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Vol.671 産科補償こそ「第三者機関」で検証すべき

医療ガバナンス学会 (2012年12月7日 06:00)


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この原稿は月刊『集中』2012年12月号より転載です。

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2012年12月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1. 無過失補償制度一般への悪イメージ
日本医療機能評価機構の運営する産科医療補償制度の見直し議論が芳しくない。
初めての本格的な無過失補償制度のスタートであったので、当初より5年後の見直しが予定されていた。実際に、5年間で約1000億円もの巨額の余剰が発生 することが確実となっている。当然、厳しく見直しをして、一旦は何らかの方法でその巨額余剰を清算することが、今どきの常識であろう。
産科医療補償制度は公的な性格のものにほかならない。税金といった公費も含む公金たる出産育児一時金を、重度脳性まひ児3000万円補償の源資とした。一 人当りで見れば出産育児一時金のうち3万円が源資となり、年間約100万人の出産で年間合計約300億円が補償源資となる。ところが、せいぜい200人分 程度しか補償対象が生じないので、年間補償総額は上限でもせいぜい60億円にすぎない。つまり、一人当り出産育児一時金3万円のうち、現実に補償に拠出さ れるのは6000円程度にすぎず、経費と称するもので4000円以上が費消され、何と2万円が余剰として日本医療機能評価機構と民間損害保険会社とに分配 されてしまう。
これではいずこも財政難の昨今、結果としては明らかなモラルハザードである。こんなモラルハザードを放置していては、産科医療補償制度へのいかがわしい悪い印象が生じるだけでなく、今後発展させていくべき無過失補償制度一般への悪イメージとなってしまう。
何としても産科医療補償制度の5年間分を清算して、無過失補償制度一般への悪イメージを払しょくする必要がある。

2. 「はっきり言って、あきれ返っている」
11月8日、厚生労働省の社会保障審議会医療保険部会(社会保険診療報酬の総枠を議論したりする場)の会議の席上、「はっきり言って、あきれ返ってい る。」という過激な発言が飛び出したらしい。発言者は、健康保険組合連合会の白川修二専務理事である。それまでにも社保審医療保険部会では、出産育児一時 金を審議する場でもある関係上、産科医療補償制度の余剰金・経費問題について議論されてきた。ところが、余剰金や経費の詳細について、日本医療機能評価機 構の事務局に対して何度質問しても、明瞭な情報が開示されない。機構の事務局と産科補償の運営委員会とで情報を囲ってしまっている印象であった。
そこで、責任者である機構の事務局が「はっきり言って、あきれ返っている。」とまで、面と向かって言われてしまったのである。
情報の隠ぺいが疑われているのであろう。公金を使った公的な性格の産科医療補償制度であるにもかかわらず、厚労省の社保審でここまで言われるのでは、どうしようもない。モラルハザードと評しえよう。

3. モラルハザードには「第三者機関」を
一般論として言うと、ある組織内に問題が生じた場合は、その組織自身が自律的に内部調査をし、時には内部調査委員会を創って、問題の全貌を明らかにして、 その上で対外的に説明する。しかし、組織の根幹にモラルハザードが生じ、自律性が失われた場合には、その組織を正すには内部調査委員会では機能しない。そ のような場合に初めて、外部委員で組織された外部調査委員会が設置される。これが世の常識であろう。
外部調査委員会と呼んでも、中立的第三者機関と呼んでもよい。モラルハザードが疑われた時に初めて設置するものである。医療以外の分野を見渡すと、日本相撲協会しかり、JR西日本しかり、九州電力しかり、そして、東京電力しかり、であったろう。
今、日本医療機能評価機構の産科医療補償制度の運営組織の事務局も、その域に達しつつある。したがって、産科医療補償制度にこそ、外部委員で組織される「第三者機関」を創って、1000億円余剰問題を検証すべきであると思う。

4. 訴訟抑制の議論の封印の恐れ
1000億円余剰金の清算の議論は、訴訟抑制の議論につながってしかるべきである。
1000億円の清算方法には、大きく分けて3つの方向があろう。1つ目は、源資たる出産育児一時金の拠出者である保険者(健康保険組合など)に返還する方 向である。2つ目は、出産育児一時金の受領者である妊産婦に、その3万円のうち余剰分相当の2万円ずつを約500万人に返還する方向であろう。そして、3 つ目は、5年間の重度脳性まひ補償対象者の合計約1000人に、今までの3000万円補償に1億円ずつ上乗せし、補償額を3000万円から1億3000万 円に引き上げる方向である。もちろん、どの方向を選択するにしても、公金の取扱いの問題であるから、日本医療機能評価機構が決めることではない。社保審医 療保険部会などでの公の議論で決めるべきことである。
さて、産科に関わる医療提供者の気持ちとしては、3つ目の方向が好ましいかもしれない。もちろん、脳性まひ児の家族も同様と思う。つまり、補償額の3000万円から1億3000万円への引き上げである。
ところで、もしも脳性まひ発症が産科の医療過誤だとして訴訟が起こされれば、その損害賠償額は1億5000万円から2億円にものぼるであろう。ここで1億3000万円が過失無過失を問わずに補償されていれば、訴訟で得られる満額の65%から87%にもなる。
まず自然の成り行きとして、あえて訴訟を起こしてまで満額請求しようという動機付けは減少しよう。さらには、65%から87%の補償が条件になるのなら ば、訴訟抑制の特約を結んでも直ちに公序良俗違反にはならないと思われる。一例を挙げれば、故意もしくは故意に比肩しうべき重過失を除いて、1億3000 万円で済ませるという訴訟抑制の特約を、産科医療補償の約款に挿入することが考えられよう。
この程度のことならば、法律家なら誰でも容易に思い付く。つまり、十分に詰めの議論をするに値する法的論点である。
ところが、産科医療補償制度の運営委員会では、あえて「訴権の制限」などという抽象的な論点提示の形をとって、訴訟抑制の議論自体が封印されてしまう恐れ が生じているように思う。もしも議論すらも封印されるとしたら、それもモラルハザードの一つと言ってよい。その場合には、この点もやはり「第三者機関」に よる検証の対象となろう。当然、その時には、運営委員会に関与した法律家は、その第三者機関からはすべて排斥されるべきである。

 

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