
プライバシーについては裁判に準じた保護レベルとします。患者側からのクレームを受け付けるときにその了解を得ます。
調査費用は患者側負担とします。これにより無闇矢鱈な患者側からのクレームを防止できます。ただし、医師側に問題がある(医療ミスである)と結論付けられれば、問題の大きさに応じて、患者側が負担した調査費用を医師側が支払うことになります。
判定基準の中心は「患者の人権侵害」があったか否かです。この点が最も重要なことです。

以上に述べた日本医師会の本来の姿は、世界医師会がProfessional autonomy(医師集団としての自律)と呼んでいる「医師会としてのあり方」そのものです。また、小松秀樹氏が「日本医師会三分の計」で述べた「公益 のための医師の団体」に相当するものです(MRIC 「医師会、病院団体、各学会の役員は歴史を動かす覚悟を」、2008.9.12 )。

●世界医師会のProfessional autonomy(医師集団としての自律)と呼ばれる「医師会のあり方」と日本医師会の態度
医術は呪術から分かれてきました。可能にしたのはその対象を「神、悪魔、霊」から「患者」に変えたからです。患者を対象とした医術は、臓器・組織・細胞・ 分子へと認識を進めることが可能となり、現在の医学・医療につながりました。医術の「有効性」が高まるとともに、呪術よりも患者から選択されるようになっ たのです(医術の有効性が高くない状況では、現在でもホメオパシーのような呪術が蘇ることになります)。
患者を対象としたため、医術の使い手=医術師=医師は医術の「有害性」により患者側から責められることになりました。医術の有害性には「医術に伴う有害性 (副作用や合併症)」と「医術師に伴う有害性(医療ミス)」があります。ともにゼロにすることはできません。患者側からの責めが「私刑(リンチ)」から 「司法制度」に変化しても厳罰であることに変わりはありません。そこで医術師が考えたのはその責めを如何に少なくするかです。そのための「なすべきこと、 してはいけないこと」です。これをまとめたものが医療倫理の原型です。
医術を呪術より分離したのは古代ギリシャ医学です。代表としてヒポクラテスを「医学の父」と呼んでいます。古代ギリシャ医学に基づく医術を行うために必要であったのが「ヒポクラテスの誓い」と呼ばれる医療倫理です。

第二次世界大戦のころ、「医療ミス」以外に「医術師に伴う有害性」が現れました。それは、「ドイツ・ナチス政権下のホロコースト」です。医術師が医術を 「合法であるが、しかし非人道的な人体実験」に使用したのです。戦後、これに関与した医師たちはニュルンベルク裁判で裁かれました。まず「非人道的な人体 実験と合理的な医学研究における人体実験」の区別がされました。それをまとめたのが「ニュルンベルグ綱領」です。最も重要な点は「被験者(患者)の意向」 です。「合法であるが、しかし非人道的な人体実験」とは「法という時の権力の意向を優先させ、被験者(患者)の意向を無視して行われた人体実験」というこ とになります。たとえ「合法」であっても、「非人道的な人体実験」に対しては「Crime against humanity;人道に反する罪」によって死刑にもなりました。
戦後、世界医師会はこの新しい「医術師に伴う有害性」に対して新しい医療倫理を作ってきました。それは「時の権力やその他の意向」よりも、「患者の意向= 人権を最優先する」ことです。世界医師会はまたこの新しい目的を守るための手段を考えました。それはこの目的を遵守しようとする「個々の医師の努力を、医 師会としてバックアップする」ための自浄システムの構築です。このような医師会のあり方をProfessional autonomy(医師集団としての自律)と呼んでいます。以上が、戦後の医学・医療を行う上で必要な医療倫理と医師会のあり方ということになります。そ して、それを各国医師会が受け入れています。

日本医師会はどうでしょうか。
現在の日本医師会の医療倫理は「患者の人権を尊重する」と言っているだけです。「患者の人権を最優先する」とは言っていません。そして、「医療倫理の遵守 は個々の医師の責任」として自浄システムを持っていません。すなわち世界医師会の勧める医療倫理、医師会のあり方を受け入れていないのです。その理由は次 のように考えられます。
軍事政権下に行われた「満州での石井部隊(731部隊)による人体実験」はドイツ・ナチスと同様に「合法的であるが、しかし非人道的な人体実験」でした。 関係医師たちは戦犯免責を得たことによって、裁判で明らかにされることもなく、戦後、社会復帰しました。「非人道的な人体実験であったとしても、合法的で あった」のだから倫理的にも問題なしとして片づけたのです。そして、戦後、新生なった日本医師会は日本医学会をその中に置き、「医道の高揚」を第一目的に しました。しかし残念ながらその医療倫理はせいぜい「患者の人権を尊重する」というものになり、現在に至っています。先に述べたように「他の意向を優先す る」ことによる「患者の人権侵害」が起きますが、日本医師会は何ら対応をしません。そして医療不信を引き起こしているのです。
このような状況下で、医療事故調問題のキッカケとなった都立広尾病院事件(1999年)そして、さらに追い打ちをかけた福島県立大野病院事件(2006年)が起きたのです。
医療不信を払拭するためには、日本医師会を本来のあるべき姿に変える必要があります。

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