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臨時 vol 117 「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(第一次提言)を読んで」

医療ガバナンス学会 (2009年5月25日 11:07)


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弁護士 木ノ元 直樹


1 はじめに
 去る4月30日、薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり
方検討委員会が「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(第一次
提言)」を発表した。提言書によると、「本委員会は、薬害肝炎事件の発生及び
被害拡大の経過及び原因等の実態について、多方面からの検証を行い、再発防止
のための医薬品行政の見直し等について提言することを目的として設置された委
員会である。」ということである。そして、薬害再発防止の重大性に鑑み、最終
鄭玄を待つことなく再発防止策の議論を整理して提言したということである。
 委員会設置の趣旨、目的には格別異論はない。薬害再発防止策を検討すること
の重要性は誰もが認識するところである。ただし、この提言を読んで、今後この
委員会の提言がどのような方向に進むのかやや不安を感じたので述べたい。
2 適応外処方について
 堤言では、「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直し」という項目を設け、
その中で、医薬品の「承認審査」のあり方について言及がなされている。そして、
3 として「添付文書」という項目が設けられ、「添付文書の在り方」「効能効果
(適応症)の設定」「適応外使用」という細項目について述べられている。私が
不安を感じたのは、この部分に書かれた提言書の内容である。
 薬剤の適応外使用(適応外処方)について「個々の診療において適応外処方が
少なくない状況にあり、その理由や臨床的な必要性、安全性と有効性のエビデン
スのレベルも、不可避的なもの又はエビデンスが十分あるものから、そうとは言
えないものまで様々である。」として、現に診療上の必要性があり不可避的ない
しは十分なエビデンスに基づいている適応外使用があることを認めながら、「そ
うとは言えない」レベルの適応外使用と一緒に「適応外」という範疇でまとめて
しまっている。「診療上の必要性のある不可避的ないしは十分なエビデンスのあ
る適応外処方」は、そもそも正当な診療行為そのものではないか。正当な診療行
為を阻むものがあるとすれば、その障碍に問題があるのであって、薬剤処方を問
題視するのは本末転倒である。正当な医療行為が添付文書上適応外とされている
との一事をもって悪者にされているのであれば、むしろ添付文書を早急に改訂す
ることが優先されるべきである。
 薬物治療に関する医療裁判では、「添付文書違反」が医療過誤であると患者側
弁護士から主張されるケースが非常に多い。その都度、医療側としては、適応外
処方についてのエビデンスをできる限り多く裁判所に提出し、裁判所を説得しな
ければならない労力に追われる。
 患者側弁護士からなされた主張の実例を簡単に紹介しよう。
1 承認薬剤の多くは、「スティーブンス・ジョンソン症候群」を副作用として
記載している。これについて患者側弁護士は、「投薬中に湿疹が出たら全てが
“SJ症候群”の予兆である」と短絡し、その段階で投薬を中止しなかったこと
は明白な過失と主張する。
2 承認薬剤の一部には「突然死」の危険性について記載されたものもある。こ
れについて患者側弁護士は、「投薬中の患者死亡は薬のせい」と短絡し、その他
に科学的証拠は不要であると主張する。
3 承認薬剤の用量記載について、患者側弁護士は、「用量を僅かでも超えたら
過量投与である」と短絡し、過量投与を前提とした処置・対応がなされていない
ことは明らかな過失であると主張する。
 等々。添付文書が薬剤処方についての法律であるかのように扱われ、添付文書
との不整合は違法=過失と主張されるのである。
 幸い、現在多くの裁判所は、「適応外処方=医療過誤」という考え方はとって
おらず、医療上の必要性が認められる場合には適法と判断されている。しかしな
がら、裁判は所詮水ものであり、病院側が提出したエビデンスに裁判所が納得し
なければ、裁判所の判断で適応外処方が医療過誤であると断罪されてしまう可能
性は消えない。言ってみればこれは「医療冤罪」である。
 医療冤罪の影響は計り知れない。まず、医療現場に委縮効果を及ぼす。今まで
適切な「適応外」薬物治療を受け、その治療の恩恵に預かっていた患者が医療か
ら放逐されてしまう。また、仮にその後も、適切な適応外薬物治療を信じ、これ
を貫く気概のある医師・医療機関があったとしても、それら医師・医療機関はた
ちまち医事紛争の対象にされてしまう可能性があろう。現在、「添付文書違反」
を理由に医療過誤を主張されるケースが非常に多いのは、最高裁が平成8年にネ
オぺルカミンS使用症例について、「添付文書違反は過失を推定させる」「添付
文書違反の医療慣行は医療水準を構成しない」と述べたことに起因している。こ
の事件を仔細に検討すると、添付文書違反か否かを問題とすることなく医療側の
対応の是非を判断できたケースであり、それが偶々添付文書と齟齬していたとい
うものであって、「添付文書違反=過失」と一般化することは間違っていたのだ
が、そのようなステレオタイプの意見は消えないのである。
 つまり、問題とすべきは「適応外」か否かではなく、「適応外」とされている
ことによって正当な医療が阻害されていないか否かということであり、そのよう
な悪しき阻害事象があれば、早急に是正し「適応外」という誤ったレッテルを外
すことなのである。「適応外」という誤ったレッテルによって、最大の迷惑を被
るのは、目の前でまさに当該薬物治療を必要としている患者さんであり、また、
将来的に当該薬物治療を必要とするであろう一般国民全体である。この点の問題
意識が、堤言からはダイレクトに伝わってこない。「適応外」という言葉が独り
歩きして、一定の価値関係概念(悪という概念)を背負ったまま全てが語られて
いるように思われてならない。薬害は問題だが、このような病理的部分をもって
正常な生理的営みに対して規制を加えようとすることは愚行である。
3 今後の方向性について
 今回の提言はあくまでも中間報告ということである。したがって、その内容も
やや抽象的で分かり辛い部分も多いが、適応外処方への対応について是非議論す
べきと考えられる点を指摘しておきたい。それは、医師法17条と20条との関
係である。
 提言書38頁には「医療機関での措置のチェック体制の構築」、40頁以下に
は「医薬品行政を担う組織の今後の在り方」という項目があり、それぞれ提言が
述べられている。これらは、誤解を恐れずに言えば、「院内のチェック」と「院
外の第三者によるチェック」の二階建てのチェック体制を構築しようとしている
ように読める。ここに「適応外処方」に対するチェックも入り込むことが前提の
ようである。ただし、そのチェックが事前のものか事後のものかは必ずしも明確
ではない。
 だが、仮に、そのチェック機関の中に医師以外の人間が加わったり、判断に対
して何らかの影響を及ぼし得る立場としてふるまうことを認めるような組織にな
ると、それは、医師法17条の「無資格者による医業の禁止」に抵触する可能性
が出てくる。この医師法17条の問題は、最近色々と議論がされているところで
あり、簡単な問題ではないが、医師法17条によって真に必要な医療が阻害され
ているのではないかという問題提起がなされているように思う。つまり、患者さ
んに対する適切な医療実現のために医師法17条の鄭陽範囲を限定したらどうか
という議論である。これに対し、この適応外処方に対するチェックは、医師法1
7条違反のチェックによって患者に真に必要な薬剤提供がなされなくなってもよ
いのか、という問題意識である。第三者機関が特定の適応外処方の是非をチェッ
クする権限を持ち、その中に医師以外の非専門家が参加することになれば、医療
の必要性についての消極的判断が非医師によってなされたこととなり、これは医
師という専門家のみに医業を独占させて医療の安全性、国民の健康増進を図ろう
とした医師法の立法趣旨に反するのではないか。これによって、正当なる薬物治
療が規制されるとしたらその弊害は明白である。
 また、適応外処方に対するチェック機関が医師のみで構成されていたとしても、
現に医療を必要としている患者さんに対する薬剤処方の当否を、担当医の診察行
為と全く別個に審議判断することになれば、それは、患者を直接診察していない
医師が処方の適否を決定することに等しく、医師法20条の無診療投薬禁止に抵
触する可能性が出てくる。医師の適時診察およびその時点での医師の診断は非常
に重いものである。これが「適応外処方」だからという形式論理で、簡単に奪わ
れ、現にその時点での診察も行っていないチェエク組織の判断に委ねられるとい
うのは、医師法20条が「無診療投薬禁止」を定め、医師という専門家の直接診
察によって副作用等の悪反応を極力抑え患者により多くの治療効果を期待しよう
とした立法趣旨にそぐわない。
 薬剤処方という、医師という専門家による裁量的判断が認められる領域に対し、
野放図なチェック、特に事前チェック、事前監視を認めることは、医師法の根本
すなわち医療制度の根本を否定することになりかねない。「そのようなことは困
る。担当の先生の判断で処方をして欲しい。」という切実な思いを抱く、現に疾
病に苦しめられている患者さんの願いはどこに行ってしまうのか。このようなチェッ
クの制度の導入には相当慎重な姿勢が求められる。「角を矯めて牛を殺す」よう
なことになっては我が国の医療の破壊になる。
 仮に何らかの形でチェックの制度を作るとしても、相当程度限定的なものにし、
その場合でも適応外処方を禁ずることによる患者への不利益に対し、事前チェッ
クに加わった側が最大限の責任をとる制度としなければならないと考える。チェッ
クに対するチェックの仕組みは十分構築しておかなければならない。
4 治験問題との違い
 ところで、薬剤処方に関する事前チェックという点では「治験審査委員会」が
既に存在しており、これに倣えば良いのではないかという意見も聞こえてきそう
である。確かに、治験審査委員会を設置している医療機関においては、その「治
験審査委員会」に医師以外の非専門家が入り、弁護士が名を連ねている医療機関
も多いようである。
 しかしながら、「治験」と「医療」を同視することはできない。「治験」はあ
くまでも新薬承認に向けた検証手続の一つである。確かに治療という側面はある
が、応召義務などが規定された医師法が本来予定している医療行為とは異なる。
「治験審査委員会」は、治験が具体化してきた際に、施設に対して倫理的・科学
的見地から意見する独立の監視機関と言えるが、医師法20条との抵触問題には
なり難いと考えられる。本来的に未だ承認されていない薬の投薬と、承認済み薬
剤の適応外使用とでは場面が異なる。後者はまさに診療の場での話であるから、
担当医の診察・診断上の裁量的判断を基本的に尊重すべきであり、そのことが患
者の治療・健康回復に最も望ましい在り方でもある。これを、治験審査委員会の
ように倫理面の審査を特に強調して、非専門家による大きな審査対象として位置
付けると、真に必要な医療の適時提供ができず、結果として目の前の患者が最大
の被害者となってしまいかねない。これに対し、治験の場合には、やはり未承認
薬提供の危険性が相対的に重視されるのは理解できるところである。ただし、最
近話題となった「エバーハート」のように、一度始まった治験を中止することの
危険性が大きい場合、治験だからといって過度のチェックを加えることは適応外
処方と同様の弊害をもたらすと言えよう。問題はそう簡単ではない。
5 まとめ
 薬害肝炎の問題は重要だが、正常な医療の生理的作用をレアな病理的発想によっ
て破壊することになる可能性にも十分配慮して欲しいのである。薬害と適応外処
方を同じ土俵で論じれば、適応外処方悪玉論に限りなく傾斜することは明らかで
ある。このような形式論理は危険である。「適応外処方悪玉論」は、「添付文書
絶対視論」から出発し、ここから漏れるものは全て薬害の元凶であると位置付け、
医療から排除しようという方向に行きがちである。しかしながら、そもそも添付
文書は、少なくとも現在の姿を見る限り、臨床的判断が度外視された製薬会社に
よる免責文書というべきものであり、診療ガイドラインでも何でもない。
 他方、現実に生起している医事紛争では、「救急の場では、仮に適応外であっ
ても、仮に保険診療とならなくても、患者救命のために適応外処方をすべきであ
る。もしそれをせずに患者が死亡したら、適応外処方をしなかった医師の過誤で
ある。」などという主張が平気で出てきたりしている。
 これでは、現場の医師は、前進してもアウト、後退してもアウトという状況に
追い込まれてしまう。「目の前の患者にとって真に必要な薬物治療は何か」とい
う真摯な検討を医療現場から放逐しようとするものであり、まさしく医療の委縮、
崩壊につながるものと言えよう。薬害肝炎問題が、最終的に医療現場の委縮、医
療破壊につながる議論になってしまうのは、明らかにボタンのかけ違いである。
「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」に
は、医療における法的枠組みも踏まえ、今後、是非とも冷静かつ慎重な議論を展
開していただきたいと願う次第である。
MRIC Global

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