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臨時 vol 121 「PCR検査をめぐる迷走」

医療ガバナンス学会 (2009年5月29日 11:45)


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    ―兵庫・大阪の新型インフルエンザ騒動から何を学ぶかー
           長尾クリニック(尼崎市)  長尾和宏

 5月27日現在、兵庫・大阪における渡航歴と関係のない新型インフルエンザ
発生は一応の収束に向かいつつあるようだ。今週からほとんどの学校での授業が
再開された。各地での新たな患者発生や秋以降に予想されている第2波、第3波
に対して、医療者はどう備えるべきなのか。 また今回の騒動から何を学ぶべき
か。大阪府と隣接する兵庫県尼崎市の一開業医の立場から、今回、PCR検査に
ついて感じた疑問について述べたい。
【発端となった渡航歴のない患者へのPCR検査】
 どうしてまた神戸だったのか?風評被害を含めて兵庫・大阪の経済損失は80
0億円にのぼると試算されている(5月24日神戸新聞)。今回の騒動が関西の
地域経済に及ぼす影響は極めて深刻だ。まず神戸でおきたことの発端を振り返っ
てみる。
 「季節性インフルエンザの予防接種を受けているのに、なぜ発症するのか」–。
新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の国内感染が明らかになったきっかけ
は、患者に海外渡航歴の該当条件がなかったにもかかわらず、「新型」を疑った
神戸市灘区の開業医(52)の機転だった。
 1例目となった兵庫県立神戸高3年の男子生徒(17)は11日午後、せきと
のどの痛みを訴えて来院。熱がなかったため、医師は風邪と考えたが、翌12日
午前に再来院した際、37・4度の発熱があり簡易検査を実施したところ、A型
陽性を示した。
 生徒に海外渡航歴はなかったが、医師は海外では、若者を中心に拡大している
男子生徒は以前に季節性インフルの予防接種を受けている生徒が所属するバレー
ボール部で複数の生徒が発症している–などを総合的に判断。「新型が検疫をす
り抜けていることもありうる」と考え、地元医師会を通じて市に遺伝子検査を依
頼したという。(5月19日 読売新聞)
 通常の簡易キットは、1×10の3乗から10の5乗つまり1000個から10000
個のウイルスがあれば検出可能だが、PCR法は一番簡単なやり方でも1000個以下
で検出可能、さらに感度の良い方法を使用すれば10個単位で検出可能であると言
われている。
 第一発見者となった神戸の開業医の機転は高く評価される一方、この診療所に
は2日間の診療停止命令が下った。同様に大阪府八尾市で最初に新型インフルエ
ンザの感染が確認された女児を診察した医師が、感染を拡大する可能性があると
して、八尾保健所から休業を求められた。医師は16日、八尾市内の医療機関で小
学6年生の女児(11)を診察。17日夜になって保健所から連絡があり、「休むか休
まないかは先生の判断ですが、新型インフルエンザ が蔓延したら知りませんよ」
などと言われたという。このため、医師は八尾市内の医療機関を一時休診にした
という。(産経新聞)
 PCR検査による各地域での新型インフルエンザ患者の発見は、皮肉にも医院
の一時閉鎖という憂き目をみた。後に院内での感染症対策がきっちりなされてい
れば閉鎖にはしないとの通達が出ているが、もし新型を見つけてしまったら医院
を閉鎖されるという不安を抱きながら患者さんと向き合っている開業医が多いの
ではないか。
【PCR検査をめぐる迷走】
 神戸市の市民病院の発熱外来では、発熱患者の全員にPCR検査を施行したそう
だ。感染症法2類に従った対応だろう。一方、同病院でPCR陽性例の半数は迅速
検査陰性であったとか、症状も微熱だけだったとも聞く。A型陽性者に対してPCR
検査を実施して病状の軽重を問わず医療機関や市民や保護者不安に応えることは
大切だ。法律に従うだけでなく、科学的行動を求められる医療者として当然の態
度であった。
 以下、激震地の灘区灘診療所の村上正冶医師からの報告だ。
 「しかし発表2日で市民病院の感染外来は破綻したようです。電話センターで
は地域の医療機関受診を勧める方針に転換し、同時に基幹病院に発熱外来開設を
依頼した結果、開業医にも軽症を含めて患者が押し寄せることになりました。神
戸市が国内先端知見を持つことになり、市民病院42症例の臨床知見を元に独自の
判断をとることになりました。弱毒性のインフルエンザであり既にまん延期に至っ
たと宣言しました。まん延期でありPCRは必要ないとの知らせが一度出て、翌
日にまた定点ではPCRをせよとの指示が出たりと何度も表向きの指示は変わり
ました。しかし、現場では次第に熱が冷め「季節性と同じで良いじゃないか」と
いう運用が一般化したと思われます。」
 新型インフルエンザは世界的な対応が必要な疾患であり、しっかりしたサーベ
イランスを行いデータを出す必要があり、その分析から限られた医療資源をどう
分配するかも考えなければならない。筆者も当初はPCR検査は積極的に行うだ
ろうだと予想していたが、必ずしもそうではなかったようだ。連日、行政や医師
会から様々な指示がFAX等で来た。当初は渡航歴があるインフルエンザ様症状
を呈する患者は医院に入れてはいけないという指示であった。しかし、後に尼崎
市でも入口を別にするとか時間帯をずらすとかで患者動線に十分配慮するならば
一般診療所でも、発熱患者を診察しても良い、という指示に変わった。
 5月20日から私の診療所では風邪の患者さんは敷地内の入口付近(敷地内)に
設けた屋外テント内でまず医師が問診や簡易検査をして、インフルエンザの疑い
がないと判断した患者さんのみ中に入れて診察することにした。院内感染を防ぐ
目的と、定期受診の患者さんの不安を軽減する目的からそうした。テントは問診
用に1ヶ、診察用に1ヶを借り、レンタル料は1週間で1ヶ2万4000円で、
現在2週目に入った。テントを張ってから簡易検査はすべて屋外で行うことにな
り気分的にすっきりした。保健所への届け出た敷地外での診療はたしか医療法で
は禁じられているはずと思い出し医師会に問い合わせると、届出を医師会か保健
所にFAXするなら許可するとの回答を得た。発熱外来を名乗ることはできない
ため、とりあえず「風邪外来」と勝手に名づけた。初日、簡易検査でA型B型と
も陽性の9才の患者が出たが、保健所の電話がつながらないためいったん帰宅さ
せたが、後に指示に従い指定病院の発熱外来に紹介した。PCR検査をするかし
ないかについては私の中では不明のまま経過した。
 当初、小児にはPCR検査は不要であるとの指示が出ていた。これはもし感染
症法に従うと小児が措置入院となった場合には、親御さんなども入院として扱う
ことになり、病院側に大きな支障が生じるために出された通達だったと聞く。
 休校が解除された24日には、年齢を問わずA型陽性者はもちろん、簡易検査
陰性者でも新型インフルエンザを疑う全患者は保健所に連絡してPCR検査を行
いなさいという指示に変わった。簡易検査陰性でもPCR陽性となる患者が多く
いるのに、簡易検査をスクリーニングに用いるしかない現実に戸惑いながら数日
を過ごした。明らかに収束に向かった本日5月27日に、ようやくPCR検査に
関する詳細な指示がFAXで届いた。開業医でもPCR検査が可能であること、
検体の運搬を誰がどうやってするのか、もし陽性だった場合のご家族や医療関係
者の予防内服をどう扱うのかなどが、ようやく明確に指示された。
 大震災の時も同じだった。当時、被災地の中心であった市立芦屋病院の勤務医
であった筆者は現場独自の判断でトリアージ・搬送を進め、ほぼ終わった時になっ
てようやく行政から自衛隊ヘリコプターでの搬送許可が出た。しかしその時には
その必要がある患者さんはもういなかった。非常時とはこんなものだろう。現場
の判断や医師会や友人など縦横のメーリングリストの情報網の方がよほど役に立
つ。
【PCR検査に何らかの圧力がかかったのか】
 そうした煩わしさを避けたいのか、「簡易検査でA型インフルエンザが出たの
で保健所に届けたが季節性として扱えと言われた」、「県指定の発熱外来から
PCR検査を県に依頼したが取り下げるように言われた」、などの話が全国から聞
こえてくる。 そのような理由からか、PCR検査が一件も行われていない県もある
と聞く。神戸の例を見て、自分の管轄から新型インフルエンザが出ることを恐れ
たのだろうか。
 PCR検査を巡って各地でさまざまな恣意的な圧力がかかったことは間違いな
いだろう。それが自治体の利益のためなのか、政府の利益のためかは、一開業医
のレベルでは到底知る由もないが、サーベイランスという科学的目的とは次元が
異なる不自然な力が働いているように感じた。うがった見方かもしれないが、
・海外渡航歴のある患者にのみPCRを行い→新型インフルエンザとして扱う
・海外渡航歴のない患者はPCRを実施せず→すべて季節性インフルエンザとして
扱う
 とすれば、国としては都合がよかったのかもしれない。どうせ重症化しないの
なら新型でも季節性でもどちらでもいい、とういうことだったのか。選挙を真近
に控えてパフォーマンスをするには今回の騒動は絶好の機会だったのかもしれな
い。深夜に緊急記者会見を首相官邸で行ったり、「徹底した水際作戦が功を奏し
て侵入を阻止できた」と宣伝してみたり、ちょっと首をかしげる大本営発表が続
くなか入ったのが、5月16日午前の神戸からの一報が入った。
 そして神戸での第1号発生の会見が民主党の代表選挙と同時刻に行われたのは
単なる偶然だろうか?同日夕方に配布された新聞の号外を見たとき、何らかの政
治的意図を感じたのは私だけだろうか。不思議な紙面だった。号外の1面の右側
には鳩山新代表誕生、左側には神戸で第1号発生、と書かれてあった。
【新型インフルエンザは2類か5類か】
 新型インフルエンザは感染症法では現在「新型インフルエンザ等感染症」に分
類され、現在まで2類感染症として扱われている。患者さんや疑似患者さん
(PCRで陰性が確定するまで)は感染症病棟に隔離措置入院が義務づけられてい
る。濃厚接触者は7日間の健康監視が、入院患者さんもPCRで2回陰性が続くま
で入院が継続される。香港A型、Aソ連型などは季節性インフルエンザで5類に分
類されている。2類である限り、全例PCR検査となるだろうが、すでに現場と
大きく乖離している。いったい誰が修正して的確な指示を出すのか。無政府状態
とも感じられた10日間だった。
 国立感染症研究所感染症情報センター主任研究員の安井良則氏は、5月26日、
大阪で新型インフルエンザの流行が見られた学校における積極的疫学調査の中間
報告を行い、法律や政府のガイドラインと実態とが合わないことを指摘している。
(m3.com 医療維新)
 早く今の新型インフルエンザA H1/N1を5類相当に指定すればかなり混乱は解消
するのではないか。これこそ厚生労働大臣の鶴の一声で決まらないものか。
【なぜグレーゾーンの患者に医療機関受診を勧めるのか】
 発熱相談センターはなぜグレーゾーンの患者に発熱外来などの医療機関受診を
勧めるのだろうか? 発熱外来を重症のみの対応とし中等症以下の患者には「受診」
ではなく「自宅待機」を指示するのではいけないのか。受診させることで感染拡
大の片棒を担ぐリスクも考えるべきではないか。
 マスクの枯渇が顕著となった5月20日、筆者は尼崎市休日夜間診療所の当直
業務に出務した。屋外に設けられたブースを訪れた10数人の発熱患者に対応し
たが、大半は不安からの受診のようだった。微熱程度でも簡易検査を希望する患
者さんが多い。本人の希望であったり、会社からの指示であったり。幸い屋外で
の待ち合いの患者間距離も十分に確保されていた。しかし、看護師さんの問診を
くぐり抜けて、うっかり屋内にいれて診察してしまう可能性も感じた。臨床現場
にいるものとしては、発熱前の潜伏期後半の患者さんをどうしても想定してしま
う。
 視点を変えてみよう。発熱患者には、保健所職員ないし地域の開業医や看護師
が自宅を訪問して、簡易検査や投薬を行うという発想はどうだろうか。全くの私
見だが、弱毒性インフルエンザの蔓延期には、地域によっては在宅医療の発想で
対応した方が蔓延防止や社会活動停止による経済的損失の観点から有効ではない
かと考える。当院を訪れたA型B型陽性患者さんはぐったりしていて、診療所の
裏口に置いた椅子に座ることもできず、地面に横たわっていた。これを見た瞬間、
電話してくれたら往診したのにと思った。患者宅の玄関先で簡易検査やPCR検
体採取を行えば、サーベイランスにも支障はない。また、必要な薬剤も薬局など
が配達すれば、投薬待ち合い内での感染蔓延も防止出来る。発熱外来という発想
には、もちろん発熱薬局も含まれるべきだ。そして場合によっては在宅医療とい
うオプションも包含したインフルエンザ対策への修正を提案したい。
【厚労省の対策の検証と早急な修正】
 インフルエンザを封じ込めることは不可能であるというのが専門家の常識であっ
た。WHOは今回の騒ぎが始まった当初より、封じ込めは不可能であると何度も報
じてきた。しかし 厚労省の新型インフルエンザ対策はインフルエンザウイルス
を封じ込めようとする無理な目標を設定した結果、患者の恐怖心を必要以上に煽っ
た。弱毒性を謳う一方、もしインフルエンザと診断された場合、行政や住民から
迫害されると思わせた。その結果、市民の無用な不安を煽りインフルエンザを隠
すことを奨励することになった可能性がある。
 また、強毒性を前提につくられた各種ガイドラインが足かせとなり各自治体の
事情に応じた柔軟な対応ができなかったという指摘もある。行政、保健所、医療
機関の連携という観点でも多くの課題が露呈した。法律に基づいた行動を要求さ
れる行政や保健所が、的が違う(強毒→弱毒)法律やガイドラインに振り回され
た側面が大きいのではないか。
 さらに、今回のインフルエンザ対策が、感染症専門家による科学的思考ではな
く、政治的パフォーマンス優先で進められた点は決して見過してはいけない。特
にPCR検査をめぐっては、政治的意図が優先されたためか、現場に論理的な指
示として伝達されず、いたずらな混乱を招いている。連日、全国各地の患者数が
発表されているが、地域によって数字のもつ意味が異なるのではないかと思いな
がら眺めている。
 大きな代償を払わされた兵庫・大阪の騒動だが、直近あるいは秋以降に予想さ
れる第2波に向けて今回講じられた対策の検証と今後に向けた修正が、早急に行
われることを期待する。

 

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