医療ガバナンス学会 (2012年10月25日 18:00)
医療改革の現在
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2012年10月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
セッション3: 11月10日(土)15:00~15:45
立谷 秀清
小野 俊介
浅原 新吾
大西 睦子
会場:東京大学医科学研究所 大講堂
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震災対応から生活再建へ
立谷 秀清
被災地は今、発災直後の短期的テーマから中長期的テーマにそのウェイトが移っている。相馬市では、(1)被災者生活支援体制のマネジメント、(2)被災者が入居する災害公営住宅の建設、に重点を置いて取りかかってきた。
(1)については、特に放射線被害対策も含めた健康管理に意を用いてきたが、具体的には、1)仮設住宅での健康診断、2)玉野地区(※)での健康診断、 3)ガラスバッチ検査、4)ホールボディカウンタ検査、5)市民に対する放射線講習、6)これら方針や結果の説明と適切な対応策、の6点について取り組ん できた。
(2)については、高台集団移転事業のための土地取得、危険地域の買取りを進めながら、1)災害公営住宅団地(戸建て住宅)、2)高台住宅団地の造成、 3)井戸端長屋(高齢者集合住宅)、が現在着工済または近々着工の予定である。 その他、生活を支えるハード事業として、1)防災備蓄倉庫、2)公民館、 3)防災集合所(地区集会所)、4)漁労倉庫兼作業場、5)苺(水耕栽培)の大型ハウス、6)市民会館、の建設を全国からの応援職員の協力のもと進めてい る。
また、被災した子どもたちのPTSD対策と、世界中からの孤児遺児への支援(生活費・学費)に応えるためにも、学力向上の取り組みを行っている。具体的には、1)被災中学校の生徒全員にタブレット端末を配付し授業等で活用、2)仮設住宅集会所にて東京大学学生による「寺子屋授業」、3)市独自講師を採用しきめ細やかな学習指導、である。震災の困難な状況から力強く生き抜くためにも、子どもたちの教育に力を注いでいきたい。
発災後一年間の相馬市の取り組みは、これ以上の犠牲者を出さないことを基本に、次の生活につなげてゆくための準備期間でもあった。仮設住宅のコミュニティを守りながら、人々の健康を損ねず、高台移転など安全で新しい生活を確立するため、取り組みのスピードアップを図るつもりである。
※玉野地区は、市内で放射線量が高い山村集落。
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病気は今年も進行中
小野 俊介
一年、二年では世の中は変わらない。医薬品の規制にぽっかりと開いた大穴(ブラックホール)を誰も閉じる気がない状況は今年ももちろん変わらない。世の中 の皆さんは「医薬品の有効性、安全性という言葉に定義がない」状態でも何ら気持ちが悪くないらしい。こちらはあくまで善意で「あなたのズボンのチャック、 開いてますよ」と指摘しているのだが、皆さんからは「そんなこと気にしたことがない。そんな妙なことを指摘してくるのは君だけだ」「チャックが開いていて 何か問題があるのか?」と逆切れされてしまうのだからどうにもならない。そちらは気にならなくても、こちらは気になって仕方がない。
iPS細胞のお祭り騒ぎの間にも、日本の医薬品(開発)産業は沈み続けている。「バカなことを言うんじゃない。国内の治験の数は順調に増えているし、予算 もバンバンついているじゃないか」とおっしゃる短絡的な方々が多いが、ここで採るべき視点は「世界の多くの国々と比べて」であることを理解していないらし い。世界中のほとんどの国で(戦争中の国を除く。)トレンドとして臨床試験の数が増えていない国はないと思う。相対的に日本が沈み続けていることが問題な のだ。(大のおとなに、こんな説明をしなければならないことが情けない。)それもこれまで日本が採ってきた施策(の欠陥)をきちんと反映した形で。新薬開 発における「なんちゃって国際共同試験」の増加がその一例である。
この状況下でも有識者から出てくる提案は「審査当局の審査官を増やし、審査体制を強化すべきだ」というのが、もの哀しい。どうせなら、キューバ並みに「国民皆公務員」ならぬ「国民皆審査官」になるまで審査体制を強化してはいかがだろうか。
何十年間も供給側や門番(当局の審査体制)のみをいじくりまわした医療R&D政策の結果が現在の惨状である。日本人には「お客さん」という概念の 想起と関連する大脳皮質の部位に欠損があるのではないかと疑っている。やはり日本は21世紀には世界地図から消え去っている国なのだろうか。
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ペプチドワクチンは膵がんに対する第四の治療法になりうるか
浅原 新吾
膵がんは早期発見が困難で、約60%の患者が診断時には切除不能な状況である。手術不能の膵がんの場合、その治療の中心は抗がん剤である。
現在、切除不能膵がんに対しては、ゲムシタビンとTS-1という抗がん剤が標準的治療薬として用いられているが、古典的抗がん剤である5-FUと比較して 生存期間中央値や1年生存率は改善したものの、それぞれ5.7ヶ月、18%と満足のいくものではない。2012年にはタルセバという分子標的薬が膵がんに 対して保険適応となったが、これまでの治療法に比べてわずかな延命効果しかない。つまり、膵がん治療に関しては近年ほとんど進歩がない状態が続いている。
そこで注目されているのが免疫療法である。今回紹介するがんペプチドワクチン療法は、がん細胞の表面にある特有の抗原(腫瘍抗原)からペプチドを作成して 皮下投与するもので、細胞傷害性Tリンパ球が腫瘍抗原を有する細胞のみを攻撃するため、それ以外の細胞が障害されることがなく、副作用が起こりにくいのが 特徴である。現在までに報告されているペプチドワクチンの副作用は、ワクチンを注射した部位の腫れ、発赤、かゆみ、発熱、悪寒、頭痛など、いずれも軽度な ものばかりである。
2009年3月から2年間、標準治療が無効であった膵がんの方31人に対してペプチドワクチン治療の臨床研究を行ったが、ペプチドワクチンを受けなかった 方に比べて、余命(50%生存期間)を約2ヶ月延長させることができた。特筆すべきは、抗がん剤で縮小しなかった転移巣がペプチドワクチン治療によって明 らかに縮小した方が数名おり、そのうちの一人が完治したという事実である。この結果を基にして、現在新たに2種類のペプチドを混合した3種類のカクテルワ クチンを用いた多施設共同研究が進行中である。
現在も多数のがん腫で、ペプチドワクチンと抗がん剤の併用や、術後再発の予防のための投与など、さまざまな用いられ方が研究されており、その成果が期待される。
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米国における肥満問題
大西 睦子
現在米国では、肥満者が約68%(日本の基準)という深刻な状況です。OECD加盟先進国において、トップの米国に続き、メキシコ、チリなど約20カ国で 国民の半分以上が肥満です。先進国だけではなく、低コスト、加工食品中心の欧米型食生活を導入している国すべて、肥満が問題となっています。最近、肥満の 原因として『甘み中毒』が注目されています。カルフォルニア大学のLustig教授らは、「砂糖は毒であり、アルコールやタバコのように砂糖にも課税する べきだ。」と主張しています。
1970年代、米国は、高フルクトース・コーンシロップ(HFCS)を導入し、食文化が大きく変化しました。HFCSは、トウモロコシなどのデンプンを酵 素処理して生産され、米国の甘味料の半分近くに用いられています。最近は、遺伝子組み換え技術を用いるため、安価に大量に生産でき、大企業は莫大な利益を 得ます。米国政府は砂糖の供給地キューバでの革命以降、HFCSを砂糖の代替品とするため、トウモロコシ農家に膨大な助成金を支払っています。現在、 HFCSは、炭酸飲料、フルーツジュース、スポーツ飲料、シリアル、ジャム、パン、ヨーグルト、ケチャップなど、アメリカ人が普通に食べるあらゆる食品で 使用されています。HFCSは、日本では「異性化糖」と表記され、現在、糖の消費の4分の1を占めています。
最近の研究で、HFCSは、肥満、高血圧や糖尿病などの原因とわかり、米国における消費量は頭打ちとなっています。これに代わって、2000年代初頭から 「ゼロカロリー」の人工甘味料の消費量が急増しています。しかし、人工甘味料は「ダイエット食品」どころか、「肥満の原因」という研究結果が報告され始め ています。結局、「ゼロのカロリー」から米国社会に生み出されたものは、「甘み中毒者」と「増え続ける肥満者」です。この問題は米国だけではなく、低コス ト、加工食品中心の食生活を導入している国すべてにおいて非常に深刻となっています。日本においても、人々の生活が便利になる一方、生活の質が低下してい ます。今後、食生活の質を見直す必要があると思います。