医療ガバナンス学会 (2012年11月30日 06:00)
(1)医師不足の問題と過重労働
「医師不足」という言葉は、以前に比べれば社会的認知が進んだのだと思います。ただ、経済の分野でもあるのですが、言葉だけで実態は認知されていないことも多いと思います。
例えば、済生会栗橋病院院長補佐の本田宏先生からは勤務医の51%が週60時間以上労働に従事しているというお話がありました。このような「ブラック」な 働かせ方というのは日本企業で昔なかったわけではないでしょうが、以前は「長期雇用」といった”見返り”が労働者にあり、問題としてあまり認識されていな かった、ただ、最近では見返りが消滅したのに働かせ方だけ残っている、という見方もされています。医師の場合、これまでは”見返り”があったのでしょう か。それとも他の仕事との対比の中で問題として初めて認識されるに至ったのでしょうか。
また、こうした長時間労働と医療ミスとの関係についての社会的認知は進んでいるのでしょうか。「長時間労働」「医師不足」「医療過誤」、こういった言葉そのものは社会的認知が進んだと思いますが、相互の関係までは社会的認知が進んでいないと思われます。
今年4月29日に発生した関越道での高速バスの事故を契機に、長時間労働が生産性以前に安全性に大きく影響していることについては社会的認知が進みまし た。しかし、医療現場の長時間労働と医療ミスとの関係については社会的認知がまだ十分にはなされていないのではないか、という印象を持っています。
24時間365日動いているシステムには、公共交通機関などがあります。鉄道や航空会社では過剰労働にならないようなシステムが組まれているはずで、それも参考に必要な医師数を算出することも一考に値するのではないでしょうか。
(2)医学教育と大学教育の問題
講義形式の授業は最も効率が悪い、というお話が自治医科大学准教授の矢野晴美先生からありました。私も週に1回ではありますが、大学で授業を担当している 身(駒澤大学経済学部で「福祉経済論」「医療経済論」を担当)として、同様の感想を持っております。つまり、この問題は医学教育に限らず、広く大学教育に 関わる問題だと思います。
少人数でディスカッションをベースに授業を行うことは不可能ではありませんが、現実的に行うのは難しい、という感想を持っています。一つには就職活動との 関係があります。毎週必ず出席できる学生というのは限られます。また、担当教員から見ると、濃密だが少人数の授業を行うことと大人数に知識を授けるが薄い 授業を行うこととがトレード・オフな状態になっており、果たしてどちらがよいのか悩ましいところですし、大学側からみると、少人数の授業ばかりにすると教 員を増やさざるをえないでしょうから、大学経営はどうしてくれるのか、という別の問題も発生するでしょう。
(3)医学部前教育について
シンポジウムの実行委員長で慶應義塾大学研修医の杉原正子さんからは、医学部前教育についての話がありました。これも医学部に限らず、多くの大学が抱える 専門に入る前の教育(いわゆる一般教養)の問題と共通する部分も多いと思われます。例えば経済学部では数学力が不十分な学生が数学が必要な専門の経済学の 講義を履修することも珍しくなくなりました。入学時にチェックするか、あるいは一般教養で経済学に必要な範囲内だけでもよいので数学をきちんと履修させる べきでしょう。
結局のところ、医師不足や医学教育の問題は医学部や病院で起きていることに限った話ではなく、労働や教育に関する一般的な問題とも共通する部分も多いので はないでしょうか。特に、医師養成大学院となると他学部出身者が医学教育を受けることが大前提なわけですから、医師養成大学院を契機に社会のあり方や大学 教育全般の問題を考えることにならざるを得ないのではないでしょうか。
そのほか、自分のキャリアパスも含めていろいろ考えさせられました。最後になりましたが、黒川清先生をはじめ、お忙しい中登壇された先生方や準備に当たら れましたスタッフの皆様に深く感謝申し上げますともに、白熱した総合討議を受けて、またこのテーマでみなさんと議論ができることを期待して筆を置きたいと 思います。拙文を最後までお読みいただきありがとうございました。